遭遇

「最近挙動不審よね」
「うん、今日もちょっと肩を触っただけですごい顔してた」
「挙げ句の果てにビーカー大量に落とすしね」
「どうしたんだろうねぇ」
「ねー」
麻莉香の少し前を歩くクラスメイトたちのヒソヒソとした話し声が聞こえてくる。日直の女子生徒のことだ。
授業が少し早く終わり帝人と麻莉香たちのクラスは早めに自分たちの教室へ戻っていた。
「あの子何かあったのかな?黒板消すの手伝ってたときはこれといって変なことなかったのに」
「さぁな。もしかしたら俺みたいに突然異能に目覚めちまった。なんてことだったりな」
「えぇっ?そうなの?!」
「いや、俺が知るか!」
《キーンコーンカーンコーン♪》
「あ、お昼休みだ。帝人、私あの子とお昼食べに行ってくる。ちょっと心配だし」
「お前は本当にお人好しだな、クラス委員長」
「だからクラス委員長なんだよ。じゃ先行くね」
「おぅ」
帝人は小走りで前を行く麻莉香を見送った。
「おーい!七淵ーっ!飯食いに行こうぜー!」
後ろから坊主頭と小太りのクラスメイトたちが声をかけてきた。
「おー!行こうぜーっ」
急いで教科書を教室へ置き学食へ向かった。


「うーん、いないなぁ」
学食、購買、カフェテリアを巡ったが一向に日直の女子生徒は見つからなかった。そして今、麻莉香は中央広場まで出てきていた。
《ガサガサ、ガサ》
前方の低木が揺れる。
「えっ、なに…?なにかいるの」
低木の揺れがさらに左右に大きく揺れ、ピタッと揺れが止まる。
《ガサッ!》
揺れた低木から白いもじゃもじゃの物体が飛び出し、続いて白衣を着た長髪ストレートの男が飛び出してきた。
「こら待て!もじゃもじゃ!」
長髪の男が先に飛び出した白いもじゃもじゃを空中で捕まえ、そのまま前のめりに「がっ!」「ゔっ!」「うぁっ!」と三回転し止まった。男は白いもじゃもじゃが逃げないように手でしっかり捕まえ体全体で抱えているが、打ち付けた場所が悪かったのか体がピクピクしている。
一連の動きを見ていた麻莉香は、ハッと我に帰り恐る恐る男に近づいた。
「あっ…あの、大丈夫ですか?」
横向きに転がっている男の正面に回り込み、意識確認をする。深い青緑色の長髪が顔全体にかかって表情が見えない。
「あの〜」
ためしにもう一度声をかけてみると、男はぬぅっと死体が起き上がるように上半身を起こした。長い髪のおかげで起き上がったその姿はまるでホラー映画によくあるソレのようだ。
「ヒィッ!」
その姿を見て麻莉香は思わず声を漏らした。
「そこのキミィ…、ちょっとこのもじゃもじゃがくわえてるのとってくれませんか」
男の手元をよく見るともじゃもじゃの白いうさぎが花のついた枝を加えている。
「あれ?長老、今日はこの辺にいたのね。駄目だよ長老!コレはこの人のものなの。ね、ちょうだい」
長老と呼ばれた白いもじゃもじゃは麻莉香の声に反応してか気まぐれか定かではないがくわえていた枝を離した。枝を受け取り男にそっと差し出すと男は嬉しそうに長老を離し、枝を受け取った。
「はぁ〜、助かりました。キミ、ありがとう」
「いえ、そんな大したことではありませんから」
男はお礼を述べながら乱れていた髪を集め、ポニーテールにし、枝でまとめた。
ふーっと、一息つき顔を上げる。「視界良好!」と、つぶやくと葉っぱでうす汚れた白衣をパンパンと払い立ち上がる。チラと、麻莉香を見ると動きがピタッと止まった。
「あの、どうかしましたか?やっぱり怪我でもして…」
「あぁいや、なんでもないんですよなんでも」
麻莉香が言いかけた言葉に被せるように言う。
《ぐぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぅ》
男の腹の方から音がした。
「あ。あははは、私のお腹の音ですねぇ」
少し照れくさそうな顔をしながら着ている白衣でお腹周りをさっと隠した。見るからに年上の男が非常に無邪気だ。
麻莉香は右手に持っていたお弁当袋を男に差し出した。
「もし良かったら一緒にお昼にしませんか?私もお腹空いてますし」
「えっ、いいのキミ?私でさえ自分の事怪しいと思ったのに、こんな人とご飯だなんて」
「えぇ、大丈夫です。だって悪い人には見えないから」
麻莉香は微笑みながらそう言うとすぐ近くのベンチへ男を座るよう促した。男がベンチの左端に座ると、麻莉香はお弁当袋から菓子パンを取り出し男に渡した。自分もベンチの右端の方へ座って弁当を膝に広げる。
「なんかごめんね、お昼もらっちゃって。えーと…」
「あ、一条です。一条麻莉香」
麻莉香はお弁当を頬張りながら答える。
「麻莉香ちゃんか、私の名前はゆすらです。ご飯ありがとね、麻莉香ちゃん。ところでさ、」
「なんでしょう?」
ゆすらは貰った菓子パンの袋を開けながら話を続ける。
「ついこの間、うちの教授が失踪したんだけどね、失踪前の数日教授の様子がどうも変でさぁ。挙動不審というかなにかに怯えているというか…キミの周りでもそんな子居たりしない?教授を探す手がかりになるかもしれないんだけど」
森野から受け取ったメモに書いてあった情報をその場しのぎの急ごしらえで話し、麻莉香の答えを待つ。
「そうなんですか?大学部…ですよね、教授の先生が失踪なさるってことはもしかしてあの子も…」
麻莉香の顔が険しい表情になる。
「高等部でもやっぱり同じようなことがあるんだね」
ゆすらはうん、やっぱりかと言わんばかりの顔をしながらうんうんとつぶやく。
「実は今日、私のクラスの女の子の様子がおかしくて…それで心配なのでお昼を一緒に食べようかなと思っていたんです。でも見つからなかったのでご飯食べちゃうんですけどね…!」
もりもりとご飯を頬張り、ごちそうさまと手を合わせてからお弁当の蓋を閉める。
「手がかりになるようなお話ができなくてすみません」
申し訳なさそうに頭を下げ立ち上がる。ゆすらもそれに合わせて立ち上がり、気にしないで。お昼ごちそうさまとお礼を言った。
「それでは私は戻ります。戻ってる時に女の子見つけれると良いのだけど…」
「そうだねぇ、お互い見つかると良いね。それじゃあ」
麻莉香は高等部の教室棟へ戻って行った。彼女の姿が見えなくなるのを確認すると、ゆすらは再びベンチに座り森野から受け取ったメモを取り出した。
取り出したメモには

・医学部教授の失踪
・不登校者の増加
・音楽科の幽霊
・保健室利用者の急増
・学生会

と、書かれていた。
「さっき麻莉香ちゃんが言っていた挙動不審な女子生徒。もしかしてこのメモと関係あるのかな。増田さんが回ってたテスターの人は学校関係者や富裕層ばかり…。そういえば、最近の私たちの仕事現場も学校関係や富裕層の異能力者の無力化が多かったなぁ……」

***

高等部裏手のゴミ置場にあの日直の女子生徒の姿があった。教室にいた時とは一変して殺気立った凄まじい形相だ。
「早く!お金なら持ってきたわ!だから早く渡して!」
女子生徒はもう待てないと言わんばかりに目の前の黒いキャップを被った男が持つガラス瓶をひったくった。
ひったくったガラス瓶の蓋をガチガチと手を震わせながら開け、勢いよく中の錠剤を手に出す。
「私が!私が異能力者だなんて認めない…っ!私はあんなのとは違う!」
熱り立つように言うと手に出していた錠剤を一気に飲み干した。
「私は違う…違うの……」

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