⑳下ろしたい積み荷
「みなさん、こんばんは! 人生という大海原で迷子になったあなたを導く光でともすラジオ”ライトハウス”へようこそ! メインパーソナリティのカノンです」
ボクはいつもの自己紹介を終えると、ラジオブースの外に目を向けた。
プロデューサー席に座っているホクトさんにミナミさんが何かの話をしている。
ミナミさんが怒りながら、ホクトさんの頭をポカポカ叩いている。
ボクはミナミさんがどうして怒っているのか知っている。
ラジオの本番前にホクトさんがミナミさんに「お前、少し太ったか?」と言ったことだ。
ホクトさんって本当にデリカシーがないな。
親しき仲にも礼儀ありって言葉があるように。船(ラジオ)を一緒に守る乗組員(スタッフ)だからって何でも言って良いわけじゃない。
ホクトさん、乙女心が分かっていないな。ホクトさんも女の子なのに、どうして理解してあげられないかな?
それを根に持ったミナミさんがホクトさんの頭をポカポカ叩いている。あの、二人とも今はラジオの本番中なので、お静かにお願い致します。ボクは二人の夫婦漫才を無視してラジオを進行する。
「このラジオでは大海原で迷子になった船を導く灯台がテーマです。
なので、リスナーさんのことを船長さんと呼ばせてもらいます。
メールを投稿するときは○○船長と書いてください。あと、メールはリスナーさんの進路に対する内容などを取り上げさせて頂きます。そのため、メールをこのラジオでは海図と設定します」
ボクはライトハウスでの基本ルールを説明し終えると、早速リスナーさんからのメール紹介のコーナーに入ることにした。
「では、今日の船長さんから届いた海図を紹介します。みなさん、たくさんの海図をありがとうございます。
では、早速読ませて頂きます。
カノンさん、こんばんわ! こんばんわ! 積み荷を減らしたい船長です。積み荷を減らしたい船長、はじめまして! 積み荷を減らしたいと書かれていますが、何か大きな荷物を背負ってしまったのでしょうか? わたしは……」
***
また体重が増えている。最近、食べ過ぎた記憶がないのに。
わたしは最近ダイエットを始めた。会社の健康診断で体重が平均より少し多いという結果だった。仕事のストレスで帰ってから夕飯やお菓子など食べる量が増えていた。その自覚はあったけど、食べる以外にストレス発散方法が見つからなかったわたしは食べ続けた。
このままでは、まずいと思ってダイエットを始めた。
食べ過ぎが原因だと分かっていたので、まずは食事制限から始めてみました。食事制限は辛かったけど、ダイエットを始めて二週間くらいで1キロから2キロ減り始めた。順調に体重が減っている。結果が出始めたことに嬉しかった。
わたしは体重がこのまま減り続けると信じてダイエットを続けた。
だけど、体重が減らなくなった。何で? わたしは食べる量を減らしているのに。
まだ足りないのかな。わたしは間食の回数を減らしていたが、それではダメだと思って1日2食にしてみた。お昼ご飯を食べるのをやめてみました。その結果、また体重が減り始めた。
よし、体重が減った。わたしは再び体重が減ったことに喜びを感じていたけど、また体重が減らなくなり始めた。
もう、いやだ……。
***
「……わたしは体重を減らすために頑張っているのに結果が出ない。そのせいでイライラする。わたしはこのままだとダメになっちゃうかもしれないです。カノンさん、何かアドバイスをください。よろしくお願いします。積み荷を減らしたい船長、ありがとうございました」
ダイエットが上手くいかない。こういうお悩みは他のラジオでよく耳にするけど、ライトハウスでは珍しいな。最近は人間関係や職場の悩みの投稿が多かったから、こういうお悩みが新鮮に感じる。
ダイエットは女性にとって永遠につきない悩みの一つだ。
このリスナーさんはダイエットを頑張られている。
食事制限を徹底的にやって自分自身の体の管理をしっかり行っている。 だけど、無理なダイエットをしている気がする。
食事制限だけのダイエットは長続きしない。ボクもやったことがあるけど、最初は順調に体重が減っていく。だけど、体重が減らない時期が必ず訪れる。その時期に直面すると、体重が減らないことに不安を感じてしまう。
「積み荷を減らしたい船長。あなたはダイエットを凄く頑張られているんですね。しかもそれを継続することが出来ているなんて凄いです。ボクもあなたと同じダイエットをしてみたのですが、辛くてギブアップしちゃいました。ただ、ボクの勘違いでしたらごめんなさい。あなたは航海(ダイエット)の目的を見失っているような気がします。何のためにダイエットをしているのか? 標準体重にしたいのか?体重をキープしたいのか? この海図からはそれが見えなかったです」
そう、このリスナーさんはダイエットしたいという気持ちがある。
だけど、何のためにダイエットをしたいのかという目標を見失っている。それでは終わりのない航海(ダイエット)が続いてしまう。
「このままやり続けたら、あなたは体と心を壊してしまう。頑張っているのに痩せないという負のスパイラルに陥ってしまいます。
だから、一度立ち止まって航海(ダイエット)の目標を思い出してみてください。目標が見えれば、あなたの積み荷を減らすことが出来ると思います。そうなれば、あなたの航海(ダイエット)も楽になると思いますよ」
***
「お疲れ、カノン」
「ホクトさん、お疲れ様です」
ラジオ放送終えて、ほっと一息ついていたボクの前にホクトさんがやって来た。
「今回の悩みがダイエットか。お前もやったことあるのか?」
「ボクだって一度や二度はありますよ」
「アタシもやったことあるな」
ホクトさん、そのスレンダー体型でダイエットをしていたと言っても説得力ないですよ。
でも、あなたの体の一部分だけ痩せすぎな気がします。
ボクはホクトさんの胸元に目をやると、ホクトさんが野獣のように睨んできた。
「おい、カノン。今、何を考えた?」
「え、えっと……」
しまった。ボクは忘れていた。ホクトさんは男っぽい考え方をしているけど、自分の体型(コンプレックス)について女の子のようにデリケートに悩んでいたことを。
「言ってみろ! お前が今考えたことを!」
ホクトさんはボクが気にしている部位について考えたことを読み取ると、ボクのホッペを引っ張り始めた。
いたい、いたい。やめてよ、ホクトさん!
「ホクト!」
「み、ミナミさん!」
「何やっているのよ!」
「コイツが……アタシの胸を見て……」
ホクトさんが顔を赤くして伏せている姿を見て、ミナミさんは何かを察したようだ。
「カノンちゃん! あなた、ホクトが気にしていることを!」
ホクトさんに加勢したミナミさんはボクの反対側のホッペを引っ張り始めた。さっき、ホクトさんにデリカシーがないと思っていたけど、ボクも同じことをしてしまった。ホクトさん、ごめんなさい。
謝りたいけど、ホッペを引っ張られているボクは謝ることが出来ない。 これから乗組員(スタッフ)のデリケートな部分を触れないように気をつけて航海(ラジオ)をしようと心に誓いました。