邂逅
ウェストミンスターのメロディーが学園に響く。予鈴の鐘の音の後、授業を受けていた生徒たちの解放感に満ちた声が彼方此方から聞こえてくる。休み時間だ。
移動教室の生徒たちが同じ色の教科書を持って次の教室へ移動する。帝人と麻莉香も机の上に教科書を置き、次の授業の準備をしている。
昨夜、学園に帰ってきた帝人と麻莉香は案の定帰りが遅いと先生にこっ酷く叱られた。こっ酷く叱られた帰りに麻莉香は犯人引き渡しの現場に先生が居たのかと聞いてみたが、先生は実習中学園から出ていないという。結局、誰だったのかはわからないままだ。
誰だったのだろうと思いながら麻莉香は自分の席を立つ。黒板の上の方を消すのに苦労している日直の女子生徒を手伝いに行った。
いそいそと黒板を消している女子生徒の隣に立ち、もう一方の黒板消しで黒板を消す。
「麻莉香ちゃんありがとう。私じゃ届かなくて」
黒板を消した時に出る粉を頭からしっかり被る女子生徒。栗色の髪をハーフツインに結んでいるのが幼さを感じる。
「いえいえ」
黒板を消し終わると女子生徒は「ありがとっ」と、いい急いで教室を出て行った。
「帝人、私たちも移動しよっ。次は化学室だっけ」
「おぅ。あー、麻莉香。お前も頭真っ白だぞ」
「えぇっ?!うわぁーっ!!」パタパタと頭についた粉を払う。
あーあと言いながら帝人が席を立つ。立つと同時に廊下の方から叫び声が聞こえてきた。
「オイ!どうした!」
「何があったの?!」
二人は急いで声の方へ行くと、化学室前に人集りができていた。
「あ。七淵さん、一条さん。心配しないで大丈夫ですよ。日直の子がビーカーをひっくり返しちゃったみたいなので」
二人にそう伝えたのは古典教師の夢先先生。艶のある黒い髪をかんざしで団子にまとめている。団子からおりた髪も美しい。おっとりした性格で、生徒思いの優しい先生だ。生徒からも慕われている。
「そうだったんですね。怪我は…無いみたいですね、よかった」
麻莉香は化学室の方をチラッと覗き安堵する。
「それじゃ私は職員室に戻るわね」
夢先先生は二人に軽く手を振って職員室に戻っていった。
「なぁ。あの先生、俺の名前知ってるし、第一声が心配するなって」
「えっ?帝人知らないの…?夢先先生は人の希望が見える異能力者よ。だから私たちがあの状況を知りたいと思ってたのが見えたのよ。帝人の名前を知っているのは先生が生徒思いだからだと思う」
「生徒思いって答えになってねぇぞ…。塾講師以外にも異能力者の先生いたんだな」
「ちなみに美術のハナちゃん先生も異能力者なんだよ」
「あー、そんな感じするわぁ」
「ほんとに先生こないんですか〜。私ひとりで行くなんて失敗する気しかしませんよ」
「オマエなぁ、オレの助手と公言するならそんな情けないこと言わないでくれよ…これならメーデと森野の方がよっぽど助手向きだ。オマエそのうち事務職に落とすぞ」
「えぇーっ!そんなぁ!」
聖壱里塚学園東北門前でゆすらは渋っていた。今から彼は昨夜現れた依頼人、増田の薬の行方を調査するために学園に潜入する。流石にいつもの黒い上着では怪しいため白衣に着替えたのだが落ち着かないようだ。
「森野が学生に混ざって先に入ってる。もう三十になるような歳のオマエが二十歳そこそこのやつのやってることもできないのか?」
歳のことを言われ更にうなだれるゆすら。渋っても碧はついてこないと諦め「頑張りま〜す」と、力無く言い学園内に入って行く。渋々と歩いて行くゆすらの後ろから「帰るときに森野も連れて帰れよー」と、碧が言いっていった。
学園の生徒たちが青春を謳歌しているなど思いながらゆすらはまず学園の大学部へ足を伸ばした。この学園は幼稚部から大学部までが揃った総合学園施設だ。途中入学してくる学生も多いが試験が難しいため多くの人が幼稚部からのエスカレーター式で大学部まで行き卒業する。学科も数多く揃いここに在学していればなんでも事足りてしまうほどだ。
「確かここの大学の医学部教授へ渡しにいったんだっけ?あ!森野くん!!」
持っていたメモを白衣のポケットにしまいちょうどよく目の前を通り過ぎた森野に声をかける。
「あぁ、ゆすらさん。大学部の方なら調査終わりましたよ。これが調査メモです。自分はこれから高等部に行きますので。それでは失礼します」
颯爽と過ぎ去っていく森野を呆然と見送る。
「できる事務員を持つとなんとやらだなぁトホホ。仕方ない!ここはひとつ手っ取り早く終わらせるためにまとめて声を聞くとしますか」
そういうとゆすらは学園のほぼ中央にある時計台へ向かう。時計台の一番上まで登ると学園全体が見渡せた。ゆすらは学園全体を見渡すとゆっくり目を閉じると両手を耳に当てた。
「チャンネル、ステレオ」
小さく呟くと鳥や人、車のタイヤの音や誰かがドアを閉める音まで学園中の音という音全てがゆすらの耳に洪水のように流れ込んできた。
「違う。違う。違う。違う。コレも違う。あー向こうの笑い声うるさいなぁ、…ん?いぃっ!!?」
突然聞こえた大きな音に思わず異能力の発動を解く。
「爆発?高等部の方角からだったな。今度はガンで拾いますか」
高等部の建物の方へ手をかざす。すると手を媒介にして高等部内と周辺の音が聞こえてきた。
「ビーカー…心配……ハナちゃん?ってことは学生がビーカー落としたのか。なーんだ」
手を下ろしもう一度ステレオを発動させた瞬間、真後ろにある巨大なベルがウェストンミンスターのメロディーを奏で次の授業開始を告げた。
異能力を発動させていたおかげで人の何倍もの大きさの音を聞いたゆすらはその場で伸びきってしまった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?