花嫁の「はなよめ」#いつかのごちそうさま
果物はなんでも幸せな気持ちにさせてくれるけど、この季節の白桃は特に幸せを満たしてくれる。
優しい色味と生毛、柔らかさと瑞々しさ。赤ちゃんの頬のようだといつも思う。
剥いてからその一瞬を大切にしないと直ぐに美しい白は失われるから、時間ごといただく初夏の贅沢。
するりと皮を剥くと、真っ白い艶やかな実があらわれる。私は、手をべたべたにしながらフルーツナイフで桃をスライスする。甘い香りに、思わず一切れ口に入れる。果汁が口いっぱいに広がり、爽やかな甘みの奥に懐かしい記憶がよみがえる。私がこの白桃「はなよめ」を最初に食べたのは、私が花嫁になったときだった。
三年前、私は結婚した。相手は私が上京したときからお世話になっている先輩で、若いときの失敗も成長も、ずっと見守ってきてくれた人だ。私はその人と東京で、この先の人生を一緒に歩んでいくと決めたのだ。
結婚した当時は、人が大勢集まれないご時世だった。友達は誰も結婚式に呼べなかった。こじんまりと家族だけで式をあげて、幸せだったけれど、やっぱり少し寂しい気持ちもあった。
結婚式の数日後、地元、熊本の友達から段ボールいっぱいに送られてきたのが、この白桃だった。箱を開けると、爽やかな甘い香りがたちのぼる。「蛇口をひねればミネラルウォーター」と言われた地元の美味しい水、いつでもリラックスさせてくれたしっとりと肌に馴染む温泉、そして広大な自然が一瞬で全身を駆け巡る。地元の白桃「はなよめ」は、東京で花嫁になった私を祝福してくれていた。私はすぐに友達に電話をした。久しぶりの電話は、近況報告から懐かしい話まで花が咲き、あっという間に長電話。会話の弾む嬉しい時間になった。
式には呼べなかったけれど、ちゃんと祝ってくれる人がいる。離れていても想ってくれる人がいる。それは、本当に嬉しいことだった。「はなよめ」の優しい色味と生毛、柔らかさと瑞々しさは、何にもかえがたい幸福の象徴だ。
あれから三年。今でもこの季節になると必ずお取り寄せしている、地元熊本の白桃「はなよめ」。甘い果汁を味わいながら、懐かしい、優しい気持ちになって、思わず鼻歌をうたう。私の幸せを満たしてくれる大切なおいしさ。初夏は瑞々しい美しさに溢れている。