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⑯うそつきは航海の始まり

「みなさん、こんばんは! 人生という大海原で迷子になったあなたを導く光でともすラジオ”ライトハウス”へようこそ! メインパーソナリティのカノンです」

 ボクはいつもの自己紹介を終えると、ラジオブースの外に目を向けた。プロデューサー席でホクトさんとミナミさんが何か揉めている姿が目に入った。ラジオの本番中なので、ラジオに関わる内容のはずだけど恐らく違うだろう。
 なぜなら、ミナミさんの手には空っぽのプリンカップが握られていた。多分話している内容はこんな感じだと思う。

「ホクト、わたしのプリン食べたでしょ!」

「し、しらないよ」

 ホクトさんは自分の無実を主張しているけど、口の周りについたカラメルソースという動かぬ証拠を隠し忘れている。
 もう小学生のようなケンカをしていることが簡単に想像できた。
 二人ともいい大人なんだからプリン1個でケンカしないで欲しいよ。
 そんなお子ちゃま二人を無視してボクはラジオを進行した。

「このラジオでは大海原で迷子になった船を導く灯台がテーマです。
なので、リスナーさんのことを船長さんと呼ばせてもらいます。
メールを投稿するときは○○船長と書いてください。あと、メールはリスナーさんの進路に対する内容などを取り上げさせて頂きます。そのため、メールをこのラジオでは海図と設定します」

 ボクはライトハウスでの基本ルールを説明し終えると、早速リスナーさんからのメール紹介のコーナーに入ることにした。

「では、今日の船長さんから届いた海図を紹介します。みなさん、たくさんの海図をありがとうございます。
では、早速読ませて頂きます。
カノンさん、こんばんわ! こんばんわ! うそつき船長です。うそつき船長、はじめまして。ラジオネームにうそつきと書いてしまうということは本音を話すのが苦手なんでしょうか? ウチは……」

***

「こまちは演歌歌手になる」

「そうかい。楽しみだわ」

 ウチは子供の頃からおばあちゃんに将来演歌歌手になると宣言していた。別に演歌が好きだからとか、演歌歌手に憧れているという理由ではない。演歌好きのおばあちゃんのご機嫌を取れば、おこづかいがもらえる。

  ただそれだけだった。ウチの両親はケチでおこづかいは、ほとんどくれなかった。
 だけど、おばあちゃんは正反対に太っ腹だった。
 ウチが可愛くて堪らないのか、おこづかいや好きなものをくれた。
 味を占めたウチはおばあちゃんのハートを鷲づかみするために、演歌歌手を目指している孫を演じることにした。

 でも、年月が過ぎるとウチはバイトを始めて、おばあちゃんに媚びを売らなくても欲しいものが買えるようになった。
 だから、おばあちゃんに演歌を歌ってとお願いされても断るようになった。
 最近、おばあちゃんに会う度に演歌を歌うように頼まれるのが嫌になっておばあちゃんの家に行かなくなった。

 おばあちゃんが亡くなった。調子が悪いとは聞いていたが、ウチは、おばあちゃんに会いたくなくて会いたいというお願いを無視していた。
 お葬式が終わってから、ウチ宛の茶封筒が見つかった。
 手紙には小町が演歌歌手になって紅白歌合戦に出る姿が見たい。演歌歌手になるのは大変だからとウチのために貯金していたと貯金通帳が一緒に入っていた。

 おばあちゃんは本気で信じていた。ウチが演歌歌手になるというウソ。
 ウチは最低な孫だ。

***

「……ウチはおばあちゃんを裏切った。おばあちゃんはウチのウソを信じたまま死んでしまった。おばあちゃんにウソだったと謝ることもできない。カノンさん、ウチはどうしたら良いのかな? 何かアドバイスください。よろしくお願いします。うそつき船長、ありがとうございました」

 何て辛いお話だ。話を聞くだけなら、リスナーさんが悪いと判断されてしまうかもしれない。だけど、リスナーさんも子供ながらに自分の欲望だけではなく、おばあちゃんからの注目が欲しかったのじゃないかな。 

  でも、今はリスナーさんがおばあちゃんについてしまったウソが自分の首を絞めてしまっている。アドバイス次第ではリスナーさんの心の傷に塩を塗る結果になりかねない。ここは慎重に言葉を選ばなきゃいけない。
 どうしたら、良いのかな。ボクがリスナーさんのアドバイスを考えていると、一つの案が過った。これを話してみよう。

「うそつき船長。おばあちゃんが亡くなって辛かったですね。しかも、自分のついていたウソを信じてくれたというのは心が痛みますね。
ただ、あなたはおばあちゃんについてしまったウソで後悔しています。
ボクから一つの提案があります。選ぶかどうかは、あなたにお任せします。ウソつき船長がおばあちゃんにした演歌歌手になるというウソを現実にしてしまう。これはどうでしょうか?」

 ボクがリスナーさんに向けて言ったアドバイスをラジオブースの外で聞いていたミナミさんとホクトさんが大爆笑していた。
 ホクトさんはボクに向かって親指を立ててやるな!と言っているように見えた。
 ありがとうございます、二人とも。


「ウソつき船長が本当に演歌歌手になってしまえば、おばあちゃんに言ったことはウソじゃなくなります。これは簡単な道ではありません。でも、自分で撒いた種です。どう苅るかは、あなたにお任せします。ただ、後悔しない道だけを選んでください。これがボクからのアドバイスです」

***

「カノン、お疲れ様!」

 ラジオ放送終えて、ほっと一息ついていたボクの前にホクトさんがやって来た。

「ホクトさん、お疲れ様です」

「今回はお前には珍しく厳し目のアドバイスだったな」

「ごめんなさい」

 今回のリスナーさんの悩みをとても難しかった。
 もしかしたら、リスナーさんが選ぶ道を天国のおばあちゃんは拘るがずがないかもしれない。
 だけど、おばあちゃんの気持ちに応えるには演歌歌手になってあげるのが良いと思ってボクは難しい道を提案した。

「でも、悪くなかったよ」

「え?」

「ウソを現実にする。茨の道だけど、本当になったら、ばあちゃんも報われるし、リスナーも約束が守れたという達成感が生まれる。そうなったら、一石二鳥だろ」

 ホクトさんは少年のような笑みをボクに見せてくれた。

「そうね。リスナーさんもそう出来たら、おばあちゃん孝行になるんじゃない」

「ミナミさん、お疲れ様です!」

「カノンちゃん、お疲れ!」

「もし、あのリスナーが演歌歌手になって、ライトハウスがまだ続いていたら、ゲストコーナーでも作って呼びたいな」

「あら、いいわね!」

「そうですね」

「そのためにはライトハウスを長く続けないとな!」

 船長(プロデューサー)の未来予想図を聞きながら、ボクはリスナーさんに強く言った分、ボクも頑張らないといけないと気持ちを引き締めた。

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