誰にも向かない攻撃

そういうことをすることがある。


誰に向けた発言かをあえて分からなくすることがある。
実際に起きた事でも架空の話のようなニュアンスで語ったり、自分自身に関してもどこかのキャラクターのように語ったり……、そうすることで「私の発言が誰かに向けられること」を避けている。

攻撃じゃなくても、そうなる。
私が発言する事自体が攻撃にもなり得ると思っているから。

実在する誰かへの言葉を、どこにもいない誰かへの言葉として返す。
そう聞こえてほしい。誰にも届かないでほしい。


きっと私は真正面から向き合うことを避けようとしている。実在の誰ともコミュニケーションを取ろうとしない態度でいたいという思いがどこかにある。参加してはいけないという思いがどこかにある……。


それが強く現れると意味不明な言葉になって、論点がどこなのか、そもそもどうしたいのかまでも、すべてを濁して音しか無い “見せかけの会話” を量産する。意味のないことをダラダラと話し、意味など考えていないのだからまともに意味を捉えようとするとちんぷんかんぷんな会話。擬音だけでも成り立つという「会話のような何か」を介して自分は会話していると信じ込む。


どこにも根は無く、どこにも導かれない、という「音だけの話」をしたくなることが時々ある。
内容を話したくないのだが、話したくもあるのだ。知られたくないのだが伝えたいにも近い。
そこに中身は無く、ただ私が存在している事だけを伝えたいというだけの自分語り。それは意味不明であるが、存在するというだけで十分なのだ。

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