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小説「宵闇の月」③/⑤

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山矢さんの車の助手席に揺られて高速道路を進んでいく。

山矢さんの車は紺色の乗用車(セダンというやつ?)で、すいぶん古そうに見えた。昔、探偵業務の依頼料の代わりに依頼人からもらったらしい。車内は煙草の匂いがする。窓を開けると、私が住む街とは違う、木と土みたいな匂いがした。景色は、建物が少なくなって、木と畑と田んぼばっかり。

こんなに遠くまで来たのは、いつ以来だろう。山神村まで3時間くらい、と言っていたから、もっともっと遠くまで行くんだ。私が知っているより、やっぱり世界は広いみたい。



昼前に山矢さんが私の家に来て、お母さんに山神村の件を説明すると、案の定、お母さんは全く躊躇せずに私の3泊4日を承諾した。わかっていた。無断で外泊することだってあるし、誰の家に泊まったとか、聞かれたことないし。でも、こんなに心配されないのは、やっぱり私のことがどうでもいいからなんだろうな、と少し寂しくなったりする。私は、誰にも心配されず、誰からも期待されず、どうなってもいい人間。思わずため息が出る。

「どうした。もうホームシックか。」

運転しながら山矢さんが言う。

「え?別に違います。」

「なんだ。じゃ、腹が減ったか。」

「まあ、お腹は空いてますけど。」

「だな。俺もだ。次のサービスエリアで昼飯にしよう。」



山矢さんはサービスエリアに車を停めた。

車を降りると思っていた以上に暑かった。私が住む街よりはマシだけど、やっぱり暑い。山矢さんはいつものお葬式みたいな恰好で、ネクタイを締めて、黒い長袖のジャケットまで着ている。暑くないのかな。



山矢さんはフードコートで蕎麦を食べて、私はマックを食べた。
食べ終えて、建物を出る。

「エミ、ああいうのは、いいのか?」

ああいうの?と思って見るとキッチンカーが停まっていて「ご当地かき氷」という看板が見えた。果物やクリームがたくさん乗ったかき氷のメニュー。美味しそう!

「え、でも、急いでますよね?」

「エミがデザートを食べる時間くらい想定内だ。」

「えっと、じゃあ、食べたいです。」

すると山矢さんはお金を渡してきて、「好きなの食べてこい」と言って、どこかへ行ってしまった。どこ行くの?と思って目で追ってみると、すぐ近くの喫煙コーナーへ行って煙草をくわえた。

なんだ、自分の煙草休憩じゃん!と思ったけど、ちゃんと私が見える場所にいてくれるから、ひとりでも怖くはなかった。私はイチゴと生クリームと練乳のたっぷり乗ったかき氷を食べる。めちゃくちゃ美味しい。山矢さんは煙草を吸いながら私を見ている。

35歳くらいに見える目つきの悪い山矢さんと女子高生の組み合わせは、どんな関係に見えるんだろう。
親子?それはないな。恋人?それはもっとない。じゃあ、誘拐犯と被害者?それが一番似合っているかもしれない。誘拐した女子高生にかき氷を奢ってくれる犯人。いいやつじゃん。妄想してみると山矢さんが本当に犯人みたいに見えておかしかった。



目的地の山神村はずいぶんと山深いところにあった。私はこんな田舎には来たことがない。

高速道路を降りてからもずっと走って、ずいぶん前に「この先ガソリンスタンドありません」と書かれたガソリンスタンドを過ぎて、またそのすぐあとに「この先コンビニありません」と書かれたコンビニも通り過ぎた。ガソリンスタンドもコンビニもないなんて、わざわざ書かなきゃだめなこと?と思ったけど、あれから40分以上車を走らせてようやく山神村に着いたから、やっぱり書いておかないと、だめだったみたい。

コンビニなんて私の家のまわりだったら、徒歩圏内にセブンもファミマもローソンもある。歩いてコンビニに行けない生活ってどんなだろう?と思ってみたけど、ちょっと想像できなかった。



車の中で、山神村の仕事がどんなものなのか、聞いた。

山神村はちょっと特別な村で、不思議な出来事がよく起こる場所だそうだ。

今回は、山に入ったまま、帰ってこない人がいるらしい。松山さんという人で、山矢さんも知り合いらしい。
みんなで山を探したが見つからず、その人は忽然と消えてしまった。

滑落や遭難ではなく、神隠しらしい。

そんなことが本当に起こるのかな。神隠しなんて、本当にあるのかな。
都会でも都市伝説とか、聞いたことあるけど、どれもガセネタばっかりだ。

でも、「山神村は特別な場所だから。」と繰り返し山矢さんが言うから、私は少し怖くなった。山矢さんが「危険な仕事」と言っていた意味がわかった気がした。



山神村の公民館の駐車場に山矢さんは車を停めた。

「よし、着いたぞ。」

初めての場所に緊張した。知らない人しかいない場所。特別な何かが起こる場所。

自然豊かで、山に囲まれて、高い建物は何もない。私の住む街よりずいぶんと涼しい。セミの声がわーわーと鳴っている。

「あ、山矢さん!早かったですね。良かった。遠いところありがとうございます。」

知らないおじさんが近付いてきた。
ちょっと小太りの、背の低いおじさん。白いポロシャツ。髪の毛がもじゃもじゃ。しきりに顔の汗をハンドタオルで拭っている。山に囲まれてこんなにも涼しいのに。このおじさん、都会に行ったら溶けちゃうんじゃない。

「あ、谷中さん。どうですか、状況は。」

「はい。状況は変わりません。山矢さんにお電話してから、誰も山に近付けていません。」

「そうですか。では、さっそく行きましょう。」

「はい。・・・ところで、こちらのお嬢さんは?」

「あ、そうでした。うちの事務所の助手です。ほら、エミ自己紹介。」

え、いきなり何?てか、このおじさん誰?
山矢さんを見ると、「自己紹介」と促してくる。

「えっと、佐藤エミです。山矢さんの事務所でお手伝いしています。」

「そうですか。一緒に来ていただけて、頼もしいです。」

谷中と呼ばれたおじさんはにこにこしていた。

「谷中さんは山神村の村長さんだ。これから山神寺の住職さんに会いに行くから、そこでもちゃんと自己紹介するんだよ」と山矢さんに言われた。山矢さんは意外とマナーとかにうるさい。



山神寺は古い建物で、大きくて立派だった。

住職さんが出てきて、私はまた自己紹介をして、住職さんに褒められた。住職さんは袈裟?といったっけ。住職さんが着る服を着ていて、背が高くてガタイが良くて、優しい顔をしている。

住職さんと谷中さんに、松山さんという人が消えてしまった経緯を聞いた。

それは3日前、松山さんは自宅で昼食をとってすぐ、山菜を探しに山に入ったらしい。そしてそのまま帰ってこなかった。手分けして山を探したがいない。滑落のあともない。何の痕跡もない。3日経ったが見つからない。

普通だったら警察や山岳救助に連絡するのだろうと思う。でも山神村の人は、「警察の前に、一度山矢さんに見てもらおう」という話で一致した。それで電話してきたそうだ。それは山神村の人の間で、不思議な現象が身近なことだからなのか。

「経緯はわかりました。住職さんと、谷中さんと、あと松山さんのご家族だけで、山に行きましょう。診療所の壺阪先生には、すぐに診察できるように待機してもらっていてください。」

山矢さんはすぐに山へ向かう、と言った。

「陽が暮れる前に見つけたい。」



松山さんの奥さんは、色白で細くて、きれいな人だった。でも疲れているように見えた。目にクマがあるし、やつれて見える。旦那さんが行方不明になってしまったんだ。仕方ない。娘さんは、私と同じくいらいの年かな。黒い長い髪を三つ編みにしていて、かわいい子だった。

「山矢さん、うちの人は戻ってきますでしょうか?」

「はい。必ず、連れて戻ります。」

「よろしくお願いします。」

私はふたりにも自己紹介をすると、「よろしくお願いします。」と私にまで深々と頭を下げるから、私はどうしたらいいかわからなかった。



山矢さんを先頭に、私、住職さん、谷中さん、松山さんの奥さん、娘さん、と歩いて山へ入って行く。山道は一応整備されていたが、ひとりで来たら迷いそうだ。

「エミ、絶対に俺より前を歩くなよ。」

無表情な山矢さんの口調が真面目だったから、私は緊張した。ごろごろした大きめの砂利が転がる足元、まわりは見上げるほどの大きな木々と、生い茂る背の高さほどの草。涼しい風とセミの声。ハイキングだったらとても気持ちがいいのに、と思った。

15分ほど山道を歩くと山矢さんが立ち止まった。

「ここですね。」

「入り口ですか?」住職さんが聞く。

「はい。ここで間違いないでしょう。」

入り口って何だろう。私から見れば、さっきまでの風景と何も変わらない。砂利道が続いているだけの山道。

山矢さんは住職さんが用意したロープを腰に巻きつけた。

「松山さんを見つけたらロープを何度か引っ張るので、そしたらみなさんで松山さんを大声で呼んでください。中で私が説得するより、外から呼んでもらったほうが帰りやすい。」

「わかりました。」奥さんは気丈に答える。

「エミ、俺は行ってくるから、住職さんから絶対に離れるなよ。」

行くってどこに?と思ったけれど、こんなところで誰かと離れるなんて怖くてできない。

「はい。」と返事をして、私は住職さんの後ろに下がった。



山矢さんは腰にロープを巻いたまま、ひとりで数歩前に歩き出した。次の瞬間、見えない扉の中に入ったかのように、消えてしまった。

「え!山矢さん!」

私は本当に怖くなった。山矢さんが消えてしまった。

「エミさん、大丈夫。山矢さんなら、絶対に帰ってくるから。」

住職さんになだめられたけれど、こんなの、びっくりするに決まってる。

山神村の人よりも、私が一番うろたえていた。みんな山矢さんが消えてしまったことを受け入れている。それだけ山神村は不思議な場所なんだ。特別なところなんだ。

山矢さんは私の結界を驚かないで受け入れてくれた人。住職さんの言う通り、山矢さんならきっと大丈夫。私は助手として、山矢さんを信じなくてどうする。ちゃんと山矢さんの仕事を見ていなきゃ。

住職さんがロープを握りながらお経を唱え始める。山矢さん、どこに行っちゃったのかわからないけれど、頑張って松山さんを連れて帰ってきてください。私も手を合わせて祈った。


《つづく》→④




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