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小説:最後の夏、またね。【916文字】

 ごご、ごごご、と外耳道がいじどうで水が鳴る。
 水泳キャップを脱いで、プールサイドに片足立ちをして、頭を振って跳ねてみるけれど、耳の中の水は出ない。手ぐしを通すと長い髪がきしむ。中途半端に濡れた裸足が気持ち悪くて苛苛する。
「耳に、水入ったの?」
 ユイがお尻に食い込んだスクール水着の端を指で引っ張りながら歩いてくる。そんなユイの声はくぐもっている。幾重いくえにも重なったマトリョーシカの真ん中にいるみたい。
「うん。これ、嫌いなんだよね」
 私は半ば自棄やけ気味に頭を振る。ごご、ごごご、と水は外耳道を行ったり来たり。耳には蓋がないのに、どうして出ていかないのだろう。鼓膜の中まで入ってしまっているなら仕方ないけれど、そんなところまで水は届かない。
 授業で習った耳の内部構造を思い出す。一番奥にカタツムリみたいな渦巻きがあって、鼓膜があって、外耳道があって、耳の穴に続く。外耳「道」というくらいなのだから、すーっと通って水くらい簡単に出してくれればいいのに。

 そもそも、高校生にもなって体育の授業に水泳があるというのが嫌になる。どうして、うっすらヒゲが生え始めたり、足の毛の濃くなり始めたりする男子たちと同じ水に入らなければならないのだ。紺色のスクール水着だって白い水泳キャップだって、いい加減恥ずかしい。

 それでもプールの中では、クラスメイトたちが、きらきらと陽射しを受けて楽しげに泳いでいる。バタ足に弾ける水面みなもはアクロアイト。反射する夏が、泳いで気だるい体に眩しい。

 ピーっと笛が鳴り、先生が授業の終わりを告げる。クラスメイトたちはめいめい、水を滴らせながらプールからあがる。うっすら豊満になり始めた女子たちと、胸板の薄い痩せた男子たち。

 私もユイと一緒にプールの前方へ行って、クラスメイトたちと整列する。
「えー、プールの授業は今日で終わりです。来週から体育祭の練習に入るので、体操服とジャージを忘れないように」
 先生の声もマトリョーシカの真ん中。そうか。もうプールの授業は終わりなんだ。

 振り返ると、トンボが数匹すすーっと飛んでいった。
 今年最後のプールの授業は、マトリョーシカの真ん中で終わり。ごごごごご。さようなら、夏。またね。私は前に向き直って、遠い積雲を眺めた。


【おわり】

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NNさんの「ゴゴゴゴゴ」を五七五で詠む企画の中で、私の「ゴゴゴゴゴ」をヒスイ賞に選んでいただきました。その賞品として、私がヒスイさんにお題を出して短い小説を書いていただく予定なのですが、私の出したお題が「季節」。
ヒスイさんが「季節・ゴゴゴゴゴ・女子高生」の縛りで小説を書く、と仰るのを聞いて、楽しそうだな……と思ってしまい、自分でお題を出しておいて自分でも書いてしまいました笑。
真冬に、晩夏の季節の移ろいを書きました。若い少女たちの成長の移ろいも感じていただけると幸いです。ありがとうございました。

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