旧校舎
朝から人の賑やかな声が空を行き交う。ここは異能力を持った学生と持たない学生が通う総合学園施設、聖壱里塚学園。桜も散って若葉が緑に輝いている。ザザーッと風がなびく中、予鈴の鐘が鳴り生徒たちは慌てて校舎へ駆け込んで行った。
「えー。本日は、転校生を紹介する。入れー」クラス担任の言葉により教室の扉がガラッと開く。むすりと不機嫌そうな面持ちで銀髪の少年が教室へ入ってきた。
「転校生の七淵帝人くんだ。ご両親の都合でこんな時期だがうちへ転校してくることになった。みんな、仲良くするように」クラス担任がおきまりのセリフを言い終えると窓際の一番後ろの席に座るように言った。
時は経って放課後。転校生が来たということでクラスのみんなにちやほやされた一日も終わり、ほとんどの生徒が寮への帰宅や部活動へ行く準備をしている。帝人も帰宅の準備をしていると、前の方からレモネード色のショートボブの髪をした女子生徒が近づいてきた。
「帝人、昨日ぶりだね。さぁ、早く荷物まとめて行くよ」帝人の片付けを急かす彼女は一条麻莉香。帝人の所属することになった一年E(エー)クラスのクラス委員長で、幼なじみ。成績優秀で入学前に短期留学をする程の優等生だ。
「で、どこに行くんだ」突然のことで少々イラつきながら帝人は麻莉香の言われるがまま荷物を片付けた。「どこって…うーん、そうねぇクラブ?部活?のようなところよ」曖昧に答えるあたりとても怪しいところだと帝人は推測した。「まあまあ、そんな嫌そうな顔しないで。帝人だって入学前に今から行くところには絶対行かなきゃいけないって言われてたでしょ?」パタパタと教室を出て行く麻莉香と帝人。麻莉香が言った行かなきゃいけない場所について帝人は考えていた。が、正直なところここへ入学する為の説明などはほぼ一切覚えていなかった。
そうこうするうちに二人は旧校舎にたどり着いた。
「着いた着いたーっ。ちょっと遅刻気味だけど…。思い出せてない七淵くんのためにもう一度教えてしんぜよう!ここは私たち異能者たちの為の学習塾よ。これが聖壱里塚学園が異能学園と呼ばれる醍醐味ね。異能力基礎から学び、最終的には実践まで学べるわ。ここは危ないから一般生徒は知ることもできないし、立ち寄れないようになってるのよ。ここまで大丈夫?大丈夫なら教室へ行こう」
麻莉香は説明を終えると帝人の方へ向き直った。
「おっ…おう。行くか」
一度に盛りだくさんな説明を受け、少し引いた様子を見せながら二人は旧校舎の教室へ向かった。
異能者の生徒たちから『塾』と呼ばれる異能学習塾は、聖壱里塚学園の敷地内にある旧校舎で開かれており、学園に通う異能者の生徒は必ず放課後ここで異能の勉強することが入学条件に組み込まれている。日中勉強をしているクラスは一般生徒もいるため異能については教えず、一般的な勉強を教えている。
世間的には法改正が行われ異能者も認められるようになったが、まだ異能者を迫害する一般人も多いためこの学園では異能の勉強は隔離したところで秘密裏に行われるのだ。
旧校舎の教室へ入ると二十人弱の高等部の生徒がいた。ちらほらと同じクラスの人もいるようで、この学園に異能者がたくさん通っていることを実感できる。
麻莉香に案内され中央列の一番前の長机に座る。しばらくして教室に白衣を着た先生が入ってきた。
「ハイハーイ。みなーさんお静かーにお静かにー。ではでは知ってる人もいると思いますが、新しくこの学び舎に入ることなったそこの白もじゃくんこと七淵帝人くん。彼は昨日のボヤ騒ぎの張本にでーす。」
「なっ?!」帝とは思わぬ紹介のされ方に驚きを隠せず思わず声が漏れた。
「ということで、彼はまだまだ異能者としては若葉マークであるみなさん以下。そう、つまりまだ生卵ってところですね、ハーイ。なのでみなさんしばらくは水素爆発みたいなことがよく起こると思うので気をつけて楽しくっ!学びましょー」
先生の嫌味たっぷりな話を帝人はなんとか堪えて聞いた。
「まー、これはさておき。最近この七つ目区界隈で突発的な異能覚醒や暴発による事故や事件が増えているのはみなさん知っていますね。普通は私たちが全面的に関わるなんてことないのですが、今回は人手が足りないということで警察庁の異能課から協力要請がきました。で、先生。これを受けようと思います。いや、受けました。なので前期の実技実習の内容を変更していきなり実践です!みなさんももう高校生なので先生、心配していません。明日の放課後は、この旧校舎ではなく直接異能課へ行ってくださいねー。それじゃあ解散。あ、帝人くんと一条さんは残ってー」
誰一人いなくなり静まり返った教室で帝人、麻莉香、先生の三人だけがポツリと残った。
「いやぁー、残ってもらって悪いねぇ。だいたい察しはつくと思うけど明日からの実技実習のことね。一条さんはいいとして、帝人くんはまだ異能力を自分の意思で扱うことができないよね?だから今から特訓しようと思ってさー。僕って優しい先生…!うんうん!」自分で自分を褒めながら先生はニコニコ言った。
「でも先生。特訓といってもどこでやるんですか?今日は卓球部が多目的ホールを使っていますよ?」麻莉香が質問すると先生は待ってましたと言わんばかりの嬉しそうな表情を見せ答えた。「多目的ホールが駄目ならあそこを使えばいいじゃない」
あそこ?どこ?と、二人は口々に漏らしながら考えていると先生が耐えきれずに「誰も近寄らない旧体育館ですよ」と、答えた。そして、そのまま二人を小脇に抱えて旧体育館へ向かった。
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