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⑪共同航海(どうせい)はつらいよ

「みなさん、こんばんは! 人生という大海原で迷子になったあなたを導く光でともすラジオ”ライトハウス”へようこそ! メインパーソナリティのカノンです」

 ボクはいつもの自己紹介を終えると、ラジオブースの外に目を向けた。
 プロデューサー席でホクトさんがいつものように居眠りをしている。
 ホクトさんが収録中に寝ているのは、別に違和感はない。
 だけど、ホクトさんは「アタシはニャン丸のために寝ている!」と宣言している。
 ホクトさんは最近人気の”すやすやアニ丸”というアプリゲームにハマっている。
 ”すやすやアニ丸”は江戸時代の日本をイメージした世界の中で着物姿の動物が登場して、キャラ達と一緒に眠ることで育成出来るアプリだ。 睡眠の質を良くしたい日本人が睡眠改善のために始める人が増えているみたい。

 ホクトさんの推しがニャン丸という猫のお殿様。
 ニャン丸はお殿様なのでたくさんの睡眠時間を必要とする。
 たくさん寝ないとニャン丸の機嫌が悪くなってしまう。
 ニャン丸のために寝なくてはいけない。アプリキャラのためという不思議な大義名分を得たホクトさんは今日も寝ている。

 アプリゲームのために寝ると堂々と宣言できるメンタルが凄い。
 そういうボクも”すやすやアニ丸”で遊んでいる。ボクの推しはパオ丸という象さんだ。この子はおにぎり屋さんで働く子象。のんびりとおにぎりを握っている姿にボクは癒されている。

 ボクもパオ丸に会いたい。
 パオ丸の可愛い顔が頭を過ったので、ボクはラジオの進行表の余白に描いてみた。
 ヘ、ヘタ過ぎる。ごめんね、パオ丸。ボクは自分の画力不足を嘆きながら、ラジオを進行する。

「このラジオでは大海原で迷子になった船を導く灯台がテーマです。
なので、リスナーさんのことを船長さんと呼ばせてもらいます。
メールを投稿するときは○○船長と書いてください。あと、メールはリスナーさんの進路に対する内容などを取り上げさせて頂きます。そのため、メールをこのラジオでは海図と設定します」

 ボクはライトハウスでの基本ルールを説明し終えると、早速リスナーさんからのメール紹介のコーナーに入ることにした。

「では、今日の船長さんから届いた海図を紹介します。みなさん、たくさんの海図をありがとうございます。
では、早速読ませて頂きます。
カノンさん、こんばんわ! こんばんわ! 何でもやっちゃう船長です。何でもやっちゃう船長、はじめまして。
何でもやっちゃうということは断るのが苦手な方なのかもしれないですね。今日はどんなお悩みなのかな? 俺は……」

***

「今日、ゴミ出ししておいたよ」

「……」

 俺が彼女にゴミ出しをしたことを告げるも何も言わずに仕事へと行ってしまった。何だよ、お礼くらい言ってくれても良いだろう。

 俺は先月から彼女と同棲を開始した。
 彼女とは大学時代に知り合った。おしとやかな雰囲気の彼女に俺は一目惚れ。俺とたまたま大学の講義が一緒だった。彼女との接点を見つけた俺は大学の講義で話しかけた。音楽の趣味も同じということもあって俺は益々彼女のことが好きになった。

 俺から告白すると彼女もOKしてくれた。デートを何回もする中に彼女と結婚したいという気持ちが芽生えた。大学卒業後も彼女との交際は続いて仕事が落ち着いたのを切っ掛けにプロポーズ。
 彼女はプロポーズにOKをくれた。

 でも、彼女からいきなり結婚ではなく同棲してからにしようと提案された。結婚は人生のほとんどを一緒に過ごすことになる。
 もし、価値観が合わなかったら、ただの地獄でしかない。
 彼女も万が一に備えて同棲から始めることにしたのかもしれない。
 俺と彼女にとってお試し期間として同棲をすることにしたけど、付き合った時には見えなかった彼女が目につくようになった。

 例えば、ご飯の食べ方や掃除の仕方など。俺とやり方が全く違う。
 同棲が決まった時は凄く嬉しかったのに。あの気持ちはどこに行ってしまったのだろう。今はゴミ捨てをしてもお礼を言われないことにイライラしている。

 俺、このまま彼女と結婚できるのかな?

***

「……付き合っていたときに気づかなかった彼女を知っていく中に、このまま結婚しても大丈夫か心配になりました。このまま結婚しても良いのか、それとも別れた方が良いのかな? カノンさん、俺はどうしたらいいかな? こんな俺にアドバイスをお願いします。
何でもやっちゃう船長、ありがとうございました」

 あれ? これってもしかしたら。リスナーさんの勘違いじゃないかな。  
 ボクはリスナーさんの彼女さんの肩を持つわけじゃないけど、これはリスナーさんに原因があるかもしれないと思った。

「何でもやっちゃう船長。あなたは彼女さんと仲良く住むために努力をされているようですね。その考えは素晴らしいです! ただ、ボクの勘違いだったら、ごめなさい。何でもやっちゃう船長はゴミ捨てはどこまでやっているのですか?」

 ボクはリスナーさんのことを思って本心を伝えようと思う。

「ゴミ捨てはゴミを捨てるで終わりじゃありません。ゴミを分別してゴミ袋にまとめるなど、たくさんの作業があります。何でもやっちゃう船長はゴミ出しだけと仰っているので、もしかしたらゴミ捨て場に持って行くだけしかしてないんじゃないですか? あなたがゴミ捨てするまでの過程を彼女さんがやっているのであったら捨てただけど感謝しろと言われても厳しいんじゃないですか? なので、何でもやっちゃう船長もゴミを集めるところから始めてみてください。彼女の苦労もわかりますし、そこまでやると彼女さんから感謝されると思いますよ」

***

「カノンちゃん、お疲れ様」

 ラジオ放送終えて、ほっと一息ついていたボクの前にミナミさんがやって来た。

「ミナミさん、お疲れ様です」

「さっきのラジオ良かったわよ」

「ありがとうございます。でも、リスナーさんに言いすぎたのかなって反省してます」

「いいのよ。あの手のダメ男はびしっと言ってやらないと気づかないわよ」

「アタシもミナミに賛成だ。カノンが言ってやらなかったら、あのカップルは納得できないまま破局していたかもな」

 ボクとミナミさんの話にホクトさんが割って入ってきた。
 その手にはスマホが握られていた。多分、推しのキャラであるニャン丸の様子をチェックしているのかな。

「ホクトさん、お疲れ様です!」

「今、女が男と同じくらい給料を稼ごうと思えば、稼げる時代だ。そんな時代に結婚した男が女の心を掴めるのは、ちょっとした気遣いが出来ることなんだよ。アタシはそういう男がモテると思う」

「あら、珍しい。私とホクトの好みが合うなんて。そうよね、給料を稼げば良いなんてもう時代遅れ。今は黙って家事をしてくれる男がモテるのよ」

「だよな」

 珍しく意気投合している二人を見てボクは思わずクスッと笑ってしまった。やっぱり二人は似たもの同士なんだなって思ってしまった。

「あの二人は似ているよね。ねぇ、パオ丸」

 ラジオ終わりで一息ついているボクの隣で二人が今後の日本男性のあり方を熱く語り始めた。ボクはスマホを手に取って”すやすやアニ丸”のアプリを起動させた。スマホの画面上で美味しそうなおにぎりを握っているパオ丸を見て癒されていた。

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