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うちで踊ろう
星野源さんの「うちで踊ろう」という楽曲のプロローグをイメージしたショートショートストーリーです
うちで踊ろう
まだ空が明るかった。春の夕方はもっと穏やかだと思っていたけれど、意外と北風が冷たい。いつもだったら、人混みを駆け抜ける騒がしい街並みを、街並みに溶け込むように静かに歩く。黒いスーツが浮いている気がした。
暗くなったコーヒーショップの前を、マスク姿の親子がスーパーの袋を抱えて、通り抜ける。四歳くらいの青いジャンパーを着せられた男の子は前を歩く母親をつたない足で必死に追いかける。コンクリートを押し上げたたんぽぽの綿毛がそっと揺れた。
無機質なアナウンスとまばらな座席。普段だったら、つり革をつかむことすらままならないこの場所で、一番の特等席、タルトの背中みたいな席に座った。無意識にスマホを取り出したが、すぐポケットに突っ込んだ。前の座席で気持ちよさそうに目をつぶり、左右に揺れるおばあさんにほっとする。
名古屋に住みはじめた彼女はちゃんと笑えているだろうか。今朝も変わらない「おはよう」のメッセージからは、それ以上のことを読み取れなかった。次に会ったら、一緒に何を食べようか。彼女の行きたいと言っていたフルーツパフェを食べに連れて行こうか。
妊娠中の姉ちゃんは最近、産休に入ったと聞いたけれど、不便していないだろうか。母親学級がなくなって不安がっていたけど、旦那さんがちゃんとしているから、大丈夫かな。赤ちゃんが生まれたら、会いに行けるんだろうか。
そういえば、田舎の両親とは最近、連絡をとっていない。電話すると決まって、身体の心配をされるけど、人の心配をするより自分の心配をしたほうがいい、といつも思う。先月末に、母から、パートが休みで暇だからと玄関に花を飾った写真が送られてきていた。返信をまだしていない。帰ったら、連絡してみようか。
いつもの生活、当たり前の日常が失われている。でも、いつもの生活、当たり前の日常ではないから、いつも以上に想いをはせる人がいる。
うちで踊ろう。靴を脱いで。心を脱いで。ふだん使わないフライパンを取り出して、いつも使わない入浴剤をまき散らして。うちで歌おう。いつもよりも優しい声で、いつもよりもあなたを想って。
たまに重なり あうような 僕ら
扉閉じれば 明日が生まれるなら 遊ぼう 一緒に
うちで踊ろう 一人踊ろう 変わらぬ鼓動 弾ませろよ
生きて踊ろう 僕らそれぞれの場所で 重なりあうよ
うちで歌おう 悲しみの向こう すべての歌で手をつなごう
生きてまた会おう 僕ら
それぞれの場所で重なりあえそうだ
#うちで踊ろう #星野源#DancingOnTheInside#StayHome#WithMe
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