⑫悪夢の中での航海
「みなさん、こんばんは! 人生という大海原で迷子になったあなたを導く光でともすラジオ”ライトハウス”へようこそ! メインパーソナリティのカノンです」
ボクはいつもの自己紹介を終えると、ラジオブースの外に目を向けた。
プロデューサー席でホクトさんが居眠りをしている。
ホクトさんは、また”すやすやアニ丸”というアプリに登場するキャラクターであるニャン丸のために寝ている。
最近、ホクトさんは自分の居眠りを正当化させるようにラジオのスタッフ内で”すやすやアニ丸”を流行らせている。
睡眠不足は良い仕事が出来なくなる。自分のためだと寝れないけど、可愛い”すやすやアニ丸”達のためなら寝れるはずだと。
ホクトさんは一緒に働く女性スタッフさん達の心を揺れ動かそうとする。
ライトハウスは女性スタッフさんの割合が半数以上である。
その分の支持を獲得できれば、”すやすやアニ丸”がやりやすくなる。 ホクトさんの思惑通り、”すやすやアニ丸”はラジオチームで爆発的に流行り始めた。
ホクトさんが収録中に居眠りしていても大好きなニャン丸のためと、周りの理解を得たため誰も怒らなくなった。
ホクトさん、あなたは豊臣秀吉の生まれ変わりかもしれない。
血を流さずに自分の思い通りに周りを動かすなんて。
でも、ラジオの収録中に居眠りするのはよくないですよ。
ボクはそう言いたいけど、女性スタッフさん全員を敵に回しそうなので、ぐっと堪えた。
ホクトさんの居眠りが許されているのは”すやすやアニ丸”のせいだけではなく、ホクトさん自身の人徳でもある。
ホクトさんはラジオの現場で働きたいという女性を見つけると、経験者問わずほとんどの人を採用する。
昔、自分が女性だからという理由でやりたい仕事が出来なかった苦い経験があったらしい。他の女性スタッフさんにはそんな想いをさせたくない。
だから、女性スタッフさんを積極的に採用している。
ボクとミナミさんを含めて男性スタッフは1割くらいしかいない。
ホクトさんいわく、ボクとミナミさんは女性だと思って採用したらしい。 良い話だけど、女の子と勘違いされていたのはちょっと悲しかったな。ボクは昔話を思い出しながら、ラジオを進行する。
「このラジオでは大海原で迷子になった船を導く灯台がテーマです。
なので、リスナーさんのことを船長さんと呼ばせてもらいます。
メールを投稿するときは○○船長と書いてください。あと、メールはリスナーさんの進路に対する内容などを取り上げさせて頂きます。そのため、メールをこのラジオでは海図と設定します」
ボクはライトハウスでの基本ルールを説明し終えると、早速リスナーさんからのメール紹介のコーナーに入ることにした。
「では、今日の船長さんから届いた海図を紹介します。みなさん、たくさんの海図をありがとうございます。
では、早速読ませて頂きます。
カノンさん、こんばんわ! こんばんわ! 眠れない森の船長です。眠れない森の船長、はじめまして。
眠れる森の美女からお名前を取ったのでしょうか?
さて、今日はどんなお悩みなのかな? わたしは……」
***
「稲森さん?」
「え?」
わたしは先輩に声をかけられて慌てて返事をした。
先輩は心配そうな顔をして、こっちを見ている。
「大丈夫? 何回、声をかけても返事しないから」
「すみません」
「何か悩んでいるなら言ってね」
先輩は、わたしを心配しながら自分の席へと戻って行った。
心配してくれてありがとうございます。わたしは先輩の後ろ姿を見ながら、感謝の言葉を心の中で呟いた。
悩みか。ないわけではない。わたしの悩みはしっかり眠れないこと。
寝ようと思ってベッドに入るけど、そこから全く眠れない。
目を閉じてみるけど、頭は冴えているので寝ている気がしない。
それの繰り返しによって、わたしは仕事中に睡魔に襲われて業務に集中できない。
まだ仕事でミスしたということはないけど、このまま体調管理が上手く出来ないと何かトラブルをおこしてしまうかもしれない。
***
「……わたし、このまま寝れなくて仕事でミスをして会社に迷惑をかけたら、どうしよう。そんなことを考えていると、ますます眠れません。
カノンさん、眠るためにどんなことをしています。教えてください。
お願いします。
眠れない森の船長、ありがとうございました」
なるほど。眠れない森の船長というラジオネームには、そういう意味が込められているのか。睡眠不足は日本人の半数以上が抱える社会問題の一つだ。
このリスナーさんは頑張り屋さんだけど、眠れないことで気持ちが空回りしている。ぐっすり眠れるようになったら、仕事も頑張れるし、リスナーさんも自信を取り戻せる。
メールにも書いてあったけど、自分よりも会社のことを心配している
他人を心配する。そうか! この方法なら出来るかもしれない。
ボクはリスナーさんを救える可能性を見つけることが出来た。
「眠れない森の船長。眠れないことは辛いですよね。それが原因で会社に迷惑をかけてしまうと考えるあなたはとても優しいです。だけど、その優しさを自分にも向けてください。眠れなくて一番迷惑をかけるのは自分自身です。ある人が言っていました。”睡眠不足は借金と同じ”と。
だから、あなたはその借金を返しているんです。ゆっくりで良いので返していきましょう」
ボクは前に読んだメンタルケアの本に書いてあった内容を思い出した。
リスナーさんも睡眠不足の借金と思って気持ちが楽になってくれたらいいな。そのためにボクはリスナーさんにこれをオススメしようかな。
「眠れない船長も眠るために色々な方法を試されたと思います。体を温めたり、寝る前のストレッチなど、たくさんあるかもしれません。
ボクが眠れない船長にオススメしたい眠れる方法があります。
それが”すやすやアニ丸”というアプリです。
眠れない船長は知っていますか? このアプリは自分の睡眠時間によってゲームのキャラクターを育てるアプリです。誰かのために頑張れるあなたにはピッタリだと思います。なので、是非試して欲しいです」
***
「カノン、お疲れ様!」
ラジオ放送終えて、ほっと一息ついていたボクの前にホクトさんがやって来た。
「ホクトさん、お疲れ様です」
「まさか”すやすやアニ丸”を推すなんてな」
「ごめんなさい。でも、あのリスナーさんには”すやすやアニ丸”が合っている気がして。やっぱり、違ったのかな……」
「何を言っている! ”すやすやアニ丸”のユーザーが増えたら、ニャン丸の新衣装が増えるだろう」
それが本心ですか!? ホクトさん、あなたは自分の気持ちに忠実な人だ。ある意味、全ての人が見習った方が良いかもしれない。
「ホクト、何をバカなこと言っているのよ」
「ミナミさん、お疲れ様です!」
「何がバカなことだよ、ミナミ!」
「ユーザー目線で言うんじゃなくて制作側で言いなさいってこと」
「制作側?」
「”すやすやアニ丸”の制作会社である”ZOO”はライトハウスのスポンサーでしょ」
「「えぇ!」」
ボクとホクトさんは衝撃の真実を知って驚きのあまり大きな声を出してしまった。まさか、このラジオのスポンサーさんに”すやすやアニ丸”のゲーム会社さんがいたなんて。
「先週の会議で言ったでしょ。制作会社さんのお子さんがこのラジオのファンでって。もしかして忘れてた?」
「わ、、忘れてねぇよ」
ホクトさんの目線がかなり泳いでいる。本当に忘れていたんだ。
スポンサーさんの件を忘れていたことに怒ったミナミさんは丸めた台本でホクトさんの頭をポカポカ叩いた。
そっか。スポンサーさんのお子さんがライトハウスのファンなんだ。
嬉しいな。
「そっか、キミたちもこの船(ラジオ)を支える船員(メンバー)だったんだね」
ボクはスマホを取り出して”すやすやアニ丸”のアプリを立ち上げた。画面にはボクの推しキャラである子象のパオ丸が映っている。
「これからもよろしくね、パオ丸」
ボクはスマホの画面上で満面の笑みで美味しそうなおにぎりを見せてくれるパオ丸を見て心を鷲づかみされた。