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リアルに泣き崩れたことありますか?

「泣き崩れる」

大きな声で泣くこと、姿勢が崩れるまで号泣すること、など様々な意味があるようだが、私は後者。

リアルに膝から崩れ落ちて泣いたことがある。

そんな経験、20年間生きてきたけどその1回だけだった。

恐らくこの先もない。

泣き崩れ(物理)は、いかにして起こったのか。

時は私が盛んに黒歴史を製造していた中学時代にまで遡る。


弱小吹奏楽部に入る

もともと音楽が好きだった私。

中学校に上がり、秒速で吹奏楽部の見学に行く。

超目立ちたがり屋の私は、歓迎演奏で1番多くメロディを吹いていた黒くてまっすぐな楽器の体験をすることに決めた。

「はーい、じゃあサックス体験したい人は手を挙げて〜」

私は勢いよく手を挙げる。

連れて行かれた先には、金色でくねくねした楽器があった。

あれ、間違えたわ。

これがサックスとの出会い。


サックスって、音を鳴らすだけなら1番簡単だと言われているんですよ。吹けば鳴るからね。

そんなことも知らず、サックスの体験で音を鳴らした私は先輩達に

「すごーい!こんなに音鳴る人いないよ!」

「天才!才能あるから絶対サックスやりな!」

と煽てられまくり、すっかり良い気になった。

帰ってからお母さんに、

「私、才能あるみたいやわ〜。サックスっていう楽器することにするわ〜」

と言ったことはいうまでもない。

チョロい新入生である。

後から知ったことだが、その吹奏楽部は「あそこさえいればドベになることはない」と言われるほどに弱かった。

かくして私は、県で1番弱い吹奏楽部のサックス担当として生きていくこととなる。


サックスにドハマりする

褒められて伸びるタイプ。叱られて伸びるタイプ。

世には様々なタイプがあると思うが、私はガチ100%褒められて伸びるタイプである。

入部後も上手い天才プロみたいと煽てに煽てられ、私のサックス熱は大噴火していた。(ちなみに全然上手くなかった)

上手くなれば目立つパートを任される。褒められる。目立てる!

吹奏楽部の方なら分かると思うが、目立ちたがり屋さんにとってサックスは天職である。

それにサックスは初心者状態から中級まで成長するのがめちゃくちゃ早い。(中級から上級が激ムズ)

努力に対して結果がダイレクトに出やすいから、めちゃくちゃハマった。

自由参加の朝練も毎日通い詰め、毎日1番最初に行っていた。

家に帰ってもプロのCDを聴きまくった。

1年生のうちはたまたま私みたいな子が多かったから、部全体のレベルがちょっとだけ上がった。

1年夏のコンクール、私たちの学校は万年銅賞から、初めての銀賞を獲得した。(2位じゃないよ)


2年生になって、狂気の練習量

2年生、銀賞獲得で勢いづいた私たちの次なる目標は「金賞」となった。

一応説明しておくと、吹奏楽コンクールには全ての学校に金銀銅いずれかの賞が与えられる。だから金賞は1位とは限らない。金賞いっぱいいる。

さて、もはやアルコールかコカインばりにサックスに依存していた私はとにかく練習するためにとある場所へ向かった。

そう、KOUTYOUSITHU

校長先生に頼んだ。

「朝練、5時半からしたいです❤︎」

なぜか許可が出た。

こうして毎日5時半に朝練へ向かうことになる。

毎朝お弁当を作ってくれた母すごすぎん?と朝起きられない大学生になった今、リスペクトが溢れ出している。

話が逸れた。

とにかく、私は後にも先にもこれほど頑張ったことは出てこないだろうというくらい練習した。

5時半から朝練、授業中の運指練習(あるある)、給食中の譜読み、夕練、家に帰って音源を聴きまくる。

起きている間は全部吹奏楽だった。

後から振り返ってその練習量を見てみれば「狂気」以外の何者でもない。

でも当時はそれがめちゃくちゃ楽しかった。


本番

緊張とストレスがダイレクトに胃腸にくるタイプの私は、朝から腹痛に悩まされていた。

しかしその腹痛は、顧問の「今までの練習を思い出して」という言葉で嘘みたいに消えた。

いやほんと、嘘みたいに。

その日私は生まれて初めて、努力が造りあげたガッチガチの自信というものを手に入れた。

1秒も無駄にせず練習した自信があった。これだけやったなら絶対に大丈夫だと思えた。


死ぬほど努力した上で登った舞台は、4分間で終わった。

演奏しているときの記憶は無い。

だけど舞台からはけて袖に入った瞬間、涙が溢れたのを覚えている。

「なんで結果発表もまだなのに泣いてるのよ」

顧問に笑いながら叩かれた。

私は「わかりません」と答えた。


結果発表

吹奏楽コンクールの結果発表って、見たことありますか?

めちゃくちゃ叫ぶんですよ。

(イメージ)

でも、万年銅賞の私たちは叫ぶ意味が分からなかった。

他の学校の人のこと考えろよ、迷惑でしょ。

そう思っていた。


結果発表が始まる。

私達は全員手を繋いで祈っていた。

この日のために全てを賭けた。

どうか、どうか私たちに初めての金賞を。


順番に中学校名と賞が読み上げられる。

……次は私たちの番だ。

「──中学校、ゴールド金賞

キャァァァァアアアアアアアアアアアアアアア

ああ、あの叫び声って自然発生するものだったんだ。

普段から声が小さいと言われる私だけど、人生で1番大きな声が無意識に出た。

嬉しすぎて、涙が止まらなかった。

ずっと声を出して泣いていたから、その後に続く学校の結果は1ミリも聞いていなかった。(マナー悪い)

県代表を発表するおじさんの声も、かなり遠くに聞こえていた。

だから気がつかなかった。


私達の中学校が、県代表に選ばれていたことに。

万年銅賞の弱小吹奏楽部は、その日初めて金賞を獲得し、同時に県代表の切符を手に入れたのである。


仲間の内の1人が選ばれたという事実に気づき、私たちに告げる。

理解するのに10秒ほどかかった。

理解した次の瞬間には、私達以外の学校全てが客席からいなくなり、私の目の前は床だった。

膝から崩れ落ちて泣いていた。

泣きすぎて立てなくなった。

とにかく心にあるのは嬉しいという感情。

どうやら人は一つの感情がカンストすると、涙が出るらしい。


それから

支部大会は見事に銅賞だった。

それでも私は、この経験を誇りに思っている。

「自分のために、嬉しくて泣き崩れること」

こんなの、誰にでもできる経験じゃない(と思う)。

努力して努力して結果が実ることがこれほどまでに嬉しいことを、私は知っているのだ。

この経験ができたからこそ、私は生きている意味があると思えるほどに大きな、そして貴重な経験だった。

もうこんな経験はできないだろうな。

そう思うと同時に、もう一度何か一つのことに向かって死ぬほど努力してみたい、もう一度同じ経験がしたい、なんて欲張ってしまう自分がいる。


そう、これはちょっと長めの自慢話と、未来の自分への喝である。













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Rinko
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