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㉒まつりごとに参加したい!
「みなさん、こんばんは! 人生という大海原で迷子になったあなたを導く光でともすラジオ”ライトハウス”へようこそ! メインパーソナリティのカノンです」
ボクはいつもの自己紹介を終えると、ラジオブースの外に目を向けた。いつもラジオ収録中は必ずと言っていい程寝ているホクトさんが起きている。もしかして、ラジオを真面目に盛り上げてくれる気になったのかな。ボクはそう期待してホクトさんに視線を向けると、ハロウィンパーティーについてと書かれた企画書を手にしていた。
え? ハロウィンパーティー? そういえば、来月にラジオのメンバーでハロウィンパーティーしたいねって話をホクトさんがしていたような記憶がある。
ボクもみんなで集まって仮装したり、美味しいものを食べたり出来るパーティーは好きです。まだ1ヶ月先だけど、わくわくしているよ。
だけど、今その話をしないといけないのかな?
ホクトさん、今はラジオの本番中ですよ。
ラジオが終わってから、ゆっくりやってくださいね。
ボクは心の中で船長(プロデューサー)に向かって忠告してラジオを進行する。
「このラジオでは大海原で迷子になった船を導く灯台がテーマです。
なので、リスナーさんのことを船長さんと呼ばせてもらいます。
メールを投稿するときは○○船長と書いてください。あと、メールはリスナーさんの進路に対する内容などを取り上げさせて頂きます。そのため、メールをこのラジオでは海図と設定します」
ボクはライトハウスでの基本ルールを説明し終えると、早速リスナーさんからのメール紹介のコーナーに入ることにした。
「では、今日の船長さんから届いた海図を紹介します。みなさん、たくさんの海図をありがとうございます。
では、早速読ませて頂きます。
カノンさん、こんばんわ! こんばんわ! まつりごとに交わりたい船長です。まつりごとに交わりたい船長、はじめまして! まつりごとに参加したいとのことですが、もしかして政治にご興味があるのでしょうか? ボクは政治の難しいお話が苦手なのでお手柔らかにお願いします。わたしは……」
***
「今回の学祭は喫茶店をやります!」
クラスの全員が学校祭でやる催し物が決まると、教室中に拍手が響いた。喫茶店で何を出す? メイド喫茶とかよくない?などの催し物の詳細をどうしたいという話が教室を飛び交っています。
でも、わたしはその輪に入れず蚊帳の外にいます。
小学校の時はクラスのみんなと一緒に遊んだり、学芸会の準備を一緒に出来た。中学校でも同じように出来ると信じていたけど、環境が変われば価値観の違う人と出会う。
わたしは中学校時代に価値観の違いで、いじめられました。
その結果、怖くて人前で自分(ほんね)を出せなくなってしまいました。本当は学校の行事も積極的に参加したいのに「これをやりたい!」、「わたしも混ぜて」という簡単なことが言えない。
それから、わたしは頼まれたことだけを機械のようにやる存在になっていた。わたしも積極的に参加できない分、真面目に取り組んでは貢献しようとしている。だけど、クラスメイトからは「○○さん、ノリが悪いよね」、「やる気ないのかな?」という陰口を言われている。
わたしは過去の失敗を繰り返さないために同じ中学校出身が誰もいない高校を選びました。新しい環境で頑張りたい。そう思っているのに中学のトラウマが、わたしの行く手を阻んでいる。
わたしはどうしたいのかな?
***
「……わたしは中学では行事を楽しめなくて良い思い出がありません。だから、高校では良い思い出を作りたい。そのためにも学校行事にも積極的に参加したい。だけど、自分からやりたいと言えない。カノンさん、わたしに一歩踏み出すためのアドバイスをください。よろしくお願い致します。まつりごとに交わりたい船長、ありがとうございました」
まつりごとって学校祭のことを言っていたのか。
独特の言い回しだから政治関係のお話かなって思っちゃった。
ボクは政治やニュースの話題は苦手だから、そういうお悩み相談じゃなくて良かった。
学校祭に参加したいか。ボクも学生時代は学校祭で喫茶店とかやったな。ボクは女の子みたいな見た目のせいで、メイド服を着させられたな。おかげでボクを女の子と勘違いした男子から凄い数の告白を受けたことが懐かしい。
いや、今思い出に浸っている場合じゃない。リスナーさんがどうやったら、学校祭に参加できるようになれるかというお悩みを解決しないと。
「まつりごとに交わりたい船長。まつりごとと書いていたので、政治関係がお好きなのかなって勘違いしちゃいました。ボクは政治やニュースが苦手なので、お力になれないかなって心配しちゃいました。
学校祭のことだったので安心しました。学校祭って良いですよね。ボクも学生時代に喫茶店をやったことを思い出しましたよ」
ボクは自分の思い出話をしながら、リスナーさんのお悩みをどう解決しようか考えている。ボクはリスナーさんに良い思い出を作って、自分の気持ちをちゃんと伝えられるようになって欲しいな。
だけど、いきなり変わって欲しいというのはボクの自己中心的な気持ちだ。それをリスナーさんに押しつけてしまうのは間違っている。
どうしたら良いかな。ボクがリスナーさんのお悩み解決方法を考えていると、ラジオブースの外でホクトさんが女性スタッフさんを囲んで何かを話し合っている。またハロウィンパーティーの話をしているのか。
もう、みんな、ラジオに集中してよ! ボクがそう言いたい気持ちを抑えていると、あることが頭を過った。
これにしよう。ボクはリスナーさんに伝えたいことを見つけてマイクに乗せた。
「まつりごとに交わりたい船長。あなたは中学校時代に辛いことがあって自分の気持ちに蓋をするようになってしまったんですね。もう辛い思いはしたくない。その気持ちがあなたの心の蓋をきつくしているのかもしれないですね。ただ、あなたの本心は学校祭に参加したい。でしたら、それを優先した方が良いと思います。自分の気持ちに蓋をするクセがつくと開けられなくなってメンタルが壊れちゃいます。それに今の高校にはあなたをいじめていた人は誰もいません。中学校時代のあなたを誰も知らないじゃないですか? もう過去のあなたとはお別れして、今のあなたと新しい航海に行ってみても良いじゃないですか? ボクはあなたの新しい航海を応援しています」
***
「お疲れ、カノン」
「ホクトさん、お疲れ様です」
ラジオ放送終えて、ほっと一息ついていたボクの前にホクトさんがやって来た。
「ホクトさん」
「なんだ?」
「本番中にハロウィンパーティーの話をしないでください」
「あぁ、わるい」
ホクトさん、悪いと思っていませんね。とりあえず謝っている船長(プロデューサー)に、ちょっとイラッとした。
だけど、これ以上膨らませても何も変わらないとボクは諦めた。
「ホクト!」
「あ、ミナミさん」
「あんた、ラジオの本番中に何やってるのよ!」
「ハロウィンパーティーの話」
「もう、わたしも混ぜなさいよ!」
え? ミナミさん? ラジオに集中していないことを叱ると思っていたのに。
「お前、ホストとハロウィン過ごすと思っていた」
「そうする予定だったけど、お気に入りの子にフラれちゃって。わたしを癒してくれる子を絶賛募集中なの。ハロウィンなら、出会い欲しさの男がいっぱいいるでしょ。ラジオスタッフはみんな可愛いから、みんなと一緒ならイケメンが釣れるでしょ!」
そっちですか。もう、釣るなんてお魚じゃないんだから。
ミナミさんってば、男の人のことになると目がないんだから。
「そういうことだから、カノンちゃん。ハロウィンパーティーには強制参加。そして、絶対コスプレすること!」
「え!?」
「お前、客寄せパンダだな」
「あの、ミナミさん……」
「これはディレクター命令よ」
ミナミさん、満面の笑みを浮かべているけど恐いです。男の子との出会いのためなら手段を選ばない。本気でボクにコスプレをさせる気だ。これはボクに拒否権がない。ボクは観念してコスプレを了承した。
「決まりね。じゃあ、早速。カノンちゃんに着せるコスプレ考えないと」
「カノンなら、大体のコスプレはイケるな」
面白い遊びを見つけたと言わんばかりにホクトさんも乗り気で、ボクに着せるコスプレの話し合いを始めた。
ハロウィンが来ないで欲しい。ボクは今まで生きてきてこんな気持ちになったのは初めてだ。傷ついた心を癒してもらうためにボクはスマホに入っている”すやすやアニ丸”を立ち上げた。
”パオ丸”、ボクを癒して! ボクが困っていることを知らない”パオ丸”は画面の中で一生懸命におにぎりを握っていた。
「可愛い。キミと二人だけで過ごしたいな。ねぇ、”パオ丸”」
ボクの小さな本音は二人の盛り上がりに掻き消された。