⑦共に歩む航海
「みなさん、こんばんは! 人生という大海原で迷子になったあなたを導く光でともすラジオ”ライトハウス”へようこそ! メインパーソナリティのカノンです」
ボクはいつもの自己紹介を終えると、ラジオブースの外に目を向けた。
プロデューサー席でホクトさんとミナミさんが何か言い争いをしているように見えた。
二人を知らない人から見れば、ラジオをより良くするための熱い議論をしているように見えるかもしれない。
でも、ボクは違うと思う。その理由は、あの二人がラジオをより良くすための仕事関係の話をしている場面を見たことないからだ。
毎日、二人は言い争いをしているけど、会話のほとんどが中身はないものばかり。男性なのに恋愛対象が男性のミナミさんをホクトさんがイジったり、凜々しい見た目なのにファンシーグッズが大好きなホクトさんをミナミさんがイジったりする。
こんな幼稚園児のようなやり取りばかりをしている。
見た目は大人、中身は子供の二人をブース越しに眺めながら、ボクはラジオを進行する。
「このラジオでは大海原で迷子になった船を導く灯台がテーマです。
なので、リスナーさんのことを船長さんと呼ばせてもらいます。
メールを投稿するときは○○船長と書いてください。あと、メールはリスナーさんの進路に対する内容などを取り上げさせて頂きます。そのため、メールをこのラジオでは海図と設定します」
ボクはライトハウスでの基本ルールを説明し終えると、早速リスナーさんからのメール紹介のコーナーに入ることにした。
「では、今日の船長さんから届いた海図を紹介します。みなさん、たくさんの海図をありがとうございます。
では、早速読ませて頂きます。
カノンさん、こんばんわ! こんばんわ! 自分に素直に生きたい船長です。自分に素直に生きたい船長、はじめまして。
自分に素直に生きたいということは何かを自分の気持ちを押し殺しているのかもしれないですね。
今日はどんなお悩みなのでしょうか。僕は……」
***
「俺、これから彼女と会うんだよね」
「え?」
僕は突然、友達に自分の彼女に会いに行くと宣言をされた。
今日は僕とお昼を食べるって約束をしていたのに。
お昼を食べた後は特に予定があるわけじゃないけど、てっきり僕とどこかに行くと思っていた。
だけど、彼は僕とお昼を食べた後に彼女と会う約束していた。
「15時に待ち合わせだから、14時半まで一緒にいてよ」
僕はスマホの画面を確認すると、13時と表示されている。
そうなると、僕と彼が一緒にいられる時間はあと1時間半。なんて微妙な時間だ。
彼は一緒にお昼を食べたかったのかな? それとも彼女と会うまでの時間稼ぎで僕を誘ったのかな?と僕は疑ってしまいます。
僕の被害妄想かもしれないけど、彼は悪気があって言っているつもりはなさそうだ。
でも、彼女と会うついでに僕が利用されていると思ってしまうと、なんだか悲しくなってしまいます。
昔は僕と1日過ごしてくれていたのに、社会人になっていくにつれて半日から数時間と減っていき、最近では本来の目的までの数時間だけ会って欲しいということで呼ばれる回数が増えている。
しかも、彼が時間潰したい日の前日に「急なんだけど、明日の昼空いている?」とメールが来ます。
それを見る度に「またか?」と思いながら、「いいよ」と返信している自分がいます。
友人の多い彼にとって僕はその他大勢かもしれない。だけど、友人が数人しかいない僕にとって彼は貴重な存在です。
彼からの誘いが嬉しいし、出来るだけ断りたくない。
僕との時間を大事にして欲しい。何かのついでみたいな扱いは嫌だ。
だけど、僕は彼との友情を壊したくないという気持ちから彼の言うことを全部受け入れてしまいます。
僕は自分の気持ちを押し殺しながら、彼との友情を続けることは正しいのかな?
***
「……そんなことを考える日々が続いています。僕は彼とどう付き合っていけば良いか分かりません。カノンさん、僕に何かアドバイスをください。よろしくお願い致します。
自分に素直に生きたい船長、ありがとうございました」
友情を壊したくない。このリスナーさんはとても優しい方だな。自分の気持ちよりも相手の気持ちを優先してしまうクセがあるみたいだ。
多分、この人は友達との縁を切りたくないけど、自分の気持ちを抑えすぎてストレスが溜まっている。
このリスナーさんにボクは何を伝えるべきなのか。
ボクが悩んでいると、ブースの外でホクトさんとミナミさんが口玄関をしている姿が目に留まった。まだあの二人はケンカしているの!?
いい加減にしてよ! ボクは思わず二人のケンカを止めようと叫びそうになる。
そうか、これだ! ホクトさん、ミナミさん、ありがとう!
ボクはリスナーさんの悩みを解決できる答えを見つける事が出来た。
「自分に素直に生きたい船長。友情を壊したくないという気持ちはよくわかります。ボクも友達がたくさんいないので、ボクと仲良くしてくれる人とは良い関係を続けたいと、いつも思っています。
だけど、嫌なことがあったら、ちゃんと伝えています。良い事も嫌な事も一緒に分かち合うのが友情かなって思います」
リスナーさんに向けてボクは自分の思いを伝えながら、あの二人の姿が頭を過った。ここでお話してみよう。
「ボクの知り合いで、いつも口ゲンカが止まらない人達がいます。
その二人は全く言葉を選びません。
でも、その人達は仲良くやっています。よく言うじゃないですか! ケンカするほど仲が良いと。自分に素直に生きたい船長も友達に、あなたの想いをぶつけてください」
***
「カノン!」
「カノンちゃん!」
ラジオ放送終えて、ほっと一息ついていたボクの前にホクトさんとミナミさんが慌ててやって来た。
「ホクトさん、ミナミさん、お疲れ様です」
「お疲れじゃねぇ!」
「さっきの放送はどういうこと!?」
「え?」
二人が何のことを言っているのか分からなかった。さっきの放送で何か言っちゃいけないことでも言ったかな?
ボクは放送中の発言をじっくり思い返して見るも、リスナーさんを傷つけることや今凄くうるさいコンプライアンス違反になるようなことは言っていない。
「お前、自分が何を言ったのか忘れたのか?」
「えっと……」
「カノンちゃん、わたしとホクトのやり取りを放送で言ったでしょ!」
「あぁ」
そのことか。二人の形相ぶりにとんでもないことを口にしてしまったのかと、ヒヤヒヤした。
「あぁ、じゃねぇ!」
「そうよ! わたしとホクトが仲が良いなんて」
「アタシだってこんな女々しい男なんてゴメンだよ」
「わたしだって、こんなガサツでだらしない女なんてお断りよ!」
「なんだと!」
「何よ!」
二人は視線の先に火花を散らしながら、再び口ゲンカを始めた。
確かに二人は価値観が合わないし、よく衝突する。
でも、仕事ではお互いの良いところを尊重してスタッフさんが働きやすく、リスナーさんも楽しめるラジオを作るために一生懸命だ。
ケンカするほど仲が良いって、こういうことを言うんだなって思うとボクは自然とにやけてしまった。
「「何笑ってんの!?」」
二人は息ぴったりにボクを指摘した。
こんな仲良しの船長(プロデューサー)と副船長(ディレクター)が乗る船(ラジオ)なら安心して命を預けられる。
だけど、船(ラジオ)が終わらないようにするためには航海士(パーソナリティ)の腕の見せ所。
二人の作った船(ラジオ)を正しい航路に導くため、航海士(パーソナリティ)のボクが頑張らないと。
ボクは二人の言い合いを見ながら、カフェオレを飲んだ。
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