【掌編小説】水風船
「ねえ、侑太朗、たこ焼きにする? 焼きそばにする?」
年に一度、地元である東京で催される夏祭り。私と幼なじみの侑太朗は、光で夜に浮かびあがる屋台の間を縫って歩く。
楽しくて胸がドキドキする。
「あ! イカ焼き! あれも食べたいなあ」
はしゃぐ私に隣の侑太朗がぷっと吹きだす。
「桃子、お前どんだけ食いてえんだよ」
「だってさ、どれも美味しそうじゃん?」
侑太朗は私の後頭部を掴むと、
「早くしろやー!」
と言う。
「いたたたた! 何するのよ」
侑太朗とは赤ちゃんの頃からの仲なので、いつもこんな感じ。まるできょうだいのようだ。
私たちはお互いのことを、よく知っている。
何が好きで、何が好きじゃないか。
何が得意で、何が不得手か。
何に安心して、何に傷つくのか。
私は祭りに来て一番初めに買った水風船をゆらゆらと揺らしながら歩く。
揺れる水風船の中に広がる波形。侑太朗も横からのぞき込む。今年掬えた水風船は可愛らしい桃色だった。
「その色、桃子の桃だな」
「うん、お気に入り」
彼は今年は買わなかった。
私はゴムを中指に通すと、ばしんばしんと水風船を侑太朗の胸に打ち付けた。
「うりゃ」
「お前、やってること小学生並み」
「ふんっ」
私はさらにばしんばしんした。
侑太朗は私の攻撃をかわすと、
「俺、焼きそばにしよ」
と、屋台に向かって歩き出した。
結局私も侑太朗と同じ焼きそばを買い、ふたりで道に座って食べた。
少し離れたところのやぐらから祭囃子の音が聞こえる。
私たちは毎年この夏まつりに来ては、ここでやぐらを見ていた。
「今年も夏が始まるんだね」
「そうだな」
私たちはいつの間にか手を繋いでいた。
「侑太朗は行っちゃうんだね」
「どこにも行かないよ」
「だけどね、行っちゃうでしょ。私、侑太朗のこと、好きだよ。知ってるでしょ?」
「うん、知ってる」
鼻の奥がツンとした。
「ごめんな」
侑太朗が私の顔を見て悲しそうに言った。
「私も、知ってるよ」
私は勢いよく立ち上がると、水風船を侑太朗に向かって投げつけた。
水風船は侑太朗の体に当たった後、ぼんぼんとアスファルトの上をバウンドした。
ああ、いっそ割れてしまえばよかったのに。
「バイバイ」
私はその場から走って逃げた。
幼いころから私は彼を知っていた。柔らかい髪も、小さい頃泣き虫だったことも、アイスを食べる時の嬉しそうな顔も。
全部、全部、私だけが知っていたの。
今はもう、違うんだ。
鼻緒が切れて、私は走ったままの勢いで派手に転んだ。
私は泣いた。
大声で泣いた。
通行人がこっちを見ながら歩いていく。
ドオン!と振動音が聞こえたと思ったら、花火が始まった。
私は涙でびしょびしょの、砂埃で汚れた顔を上げた。
花火は次々上がる。夏の夜空に刹那に咲く花は、まるで泣くなと言っているようだった。
毎年花火の時は、侑太朗が隣にいたけど、これからはもういないんだ。
私はさっき侑太朗と繋いだてのひらを見る。あの時のぬくもりを思い出して、もう片方のてのひらでそれを包み込む。
私は誰よりも何よりも侑太朗が好きだった。
私は来年、何色の水風船が掬えるのだろう。
毎年ふたりの頭上に広がっていた、晴れやかな夏の青空みたいな色がいいな。
[END]