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小説「宵闇の月」④/⑤

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山矢さんが松山さんを探しにいくといって目の前から消えてしまってから、10分ほど経った。私は祈るしかできなかったし、それは残された全員が同じだった。住職さんはお経を唱え、松山さんの奥さんと娘さんは手を取り合って寄り添っている。誰も何も言わず、ただ時間が過ぎていく。

そのとき、ロープがピンっと引っ張られた。

「おっ」

住職さんが気付く。またロープが、ピンピンと数回引っ張られる。

松山さんを見つけたサインだ。

「あんたぁー!あんたぁー!戻ってきてー!!」

松山さんの奥さんが大声を出す。

「お父さーん!お父さーん!」

娘さんも大声で叫ぶ。

その声があまりにも切実で、私は泣きそうになった。こんなに家族に必要とされているお父さん。どうして消えちゃったの。早く帰ってきてあげなきゃ、だめじゃん。

「松山さーん。松山さーん。みんな待ってるよー!!帰ってこーい!」

住職さんも谷中さんも叫ぶ。

「松山さーん!!松山さーん!!」

私も、叫ぶ。自分の家族でもないのに、どうしても松山さんに帰ってきてほしかった。

何にも言わないで、こんなに寂しがってる家族を置いてどっかに消えちゃうなんて、だめだよ。奥さんも娘さんも、こんなに会いたがってるよ。いきなり消えちゃうなんて、なしだよ。

「松山さーん。山矢さーん。」

私は、突然消えてしまった山矢さんにも、早く帰ってきてほしかった。

こんなに誰かに会いたいと思ったことはないかもしれない、ってくらい、早く山矢さんに会いたい。山矢さん、早く帰ってきて。早く戻ってきて。どこに消えちゃったの。



そのとき、突然何もなかった空中から、どんっとひとりの男性が転げるように出現した。私はびっくりする。

「山矢さん、何を突然突き飛ばして~。」

その男性はきょろきょろして、「あれ、山矢さん一緒だったのにどこ行ったんだ?」とぼそぼそ言っている。

「あんたぁ!!」

「お父さん!!」

松山さんの家族が男性に抱き付いた。この人が松山さんか。

「お!なんだお前たち、何してんだ。さっきまで山矢さんと一緒だったんだよ。いつの間にお前たち来たんだ?」

「もお、あんた、やっぱり隠されていたんだね。心配したんだよ。」

「ありゃー、山矢さんに出会って、そう言われたんだけど、自分では30分くらい山を歩いていただけだったから、信じてなかったんだ。本当に俺は消えていたのか?」

「そうだよ、あんた。3日も帰って来なかったんだから。」

「3日も!それは心配かけたな。やっぱり自分ではわからないものだ。まったく気づかなかったよ。」

娘さんは泣きながら「本当に良かった、会いたかった」と言いながら抱き付いて離れない。住職さんも谷中さんも胸をなでおろしている。

私も泣きそうだった。何が起こったのか、まだ理解はできていないけれど、でも、今起こったことに、とにかく感情が揺れていた。

そこに、突然、空中からぬっと山矢さんが出現した。またびっくりする。

「あぁ、良かった。うまくいきましたね。」

「あ、山矢さん!さっきいきなり突き飛ばすから何かと思ったら、本当に俺は神隠しにあっていたんですね!」

「ええ、突然突き飛ばしてすみませんでした。神隠しの境目を越えられるか不安だったんで、荒療法でしたが、強引に外に弾き出しました。」

「いやあ、最初信じなくてすみませんでした。でも、家族の声が遠くから聞こえるから、行ってみたらこれです。本当に助かりました。」

「3日間さまよっていたようですから、念のため、壺阪先生のところで診察を受けて下さい。中と外では時間の流れ方が違いますが、念のため診てもらったほうがいいでしょう。」

「はい。ありがとうございます。」

「本当にありがとうございました。」

松山さんの奥さんと娘さんが山矢さんに頭を下げる。

「いえ、見つかって良かったです。」

「本当に、山矢さんに頼んで良かった。」「ええ、本当ですね。」

住職さんも谷中さんも、山矢さんを相当信頼しているようだ。

「私はもう少しここで、入り口をふさぐ作業をします。これはひとりで大丈夫ですので、みなさん、村に戻ってください。作業が終わるまでは山に近づかないように。」

「わかりました。では、松山さんはご家族と壺阪先生の診療所へ行ってください。私たちは村のみんなに松山さんが見つかったことを知らせてきます。」住職さんが言った。

「エミはどうする?」

山矢さんに聞かれた。私は山矢さんのそばにいたかった。泣きそうになっている顔を見られたくなくて下を向いて答える。

「私は、ここで山矢さんの作業を見ていてもいいですか?」

「ああ、大丈夫だ。おとなしくしていてくれればな。」

そう言って山矢さんは、私の頭にぽんと1回軽く手を乗せた。



村の人たちが帰っていって、山にふたりで残された。

山矢さんは「入り口」があった場所のあたりの宙を手で探るように動かして、何かぼそぼそと呟いて、また宙を探るように手を動かして、繰り返しそんな動作をしていた。後ろから眺めていたが、何をしているかわからない。そのうちパントマイムの壁のような動きになって、空中をパンパンと叩く。何もない透明の壁を固めるように。そして「よし」と呟いた。

「エミ、終わったぞ。これで大丈夫なはずだ。」

そういって山矢さんは「入り口」があった場所を進んでいった。私はまた山矢さんが消えてしまうんじゃないかと心配したが、「入り口」があった場所を通り過ぎても山矢さんは消えることはなく普通に進んでいって、「大丈夫だな。」といって折り返して歩いてきた。

「念のため、少し山を見回ろう。入り口はもうないと思うが、一応パトロールだな。」

そう言って山矢さんが歩き始めるから、私はあとを着いていった。



背の高い木と涼しい風。セミの声。湿った土みたいな匂い。

松山さんの家族、良い家族だったな、と思った。あんなに仲の良い家族は見たことがない。
私の家族は、両親も不仲だし、私も両親から避けられている。私が突然あんな風に消えてしまったとしても、私の両親はあんなに叫んで私を呼んでくれないんだろう。そして、私が見つかっても、あんなに喜んでくれないんだろうな。

「エミ、どうした、おとなしいな。」

山道を迷うことなくパトロールしている山矢さんが言う。

「え、だって、おとなしくしてなさいって言ったじゃないですか。」

「もう入り口は閉めたし、もうそんなにおとなしくしていなくて大丈夫だ。」

「ええ、まあ、はい。」

「なんだ。あんなに来たがっていたのに、実際に仕事を見たら怖くなったか?」

「それもあります。目の前で不思議なことが起こって、正直ビビりました。」

「うん。それは正しい気持ちだ。いつになっても、この仕事は恐怖心を忘れると、危ない。怖くなんてない、余裕だ、と思っていると、足元を掬われる。エミの恐怖は正しい。」

「でも、それもありますけど、それだけじゃなくて。なんか…いいなあーって。」

「いいな?何がだ。」

「松山さんの家族です。」

「ああ、見つかって良かったな。」

「そうじゃなくて。いや、見つかって良かったんですけど、その、あんなに心配してくれる家族って、いいなあって思って。」

「ああ、そういう意味か。」

「私の親は、私が突然消えてしまっても、たぶん、あんまり心配しません。」

「うーん。親という生き物なら心配するんじゃないか…なんて簡単なことは俺には言えないな。」

「そうですよね。」

「世の中にはいろんな親がいるし、いろんな家族がある。良くも悪くも、生まれてくる家庭は選べないんだ。それは誰でも同じだ。」

「本当にそうです。選べたら良かったのに。」

山矢さんは木の枝を拾って、真顔でビュッと私に向けてくる。危ないな。

「でも、そんなエミに朗報だ。」

「なんですか?」

「生まれたあとに、自分が家族にしたい相手や、友達は自分で選べるんだ。」

「知ってますよ。」

「本当に知っているか?」

「知ってるけど、家族も友達も、すぐにできるわけじゃないです。」

「そりゃそうだな。」

木の枝をぽいっと放って山矢さんは言う。

「もう入り口はなさそうだな。村へ戻ろう。」



《つづく》→最終話


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