昔書いた小説をアーカイブ『魔法少女基本法』

「魔法少女にロー・キック。」(当時の投稿者コメント)
2019年に大学のサークルで書いた小説をコピペしてきました。お題は「魔法」。

「ウボアアアアアア」
「くっ、一筋縄じゃいきませんわね」
「……素早くて攻撃が当たらない」
「スカイさん、後ろ!」
「甘いわァ! ≪ブルー・バースト・ボム≫!」
「出ましたわ! スカイさんの自爆攻撃!」
「いつ見ても放送事故だね――≪天使の恵み≫」
「はー、生き返った生き返った」
「よっし、これにて一件落着!」
「私たちがいる限り、怪人の好きにはさせませんわ」
「さぁて、それじゃあ――」

「始末書でも書きますか」

 ◇◆◇◆◇

 あたし、祓原 茨! ちょっぴりドジな中学二年生!
毎日とっても楽しいんだけど、ちょっぴりシゲキ不足かな~☆
なぁんて思っていたら、原宿で怪しいスカウトにあっちゃった! えーっ!? あたしが魔法少女デビュー!?

「ではこの契約書に印鑑を」
「あっはい」

 ◇◆◇◆◇

 魔法少女がこの国に栄え始めて久しい。今日もどこかで怪人が悪事を働き、町の住民たちは恐怖に陥っている。そして同じく、今日もどこかで魔法少女がその恐怖を打ち砕いている。
 そういう構図が生まれたのは、確か、今から七年だか八年だか前のことだ。当時女児だった女子諸君は、現実世界に魔法少女が現れたその瞬間のことを克明に覚えていることだろう。
 今や悪の組織は法人として登録され、現在、都内だけで数十の組織が確認されている。魔法少女のほうも「魔法少女の社会学」(民明書房)によると数百人に上るという。今日も朝のニュースは「魔法少女 過去最多に」と記述していたし、もはや魔法少女と悪の怪人の対立はプロレスのような形式上のものになり、娯楽のひとつとして消費されるようになっていた。
 さてそんな魔法少女のひとりであるところの祓原――というか、私なのだけれど――は、小さい文字の並んだ書類を目に近付け、さながら老人のように顔を顰めてから、珍妙な声を漏らしてそれを放り投げた。
「魔法少女がなんでデスクワークしなきゃいけないのーッ!」
隣の席に座っていた妃崎ちゃんは私をちらと見遣ることもせず、リップクリームを塗り直し続けていた。こうも意に介されないと寂しいを通り越して興奮してくる。いやごめん嘘。
「事務所と契約しているからでしょう」
 静かな声で正論をぶつけられてしまった。こういうのはだいたい答えを求めているわけではない、聞いてほしいだけなのに。
「わかってるけどさ。……女心の分からない奴め。モテないぞ」
「私も女の子ですわ」
「百合営業もできなきゃあ、この業界じゃ生きていけないぜ?」
 くるくると回していたペンをぱしっと親指で止めて、相変わらず鏡に向かっている妃崎ちゃんにちょっとだけ近づいてみる。日本人離れした長い金髪……実際ヨーロッパ系のどっかの国とのハーフらしい。
詳しいことはわからないけれど、まとめサイトで読んだ。
「書類の処理もできないようでは、この業界では生きていけませんわね」
しかし、やはりというか、動じることなく冷静な様子でそう返す妃崎ちゃんであった。一通り、顔面のメンテナンスが終わったらしい(女の子の顔というものはF1のスポーツカーよりも入念なメンテナンスが必要なものである)。続いて、この控室のコンセントに繋いであったスマートフォンを取るために立ち上がり、異常なほど良い姿勢で向こう側へと歩いていった。十五歳とは思えない堂々とした態度だ。不遜ともいう。
「返す言葉もないよ」
 この業界、だ。先述したように、私たちは事務所と契約して活動している。まあ、最初の契約の話なんてほとんど聞いてないんだけどさ。とにかく、私たちは、魔法少女業界最大手の事務所に所属している、若手魔法少女だ。たまに無所属で活動している子たちもいるのだけれど、自分たちでアポを取って、チケットを手売りしてSNSで宣伝して……東奔西走していて大変そうだ。権力は使うもの。長いものとラミアには巻かれるに限る。
 私たちはまだデビューして半年ほどなのだけれど、幸いにもそこそこ支持を得ている。ルクスプリースト(祓原 茨)――つまり私――、および隣のルクスゲルト(妃崎 咲)、そして今はこの部屋にいないルクススカイ(覆上 葵)の三人で構成される我らが「ブライトネス」は今日も対戦の収録を終えて、足腰もまだ軋む中にボールペンを握らされていた。文武両道ってか。はっ。こっちは文も武もたいして強くないってーの。
「思ってた魔法少女と違うんだけど」
「思ってた魔法少女が間違っていただけでしょう」
「辛辣ぅ」
 ――よろよろと歩いていってしゃがみ込み、投げた書類を拾う。床に落ちていた始末書は汚れていて、魔法少女の幻想にそれを重ねてセンチメンタルに浸ってしまった。なんというか、自分の理想との乖離に笑うしかない。
「おっすお疲れー!」
 そんな最中、勢いよくドアが開いて、魔法少女……覆上ちゃんが入ってきた。ここまでしばらく席を外していたのだけれど、コンビニにでも行ってきたのだろう、右手にビニール袋を提げていた。
 しかしながら、覆上ちゃんを遠目から見つめるとき、覆上ちゃんも遠目からこちらを見つめているのだ。
「お前ら、そういう関係だったのか……?」
 ……間違った解釈を伴って。
私のほうを見つめしばし硬直してから、恐る恐る彼女は口を開いた。言われてから初めて気づいたが、書類が落ちたのはコンセントの近くだった。スマートフォンを構えて立ち上がる妃崎ちゃんと、その足元に這い蹲ってヘラヘラしているのが、私。
「あら、暴露てしまいましたわね」
 なんでまんざらでもない感じなんだよ。
「否認しろォ!」
「ひ、避妊……? まさか……」
「ええ。私、実は男の娘だったのですわ」
「えっ、なんの意味があって嘘を吐いてるの?」

 ◇◆◇◆◇

「あら、これが庶民の「じゃんくふーど」ですの?」
「……普段から食べてるよね?」
「しっ、カメラ回ってますのよ」
「ご、ごめん」

 ◇◆◇◆◇

 最初に現実世界へ飛び出してきた大先輩の魔法少女の姿は、こんなのじゃあなかったと思う。それはサンタさんへのイメージが現実とは異なっていたようなもので、もしかしたら、実際の姿が見えないからこそ幸せでいられたのかもしれないけれど。しかし客観的に見て、私たちのやっている魔法少女とあの時の魔法少女とが異なっているというのも、また事実だ。
 七年前の話でもしよう。現実世界に魔法少女が初めて現れたときの話だ。都内のいくつかの場所に怪人が現れ、破壊を行うようになった。しかし民間人から選ばれた三人の魔法少女が対抗し、これを殲滅。日本に平和をもたらし、そしてとうとう、

 刑事訴訟された。

 全国民の顎が外れた。えっ、法律適用されるんだ。
 戦闘で町の中のものを壊したとか、そういうことらしい。まあ、いちおう、そこはまだ理解の範疇だったのだけれど、物議を醸したのは独占禁止法についてだった。
 魔法少女という職業に従事しているのがその三人しかおらず、ほかの人間は魔法少女になることができない。これは産業の寡占である、というのである。産業て。裁判まで行われたというのだから世知辛い話だ。お調子者の黄色担当が裁判の途中で「これがほんとの魔女裁判ってか!」と供述して退廷を命じられたのも記憶に新しい。
 で、なんだかんだと揉めた結果、彼女らが拘束されることは結局なかったらしい。それでもかなり恣意的な判決が出たといっていいだろう。実際に怪人から町を救っていたわけだし。
 しかし独占禁止法に抵触するのを防ぐための対処は求められた。「魔法少女」の開放をすることになり、その結果として学校に一人は魔法少女がいるような今の社会ができあがった。魔法少女は資本主義と法治に守られたが、魔法少女の幻想は守られなかった、といったところか。
「妃崎ちゃんは、さあ」
 先程の席に戻って、私は机に突っ伏しながら隣の席の魔法少女に問いかけていた。そんな彼女はスマートフォンを見つめて、熱心に何やら打ち込んだり自撮りをしたりしている。魔法少女も今となっては人気稼業で、SNSの更新などをマメにするのは重要なスキルだ。そういうとこ抜け目ないんだよな。
「自分がやってる魔法少女像を疑問に思ったりしないの?」
「私は、そんなことにセンチメートルにはなりませんわ」
「センチメンタルのことかな?」
「貴女は魔法少女という夢になりたかったみたいですけれど」
 えっ、ナチュラルに無視されたんですけど。
「私は、夢ではなく、有名になりたかったんですの。発音は長く。センチメートルではなく、キロメートルですわ」
 ……い、言い間違いを、無理矢理うまいこと言った感じにしやがった。うまくないけど。たぶん途中で方向修正したんだと思うんだけど、取り繕っている間も表情一つ変えないところに彼女のメンタル面の強さをひしと感じる。
「おぉ……」
 この程度で感心するな。こっちはこっちで冷静さみたいなものが皆無だ。そういう意味ではバランスのとれたチームだが、そもそも反りが合っているとも言いづらい。
「私は私が最も活躍できる場所、最も能力を発揮できる内容。それを選択しているだけですわ。自分には大工になる能力も、プログラマになる能力もありませんもの」
 そういう風に割り切って、愛嬌を振りまく魔法少女として活躍している子も確かに多い。もはや魔法少女を名乗りながら戦闘行為を全く行わない魔法少女もいるのだけれど、これは魔法少女じゃなくてただの少女だと思う。まあ、そういうのも世の中にはありふれているし、論ってもしかたあるまい。ろくに教えられない教師、芸のない芸人、ユーチューバーを名乗りながら別媒体での生放送しかしないバーチャルユーチューバー。
「自分の能力を市場価値の尺度に入れてみて、どれだけ活躍できるかを見極める……適材適所ですわ。私の場合は……そうですわね、たとえば成人男性に夕飯をご馳走になるだけで二万円も頂ける仕事もしていたのですけれど、魔法少女になってからは五万円以上が相場になりましたの」
 おい。
正義の味方が公序良俗に反するな。魔法少女は夢を売るのが仕事なのに、夢じゃなくて春を売ってやがる。
というか、金額がそれで変わるってことは、魔法少女って申告してやってるんじゃないのか? それ炎上しない?
「すごいな! その仕事紹介してくれよ!」
「絶対やめとけよ?」

 ◇◆◇◆◇

「魔法のステッキというか、これ、ただの棍じゃないですか?」

 ◇◆◇◆◇

 一応、悪の組織から町を守るという大義名分こそあるものの、やはり若い女の子が多いという性質のせいで、アイドル化は免れないようだ。私もその例外ではない。
 雑誌の撮影やテレビ出演に限らず、あとはコラボのグッズなんかも多くて、コンビニにいくとたまに自分のグッズが陳列されていることもある。こういうのを見るとうんうん私も頑張ってきたんだなあと思うと同時に、魔法少女ってなんだっけ? と思ってしまうこともある。ちなみにグッズは妃崎ちゃんのだけ売り切れてた。なんなんだお前は。くそっ、お前がいるおかげでこんな気持ちにならなくてはならない、が、ブライトネスの人気はお前のおかげで安泰だ……血の涙を流し、せめてもの抵抗として自分の写真の印刷された団扇を買って帰った。妹と父親が妃崎ちゃんの団扇を持ってて、もっと切なくなった。
「覆上ちゃんは?」
 覆上ちゃんはいわゆるボーイッシュな子だ。ドレスに身を包んでアイドルじみた活動をしたがっているようには見えないし、当然ながら妃崎ちゃんほど強かでもない。
「私は、……どうだったかな。もう忘れちまったよ」
 歴戦の戦士みたいなことを言い出した。遠い目をするものだからなんかすごい過去編でも始まるのかというふうに見えたけれど、覆上ちゃんの場合ほんとに何も覚えてない可能性のほうが高い。
 阿呆少女。
 妃崎ちゃんは目の前でそんなやり取りをしているのもやっぱり意に介さず、自分のスマートフォンを熱心に見つめ、なにやら打ち込んでいた。お前、今まさに成人男性と出会ってるんじゃないだろうな。
「はあ」
「何がそんなに不満なんだよ、いまさら」
 嘆息する私をぐっと覗き込むようにして机に乗り出し、私の様子を窺ってくる覆上ちゃん。乗り出した拍子に机の上に置いてあったコンビニの袋ががさがさと音を立てて倒れ、その中からグミキャンディの袋が滑り出してきた。
「私達はここまで半年間、この仕事を続けてきたじゃないか。最初から、テレビに出たり写真集を出したり咲と百合営業するのは気に食わなかったのか?」
 どこに需要があるのかわからないものだが、魔法少女どうしがいちゃついていると喜ぶ層というのが少なくないらしい。いわばファンサービスなのだけれど、まあ、個人的な意見を述べさせていただくならば妃崎ちゃんとのそれについては、
「……最後のはやぶさかじゃない」
 美人だし。
「……」
「ふふっ、友人のよしみで二万円に割り引いておきますわよ」
「……」
……あとで銀行に行っておこう。

 ◇◆◇◆◇

「よーし、お姉ちゃんが今日の試合で自爆できたら、君も手術を受ける。そう約束しようか!」
「絶対やめとけよ?」

 ◇◆◇◆◇

「……実際のところ、だ」
 財布の中身を確認する私に対して、覆上ちゃんが人差し指を向ける。人を指さしちゃダメって教わったでしょ。めっ。
「茨、お前の今の姿を見てると、魔法少女には向いているような気がするぞ。それがたとえ今みたいな魔法少女であっても」
 ……あまり心当たりはないのだけれど、どういう理屈でそんなことを言っているのだろうか。
「それは言えてますわね。直球ストレート魔法少女、つまるところが、魔球ですわ」
 魔球だったら少なくともストレートではないだろう。
「そうかなあ」
「だいたい、魔法少女ものの主人公って勉強はできない、ドジ、どんくさい。そのうえ人生設計もぼやけているわりに自分ではどうにもならないことに対して正義感を燃やしたり、物思いに耽ったりしますわよね?」
「悪口じゃん」
 悪口じゃん。心の中でリフレイン。いわれてみれば否定はできないのだけれど、それで言うなら妃崎ちゃんも黄色っぽいし、覆上ちゃんみたいなタイプも魔法少女ものにはよくいるような気がするけどなあ。
「主人公役だよな」
 ただ、そんな風に同意している二人に、それならそれで聞きたいことがある。魔法少女といえばそれぞれに決まった色を担当しているというのが一般的なのだけれど、リーダーの私の担当しているイメージカラーはピンクでも赤でもない。
「……それならなんで私の色が「白」なの」
 お嬢様キャラの妃崎ちゃんが黄色はわかる。ボーイッシュな覆上ちゃんが青なのもわかる。下の名前も「葵」だし。
 なんで三人組で「青・黄・白」なんだよ。設定ミスでしょ。「確かにそうだよな。白の衣装見るたびに、これじゃカレーうどん食べに行けないなって気の毒に思ってたんだ」
「誰が仕事用のドレスでカレーうどん食べに行くのよ」
「……」
 目線をそらしやがった。
こいつ、さては行ってるな。青でもダメだろ。
「主人公なら赤だよな、相場は」
「それは戦隊でしょ、だいたいピンクじゃないの」
 覆上ちゃんは普段からそこまで魔法少女に執着していないようで、魔法少女と戦隊ヒーローの区別もあまりついていないところがある。よく魔法少女やってられるな。
「そうか! だから白なんだ! 図らずもカレーうどんのくだりが伏線になるとはな!」
 と、ここで急に声を張り上げ、ばんっ、机を拳で叩きつける覆上ちゃん。この仕草をするとき、彼女は基本的にはろくなことを言わない。
「どういうこと?」
「返り血で赤く染まればピンクになるじゃん!」
 おい。
 過激な自爆が売りの覆上ちゃんの悪い癖が出てきやがった。
戦闘行為はあくまでもパフォーマンスだったはずなのだけれど。怪人から血漿吹き出してんの見たことあんのかよ。それアレでしょ、夜中に放送されてるタイプの魔法少女でしょ。こっちは日曜朝の芸風でやらせてもらってるの。言っとくけどお前の自爆攻撃、だいたい放送ではカットされてるからな。
「葵さん、よく聞いて答えてくださいませ」
 ここで急に顔を上げ、スマートフォンを机の上に置くと覆上ちゃんを見つめる妃崎ちゃん。ガチ恋距離ってやつだ。なにやら真剣そうな声色で、こちらもなんとなく息を呑んでしまう。
妃崎ちゃんの涼しい声はよく通る。覆上ちゃんもその表情に呼応するように息を殺し、視線を合わせている。
「夫の葬儀に参列した夫の友人に一目ぼれしてしまった妻は、その夜に息子を殺害してしまったそうですわ」
「えっサイコパステストしてない?」

 ◇◆◇◆◇

「民間人への補償……三人分……っと」
「茨さんは無駄な動きが多いのですわ。どうしてそうも一般人を巻き込んでいらっしゃるのかしら」
「いやあ、自分より弱い相手のほうが楽しくて」
「解散ですわ」

 ◇◆◇◆◇

「実際、魔法少女ものには主人公の苦悩は必須だろ。私は思い悩むことなんてほとんどないからな。薬味を最後の一杯、もうちょっと入れるかどうかで迷うことはあるけど」
 またうどん食べに行きやがった。
「それはそうかもね。でもさ、それはむしろ今の魔法少女とは違うんじゃない? 屈託もない笑顔で、難しいテーマは置いといて脱いでおけばいいみたいな」
 雑誌のグラビアなんかはわかりやすい人気のバロメーターだ。有名どころの雑誌に載っているのは、やっぱり有名な魔法少女。まあそもそも魔法少女が魔法少女として水着で写真撮ってるのも意味わかんないけどさ。
「違いますわよ、茨さん。魔法少女を愚弄するのですか」
 しかしそこで、妃崎ちゃんに制止された。やや厳しい目をしている。まずい、確かに軽薄なものいいだったかもしれない。
「脱ぐタイミングは重要ですわ。最初から簡単に脱いでいくと希少価値が薄れてしまいますし、簡単に脱ぐ魔法少女だというイメージがついてむしろ悪影響ですもの。特にこれからテレビなどでの露出を増やしていく気がある場合なら、キャラクターとの兼ね合いもありますが、加減しておくのが無難ですわ」
 論破された。なんか、こう、妃崎ちゃんも結構いろいろ考えてるというか、魔法少女の活動に対してすごく真摯なんだよな。
 でもなんかちがうんだよなー!
「露出のために露出を控えるってことか!」
「葵さんは黙っててもらえます?」
 覆上ちゃん、しょんぼり。
 妃崎ちゃんは特に私にだけつらく当たるとかいうわけではなく素でこれなのだが、カメラを向けられると素敵なお嬢様になる。このまえドッキリ企画があり、どう乗り切るんだろうと思っていたところ、隠しカメラが仕掛けられている部屋に入った瞬間から「テレビ・妃崎」になったので、なにやら彼女の周りには大きな力が働いていると私は踏んでいる。ただしそれ以上深く踏み込むと自分の身が危ないので詮索はしないようにもしている。
 あ、覆上ちゃんはカメラ関係なくこんなかんじです。
「ま、まあ、とにかく。私は、なんというか、それこそ、最初の魔法少女みたいな! ああいうのになりたかったんだよ。町の平和を守る素敵なヒロイン。テレビや雑誌の仕事をすることは楽しくないわけじゃないけれど、それがやりたかったわけじゃあないの」
「難しい相談ですわね」
「それなら、私の思うに――」
「黙っててくださいと言ったでしょう」
 覆上ちゃん、しょんぼり。
 いや喋らせてあげようよ。かわいそうじゃん。目を伏せて手元にあるコンビニの袋からおにぎりを取り出し、黙々と(あるいは、もぐもぐと)食べ始めてしまった。
「しかし、そのような特別なものを特別なまま野放しにするのは不安定でしょう。社会の中に足をつけるためには、ガイドラインが必要といって差し支えないですわ。だからこそ少し前、ルールが整備される前のインターネットは無法地帯だったんじゃなくて?」
 確かにそれはそうだ。きっと、これは魔法少女なんていう現実離れした虚構の存在が現実に侵食してきたときに、現実の中で虚構を成り立たせるための方策として最も妥当な未来だったのだろう。現実とはえてして夢のないものだ。
 法治国家の中に、法に縛られないものをそのまま野放しにしているわけにはいかない。それが例え平和を守る英雄であったとしても。だから、たぶん、七年前に現れたのが魔法少女じゃなくて勇者だったとしても、今みたいに勇者が大量発生していたんだろう。法治国家の体裁を保つためには、あらゆるものを法律で縛らねばなるまい。放っておくわけにはいかないのだ。
 放置国家。
 ――なんちゃって。現実逃避だ。
「ですから、たとえば、このライセンス。これによって、魔法少女はデータ化されて管理されているわけでしょう? これがなければ、魔法少女という特権階級の統制がとれませんわ」
 ……
 あれっ?
「まあ確かにそういわれればそうだ。医者が患者を切り刻んでいいのは、それを認められているからだもんな。魔法少女が勝手に町を行き来して、町中で怪人を攻撃してもいいのは、それを認められているからだ。という解釈なわけだ。攻撃には物理的に危険な行為なんかも含んでいるからな」
 そういって、二人はお互いに、自分の財布から免許証のようなものを取り出して掲げる。
 ……
「あら、葵さんなのにまともなことを言うじゃありませんの」
「最初の契約の時にかなり念入りに言われたからな」
 ……
「このライセンスを携帯していないと条例にひっかかるのですわよね。面倒だとも思いますが」
 ……
「あの……」
「どうしたのですか、茨さん。顔色が悪いですわよ?」
 ……
「……わ、わたし、そ、その、めんきょ、もってない……」
「……」
「……は?」

 ◇◆◇◆◇

「何を言っているのです、葵さんじゃあるまいし!」
「えっなんでわたしいまディスられたの」

 ◇◆◇◆◇

「人気魔法少女 ライセンス不所持で活動か」という見出しが躍り、私はめでたく捜査対象となった。女児の夢たる魔法少女になることに免許が必要だったなんて、夢もへったくれもない時代である。誰でも諦めなければ魔法少女になれる、みたいなのは所詮それこそが夢物語だったということなのかもしれない。魔法少女ライセンスを持っていなかったとある少女が、魔法少女として怪人と戦っていた。その程度のことで裁判が行われたというのだから、世知辛い話だ。証人尋問に応じた覆上ちゃんが、証言台に立つや否や「これがほんとの魔女裁判ってか!」と供述して退廷を命じられていた。
 いつも通りである。
 それで、私は結局、実刑は免れたが、魔法少女としての活動は引退することを余儀なくされた。まあもともと必要なライセンスを持たずに活動していたのだから、そもそも引退どころか、法的には私が魔法少女だったことなんて最初から一度もなかったのだけれど。
 そのあおりを受けて、覆上ちゃんも妃崎ちゃんも、当面の間は活動を自粛することになってしまった。彼女たちはちゃんとライセンスを持っていたし何も悪いことはしていないというのに、巻き込んでしまった形になる。彼女らに対して申し訳ない気持ちはいっぱいだが、しかし私だって悪いことをしたという意識はいまだにない。町を救っていたことは事実なのだし。
 とりあえず、謝っておかねばなるまい。着信拒否されているかと思ったけれど、意外にも電話をかければ二人とも温和に応じてくれた。悪い意味で時の人になってしまった私たちは、あまり大っぴらに集まることはできない。とりあえず変装して喫茶店に集まったが、あれだけ話題になったのに特に声をかけられなかったのでそれはそれでさみしい。諸行無常である。
「別に、今更過ぎたことを怒ったりしませんわよ。ただ一発殴らせてくだされば」
「めっちゃ怒ってるじゃん!」
 しかし、このように喫茶店に集まることすらも初めてだったような気がする。思い返せば私たちがお互いの顔を見るのは、仕事の時と控室の中だけだったのだ。
「しかし、本当にライセンスを持っていなかったんですのね」
「うう、話ぜんぜん聞いてなかったからさあ」
 相変わらずの妃崎ちゃんの調子に項垂れてみるが、しかし、今となっては、彼女の冷たい声色すら怖いを通り越して興奮してくる。いやごめん嘘。
 覆上ちゃんはコーヒーを頼んだ二人に流されることなくデラックスパフェ(一キロ以上あるらしい山みたいなのが運ばれてきて普通に引いたのだが、彼女は普通に喜んでいた。今日の会計は私の奢りと言ったのが間違いだったのかもしれない)を頬張りながら、なにやら得意そうな表情を浮かべ、かつてのように、机を左手でばんっと叩いた。
「つまり魔法少女じゃなく、脱法少女だったってわけだな!」
「覆上ちゃんは黙ってて」

 ◇◆◇◆◇

「面会に来ましたわよ」
「あっ、妃崎ちゃんに覆上ちゃん! ……面会?」
「久しぶりですわね、茨さん……いえ、被告人」
「そのアダ名やめてよぉ!」