ショートストーリー「盗聴」SideB
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【SideB】
急いで帰宅して、音が鳴らないように気を付けて、そっとドアを開ける。
15時まで、あと数分。
リビングの床に置いてあるカセットデッキをそっと持ち上げ、玄関まで離れてから停止ボタンを押す。
リサイクルショップを3件まわってようやく見つけたカセットデッキ。
昨今、デジタルはほとんど復元できてしまう時代。
こういうときは、アナログのほうが都合がいいのだ。
カセットテープを取り出し、濃い茶色のテープを全てカセットから引っ張り出す。
同時にお湯を沸かし、カセットがカラカラまわる音を紛らす。
引っ張り出したカセットのテープは、ハサミで切ってトイレに流す。
さすがに、これが発見されたとしても、復元はできないだろう。
ティファールがカチっと鳴る。
沸いたお湯で紅茶とカップ麺を作る。
急いで静かに部屋着に着替え、リビングのコンセントに取り付けられている白い器具にクッションを立てかける。
カップ麺を玄関に運び、急いで、音が鳴らないように気を付けながら飲み込むように食べ終える。
そして、空の容器をシンクのゴミ置きに置いておく。
クッションを元の位置に戻し、ルナを呼ぶ。
「ルナちゃん、おいで、ちゅーるあるよ」
ルナにちゅーるをあげて、カセットデッキをクローゼットの奥に隠す。
これで、一段落。
あとはテレビを見て、適当にしゃべればいい。
「この政治家嘘ばっかりだよね」
「あーラーメン超うまそー!」
いつも通りだ。うまくいっているはずだ。
部屋が盗聴されていると気が付いたのは、半年ほど前だった。
出掛けていて帰宅すると、何か言いようのない違和感を持った。
空き巣が入ったか?
そう思ったが、盗まれたものはなさそうだ。
部屋中を探し回り、ソファの裏のコンセントに取り付けられた盗聴器を発見した。
うわ、怖い。気持ち悪い!
そう思ったけれど、次の瞬間、もうひとりの自分が囁いた。
これ、使えるんじゃない?
まず、家の鍵を交換した。これ以上家にあがられるのはやはり怖い。
次に、不法侵入と盗聴の犯人を捜すことにした。
相手が誰か、知っておいて損はない。
休みの日、部屋の電気とテレビをつけっ放しにし、変装してマンションを出た。
盗聴するには、ある程度距離が近くないと聞きにくい、とテレビで見たことがあったので、犯人は近くにいると思った。
予想通り、マンションの裏手に長時間車を停めてイヤホンをしている男を発見した。
なんと、職場の先輩だった。
あの大人しい先輩が! 怖……と思ったが、盗聴の犯人が知人であるほうが、都合がいい。先輩は、仕事に真面目で、頼られることに喜びを感じるタイプの男。これは、やはり使える。
ソファの位置をずらし、リビングの音が盗聴しやすいようにした。
盗聴をやめてもらっては困るので、ひとりごとを言ったり、シャワーや食事などの生活音を聞かせることで、盗聴を楽しんでもらうことにした。
それから職場で、ときどき先輩の視線を感じるようになった。今まで全く意識していなかったから気付かなかったが、やはり気に入られているらしい。不自然にならない程度に、ときどき挨拶をしたり、会話をすることにした。話していると顔を真っ赤にしてドギマギしているのが態度に出すぎてちょっと引くが、ある程度はアメも与えたほうがいい。
私は先輩のSNSを探し、どんなことを書き込んでいるのかもチェックした。
気持ち悪いことに、盗聴を録音しているらしいことがわかった。これはやはり使える。
私は先輩が次に半休をとるタイミングを確認し、いよいよ具体的に計画を立てた。
その日のテレビ欄を確認し、ルナと話す声、テレビ欄に合わせた適当な感想、カップ麺を作り、食べる音。予約視聴にして、途中でチャンネルを変えるよう設定し、ドラマの感想になりそうな、不自然でない曖昧なひとりごと。私の普段の生活音。
それらを全て事前に録音したカセットテープは往復で120分。13時に出発し、15時に帰って来られれば、うまくいく。
標的はその日、13時半頃まで美容院にいる予定だ。そのあと、14時半に友人が訪ねてくることになっている。
これだけ時間が絞られれば、上出来だ。
ぼーっとテレビを見ていると18時すぎに警察が訪ねてきた。
早い。良かった。もう見つかったんだ。
「えっ!? 死んだんですか? 殺されたんですか!」
ちゃんと驚いているように見えるだろうか。
案の定、警察署へ、と任意同行を求められた。
当たり前だ。一番動機のある人物だ。
「1日家にいたって、誰か証明してくれる人がいればいいんですけど。ひとりって、こういうとき、寂しいですね」
いかにも同情を誘いそうな口調で、とどめの一言を盗聴器に向かって放つ。
私には、強い味方がいる。
部屋着から着替えながら、ふっと笑いそうになる。
大丈夫。あとは、先輩が証拠を持ってきてくれるのを、待つだけなんだから。
《おわり》