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小説:ナースの卯月に視えるもの 1 #創作大賞2023

あらすじ
看護師の卯月うづき咲笑さえはあることをきっかけに、人が亡くなる少し前になると、その人の思い残したものの一部が視える特殊な能力を持つことになった。病院で働く間、患者の思い残したことを視る卯月は、何とかその「思い残し」を解消しようと試みる。患者の「思い残し」は、いつも思わぬミステリーを連れてくる。意識不明の男のベッドサイドに現れた女の子は誰なのか。癌を患い余命の少ない男のベッド下に横たわる女性との関係は。クモ膜下出血後の老女が思い残した若い男性の面影とは。「死にゆく人の思い残したものが視える」からこそ自分に何かできるのではないかと考える卯月の、不思議で少し切ないお仕事ミステリー。連作短編集。

1 大岡おおおかさんと女の子
 
 そろそろ梅雨入りらしいとテレビで見た日の夜、病棟は少し肌寒い。五月は昼間と夜の気温差が激しいな、と思いながら私は見回りをするためにナースステーションを出る。一緒に夜勤に入っている先輩は休憩に行った。
 夜の長期療養型病棟は、静かだ。足音に気を付けながら個室の冷たいドアノブを触る。ゆっくり引き戸を開けると、シュコーシュコーと呼吸器の音だけが室内に鳴っていた。懐中電灯で患者さんの腹部をそっと照らす。呼吸器の音にあわせて腹部が上下する。呼吸器のほうへ近寄って、設定の値がずれていないことを確認する。異常なしだ。
 患者さんの喉へつながるチューブを確認する。絡んだりしているところはなく、こちらも異常はなし。気管切開のカニューレのところのガーゼが汚れているから、ベッドサイドにあるゴム手袋を装着してガーゼを交換する。ガーゼとゴム手袋を常設のゴミ袋に捨てる。点滴の残量を確認し、滴下を確認し、刺入部を確認する。異常なし。部屋をぐるっと照らして何事もないことを確認してから、ゆっくり部屋を出る。部屋のドアのところに常設されているアルコールで手を消毒してから、静かに廊下へ出る。夜勤の仕事は、確認の連続だ。
 白衣の上に羽織ったカーディガンの前を少し合わせてから、四人部屋へ入る。意識のない患者さんばかりの男性部屋だ。男性部屋と女性部屋はどことなく匂いが違う。生物学的な違いなのだろう。どんなに清潔に気を付けていても、男性部屋は少し汗臭い。女性部屋は少し生臭い。人間の体臭は人によって違うのに、集まるとなんとなく男性と女性で分けられる気がするから不思議だ。なるべく心地よい環境で過ごしていただきたいから、朝になったら換気をしよう。
 ドアから入って、廊下側の左は、大岡さんのベッドだ。重症低血糖症のあとに意識が戻らず、長期療養型の病棟に転棟してきた患者さんだ。足元からゆっくり懐中電灯で照らしていく。腹部のあたりを照らしたとき、私は喉まで出かかった悲鳴をなんとか飲みこんだ。そこで見たのは、大岡さんの寝ているベッドの、ベージュ色のベッド柵を握っている、小さな手。大岡さんの顔を照らさないように気を付けながら、手の持ち主をそっと照らす。そこには、小学生くらいの女の子が立っていた。
 水色のランドセルを背負っているから、やはり小学生なのだろう。黒いサラサラの髪を二つに結っている。長袖の白いTシャツに、淡いピンク色のスカート。足元は、靴もスリッパも履いていない。白い靴下だけだ。柵をぎゅっと握りながら、大岡さんの顔をのぞきこんでいる。色白のほっぺたが柔らかそうだ。
 私は、一つ大きく息を吐いた。夜中の病院に小学生がいるはずがない。そもそも、さっきの見回りではいなかった。そしてよく見ると、薄く透けている。何度視てもやっぱり慣れない。そこにいるのは、本物の女の子ではなく、大岡さんの「思い残し」なのだ。
 
 私はあるときから、もうすぐ亡くなる人が思い残していることが視えてしまう特殊な体質を持った。体質というより、能力なのだろうか。そこにいるはずのないもの、あるはずのないものを視てしまう。そして、それを視ると、少しの後にその人は亡くなるのだ。それがどの程度の期間なのかはわからない。視た翌日に亡くなる人もいるし、視てから何年も生きている人もいる。だから、一概に期間はわからないのだけれど、私が「思い残し」を解消することで、患者さんは思い残すことを一つ減らしてから天国へ行ける、と思っている。
 大岡さんのベッドサイドにいる女の子をもう一度ゆっくり眺める。この子が大岡さんの「思い残し」。いったい、誰なのだろう。
  
 ほかの部屋のすべての見回りを終えてナースステーションへ戻る。タブレットで大岡さんのカルテを確認する。

 大岡さとる。50歳。男。
【現病歴】
マンションの庭木の剪定中に脚立から落下。マンションの住人が発見し119番通報。救急車到着時、JCS意識レベル Ⅲ‐3。DM糖尿病の持病あり。搬送時のBS血糖値28。外傷なし、骨折なし。重症低血糖後の昏迷が続いている。5月25日、救急病棟より長期療養型病棟へ転棟。
【既往歴】
2型糖尿病(血糖降下薬内服あり)
 
 休憩へ行っていた先輩が戻ってきた。
「休憩、ありがとう。なんかあった?」
 先輩に報告すべきこと、つまりは看護師の仕事として報告すべきことは何もなかった。
「特にないです。呼吸器のカニューレのガーゼ交換しました」
「ありがとう。最近ちょっと痰が多いよね。あとで吸引しておくわ。卯月の部屋持ちで何かやっておくことある?」
「いや、特にないですね。点滴の滴下確認だけ、お願いします」
「了解。ん、大岡さん、なんか気になるの?」
 先輩が大岡さんのカルテをのぞいて言う。私は「思い残し」が視えることを職場の人に言ったことはない。
「ああ、低血糖って怖いなって思いまして」
「そうね。侮っちゃだめよねえ」
「搬送時、BS28ってめっちゃ怖いですよね」
「やばいよね。自己注射はしてなかったらしいけど。血糖降下薬飲んだあと、お昼ご飯食べなかったのかね」
「そうですね。マンションの木の剪定中に倒れたんですよね」
「うん。らしいよ。前に面会にいらした職場の人に聞いたんだけど、すごく仕事熱心な人だったんだって。職人気質っていうの? 真面目で几帳面。だから、剪定中に脚立から落ちるなんて、大岡さんに限って、って感じだったんだって」
「そうなんですね」
「JCSⅢ‐3でしょう? 完全に意識不明だったんだね。低血糖用のブドウ糖、持っていなかったのかな」
「どうなんでしょうね」
 カルテを改めて眺める。独身で家族はいない。仕事一筋の職人が、思い残している女の子とは、いったい誰だろうか。
 先輩は一つ大きく伸びをして、長い髪を結い直し、くるりと丸めて器用にネットに入れてシニヨンにした。
「じゃ、卯月、休憩いっていいよ」
「はい。ありがとうございます。よろしくお願いします」
 私は医療用PHSを先輩に渡し、タブレットを閉じてナースステーションを出た。
 
 夜勤明けは、眠気よりも脳の異常な活気のほうが勝っていることが多い。一番眠いのは朝の4時から5時頃で、それを過ぎてしまうと、逆に脳が興奮してくるのだ。おそらく、本来ならば眠っているべき時間に活動しているから、脳やら自律神経やらのバランスがおかしくなるのだろうと思う。先輩たちからよく「夜勤明けのショッピングには気を付けて」と言われたけれど、今ならその気持ちがよくわかる。変なテンションで何でも買ってしまいたくなるのだ。妙に強気になってしまう。おそらく、交感神経が優位なのだろう。早く帰って休んだほうがいいのにどこかへ行きたくなるのも、夜勤明けのおかしな行動のひとつだ。
「卯月、お疲れさん。朝マック行かない?」
 夜勤明けは、食欲もおかしい。私は、大好きなあのテロンとしたホットケーキを想像する。甘いホットケーキとしょっぱいハッシュポテトの組み合わせは最高だ。
「行きます~」
 即答しながら、先輩と一緒に更衣室に向かって歩く。
「平和で良かったね」
 ナースステーションを出るまでは決して口に出してはいけないと言われている言葉を先輩が言う。勤務中に「今日は平和だ」と口に出すと必ず何か起こる(急変やヒヤリハットなどの突発事項)と言われているのは、おそらくこの病院だけじゃないはずだ。看護師界隈では都市伝説のように語り継がれている。だから、勤務中は決して「なんか今日平和だね」なんて口にしない。本当に何事もなく無事に勤務を終え、ナースステーションを出てから初めて「平和で良かった」と穏やかな夜勤への感謝を噛み締めるのだ。
「はい。本当に」
 更衣室に着くと、まだ夜勤明けの看護師は少なかった。残業しているのかもしれない。私は何事もなく日勤に申し送りができて良かったと思いながらも、大岡さんの「思い残し」について考えていた。
 
「職人がお昼を食べるのも忘れて脚立から落ちる原因?」
 先輩がホットコーヒーを啜りながら言う。
「はい。職人気質だったんですよね。真面目で几帳面。それなのに、血糖降下薬を飲んだあとに食事とらずに脚立にのぼるでしょうか。Oさんが飲んでいたのは即効性のあるタイプの血糖降下薬だったから、食直前に飲むタイプだったはずです。ブドウ糖も飲まなかったみたいだし……」
 ナースステーションを出たら、患者の名前は出してはいけない。看護師には守秘義務があるからだ。ましてや外食中に話していいことではない。私は、まわりに聞こえないように声をおさえて、先輩と会話する。
「うーん。木の剪定を急いでいたとか?」
「そんなに急ぐ剪定なんてありますかね」
「じゃあ、何か他のことに気をとられていたとか?」
「他のこと……」
「そう。例えば、薬を飲んで、お昼ご飯を食べようとしたときに、猫がベランダから落ちそうになっていた、とか?」
 先輩は言いながら「ちょっと無理があるか」と一人でつぶやいた。
 私には、昼食を食べないほどの気になることと大岡さんの「思い残し」が関係あるのではないかと思えて仕方なかった。テロンとしたホットケーキにシロップをたっぷりかける。つやつやのシロップがしっとりした生地に沁み込んでいく。一口食べると、疲れた体に糖分が溶けていく。朝マックは夜勤後に食べるのが一番美味しいと思う。
 先輩とマックで別れてから、歩いて家に帰る。もうすぐ梅雨入りらしいと言っていたけれど、今日は朝から日差しが眩しい。暑くなりそうだ。青い空を見上げると、初夏の風にちらちらと揺れる街路樹が美しかった。大岡さんもこんなふうに木々を見上げて、きれいだと思っていたのだろうか。私は意識のない大岡さんにしか会ったことがない。自分で几帳面に剪定した庭木を見上げて美しいと満足するとき、どんなお顔で笑ったのだろう。お元気だったときは、どんな人だったのだろう。私の勤める長期療養型の病棟は、完治する見込みのない患者さんが入院するところなのだ。そのことはときどき、すごく切ない。
 家に帰ると、ルームメイトの千波ちなみがコーヒーを飲みながら煙草を吸っていた。
「ただいま」
 声をかけると、煙草を持っている手を小さくあげて返事をする。アフロみたいなチリチリのパーマを頭のてっぺんでお団子にして、ゆるゆるのTシャツを着ている。千波は看護学校のときからの友人で、働き始めてすぐから一緒に住み始めた。
「今日、また『思い残し』を視たよ」
 私が「思い残し」について話すのは、千波にだけだ。
「中年の男性患者なんだけど、『思い残し』は小学生の女の子だった」
 千波は静かに煙草の煙を吐いた。薄紫色の煙は、香ばしいような甘い匂いがする。千波の吸う煙草の匂い。
「家族はいないし、仕事一筋の職人って感じの人だったみたい。あの女の子、誰なんだろう」
 「思い残し」について私が一生懸命考えているとき、千波は決して邪魔をしない。ただそっとそばにいて話を聞いてくれる。それは、私が結局自分で決めるしかないからだと千波は知っているからだろう。誰に何を言われたところで、「思い残し」にだけは、自分で向き合うしかないのだ。自分にできることとできないこと。それを見極めて、できることがあるならやりたい、と思っている。千波は私のそんな気持ちを知っているからか、何も言わない。
「とりあえず、少し寝るわ」
 シャワーを浴びたい気もしたが、食欲が満たされたら急激に眠気が襲ってきた。私は、ソファに横になると沈むように眠りについた。
 目を覚ますと、室内はまだ明るい。しかし、スマートフォンを見ると15時を過ぎていた。夜勤明けで何もせずに一日眠ってしまうと損をした気になる。
「ああ、寝すぎたあ……」
 つぶやきながら体を起こすと、千波はいなかった。思っていたとおり結構気温が高いらしい。部屋の中も蒸し暑い。目をこすると、落とさずに寝てしまったマスカラの欠片がぼそぼそと指についた。きっとひどい顔にちがいない。ゆっくり体を起こし洗面所へ向かう。鏡の中には、夜勤明けの疲れた顔。丸顔で目が大きくて鼻が小さい。良く言えば童顔。いつまでも子供っぽくて、痩せたカエルみたい、と思う。服を全部脱いで、オイルのメイク落としで顔をこする。そのままお風呂場へ行き、熱いシャワーを浴びる。お湯はいつもいい匂いがする。温かい湯気で肺を満たすと、ようやく体が目覚めてきた。
 大岡さんが転落したときの状況が詳しくわかれば、「思い残し」についても少しわかるかもしれない。私は、救急で働いている同期の顔を思い浮かべていた。
 
「卯月の言ってた患者さんだけど、グレイス横波ってマンションで作業していたみたいだね」
 同期は枝豆を口に入れながら、もぞもぞとしゃべる。愛想の良い優しい男だ。私の兄がサンボマスターというバンドが好きなのだけれど、この同期はそのサンボマスターのボーカルに似ているという理由で、私は勝手にサンボと呼んでいる。ちなみに、本人はサンボマスターを知らない。
「グレイス横波って、病院の近くの?」
「そうそう。でかいマンションあるじゃん。あそこ」
 サンボはビールを飲みほして、おかわりのために席にある店員を呼ぶボタンを押した。日勤だったサンボは、私が大岡さんのことを知りたいと連絡をすると、仕事後に会う約束をしてくれたのだ。私は、サンボの好みそうな居酒屋の個室を予約し、サンボの仕事後に合わせて来店した。
「倒れていたのは、グレイス横波のエントランスのすぐ横って書いてあったよ。通報したのは住人で、歩いてマンションに向かっているときに脚立に登っていた大岡さんを見ていたらしい。そんで、剪定の業者さん来てるんだ~って思いながら歩いていたら、大岡さんが落ちたんだって。だから、慌てて駆け寄って、救急車を呼んだ、と」
「だから、脚立から転落したってはっきりわかったのか」
 目撃者がいたわけだ。
「そうそう。で、大岡さんはスマホを持ったまま落っこちたらしいよ」
「スマホを持ったまま?」
「うん」
 サンボの注文したビールのおかわりが届く。患者さんの話をしている手前、店員がいる間すっかり黙るから妙な客だと思われているかもしれない。
「けど、卯月はなんでそんなこと気にすんの」
 私はウーロン茶のストローをぐるぐるまわす。氷はほとんど溶けて、薄まったウーロン茶をのぞきながら「なんとなく」とごまかす。サンボにも「思い残し」のことを話したことはない。
「あんまり一人の患者さんに強く肩入れしないほうがいいよ」
 サンボが鶏肉のからあげをワシワシ噛みながら言う。
「うん、それはわかってる。ありがとう」
 どこの科にいても、個人的に特定の患者さんに肩入れするのは良くない。冷静に看護ができなくなるし、感情が巻き込まれると公私混同してしまうことがある。公私混同は医療に何も良いことはない。看護師はあくまでも医療者として患者と接していなければならないのだ。でも、それでもやっぱり、そう割り切れないことも多い。それがわかっているから、サンボも忠告してくれたのだろう。
「帰りに、ちょっとだけグレイス横波に寄ってみてもいい?」
 サンボは私をちらりと見てから「いいよ」と言った。
 グレイス横波は、大きくて立派なマンションだ。茶色いレンガ風の壁、丁寧に剪定された庭木、エントランスに飾られた花々。私はエントランスに立ってみる。ここで大岡さんは倒れていたのだ。
「脚立に乗って作業をするんだから、この木の剪定だったのかな」
 エントランスのすぐ横に立っている大きめの木を見上げる。何という種類の木なのかわからないが、青々とした葉を夜風に揺らしている。昼間は蒸し暑かったのに、今は風が少し涼しい。湿った五月の夜気。
「そうかもね。きれいに剪定されている様子だから、大岡さんの事故のあとに別の人が作業したんだね」
「うん」
 誰かが事故や病気で倒れても、やらなければならないことがなくなるわけではない。大岡さんが意識を取り戻さずに寝たきりになっていても、木は成長するし、マンションの管理は必要なのだ。どこで誰かがどうなっても、世界は変わらずに動いていく。
「この辺に脚立を置いたとして」
 私は、エントランスの端に立つ。
「脚立って何mくらいだろ」
 マンションのフェンスに手をかけてよじ登ってみる。黒っぽい格子状のフェンスは、ぎりぎり足をひっかけて登ることができた。
「ちょっと卯月、気を付けてよ」
 サンボが声をかけてくる。大丈夫。もしかしたら、と思ってお酒は飲まなかったから、と言おうとしたとき、目の前に見えた光景に思わずヒッと声が漏れた。フェンスを強く握る。フェンスを登って見えたのは、マンションの窓の隙間、分厚いカーテンの隙間からわずかに覗く室内の光景だった。
「サンボ……」
「何?」
「警察、呼んで……」
「はあ!?」
 
 次の日勤で大岡さんのベッドサイドへ行く。もう「思い残し」の女の子はいなかった。私は、大岡さんの血圧を測りながら静かに話しかける。
「大岡さん、マンションの女の子、無事に保護されましたよ」
 私がグレイス横波で見たのは、女の子だった。長い髪を二つに結って、白いTシャツにピンク色のスカートを履いた、小学生くらいの女の子だった。すぐに大岡さんの「思い残し」の女の子だとわかった。その女の子は、足枷のようなものをつけられていた。監禁されていたのだ。すぐにサンボが警察を呼んで、女の子は保護された。監禁していた男は現行犯で逮捕された。「失くしたピアスを探していた」という私の嘘はまるで疑われず、行方不明だった少女の居場所を突き止めたことで警察に感謝された。でも、あの子を見つけたのは私じゃない。大岡さんだったのだ。
「大岡さん、あの女の子の声を聞いたんですか? 薬を飲んでからすぐに、食事をとらないほど慌てて脚立に登って確認したってことは、助けて、とかそういった声を聞いたのでしょうか。それで、女の子が監禁されているのを見た。警察を呼ばなければと慌ててスマートフォンを取り出したけれど、血糖が下がり始めてしまって、意識を失った。そうだったんでしょうか」
 返事のない大岡さんに語りかける。
 大岡さんの「思い残し」解消しましたよ。あなたが自分の体調よりも優先しようとした女の子、助かりましたよ。意識がなくなっても聴覚は最後まで残ると言われている。どうか私の声が聞こえていますように、と願いながら大岡さんの手をそっと握った。
 


2 熊野さんとショートカットの女性

3 笹山さんと青年

最終話 卯月とルームメイトの千波


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秋谷りんこ(あきや りんこ)
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