掌編小説:新人ナースの日常【1497文字】
新人ナースは忙しい。
特に入院病棟勤務は大変だ。
まず朝のミーティングをして一日のスケジュールを確認する。今朝は全体ミーティングに出ることができず、先輩からスケジュールを伝達してもらった。ほうれんそう(報告・連絡・相談)は現場の常識。私も早く自分が誰かに伝達できる立場になりたいな。
担当する部屋をまわって挨拶して、バイタルサインの測定。バイタルサインっていうのは、熱や血圧や脈拍のこと。これは看護の基本。患者さんの体調の変化は最初にバイタルサインに出ると言っても過言ではない。ここで見逃してはいけない。
105号室に入ろうとすると「その部屋はいいわ。私がやるから」と先輩から声をかけられた。「そのかわり、103号室のシーツ整えておいてくれる?」
「はい!」
私は103号室に行ってシーツをきれいに敷き直す。ベッドメイキングは看護の基礎中の基礎。看護学校の一年目の最初に習うってくらい基礎。患者さんのシーツを整えて、隅を折り込んで、シーツをピーンと張る。角が折り紙みたいに美しく整えられると、自分でも嬉しくなるものだ。
ベッドメイキングと同じくらいの基礎は、環境整備(ベッドメイキングも環境整備の一つなんだけどね)。患者さんのベッドサイドの整頓だ。例えば、倒れて危険なものはないか、ベッドの高さは患者さんの身長にあっているか、オーバーテーブルは清潔か、安全な位置にあるか、ナースのために置いてあるゴム手袋の中身は十分に残っているか……言い出したらキリがないのだけれど、そのくらい大切なこと。患者さんが、安全安楽に過ごせるお部屋。それが看護の基本なのだ。
そんなことをしているともうお昼の時間。私が配膳をしようとすると先輩が「先にお昼行ってもらっていい?」って。ナースはそのときによって急に手が離せない業務が入ることがあるから、お昼の休憩は直前まで誰が先に行くか決められない。当たり前だけど全員で一緒にお昼休憩には行けないから、前半と後半に別れて休憩をとる。私、実はお腹が空いていたから、今日は前半の休憩でありがたかったわ。なんてね。
先にお昼をいただいて戻ると、さすが先輩。仕事が早いから、下膳も与薬も全て終えている。私も早く先輩みたいに仕事のできるナースになりたいな。
この病棟は高齢の患者さんが多くて、認知症の方もたくさんいらっしゃる。認知症の患者さんには適度な作業や刺激が必要で、今日は音楽療法の方が来てくれた。タンバリンやカスタネットなど、難しくない楽器を配ってくれて、音楽に合わせて演奏していく。私も付き添いながら、一緒にカスタネットを鳴らした。患者さんたちは音が鳴るたび笑顔になり、私も嬉しい気持ちになる。認知症になって、日々何かの記憶を失っていくとしても、その中で一瞬でも笑顔になれる時間があるのなら、私は看護の意味はあると思っている。何の意味もなく何かを失うことなどない。きっと記憶のかわりに、何か大切なものを得ている。私はそう思いながら、一瞬一瞬の患者さんの笑顔を愛している。
午後四時、日勤のナースが申し送りに入って、夜勤のナースと交代のためのミーティングをする時間だ。先輩が私のところへやってくる。
「今日もおつかれさま。ありがとうね」
「はい」
「明日も頑張りましょうね」
「はい。明日もよろしくお願いします」
「はい。じゃ、行きましょうか」
私は103号室に行き、ベッドに座る。セグフィックスのベルトをつけて、横になる。
「じゃ、また明日の朝、はずしますからね。お夕食までゆっくりなさってください」
先輩が部屋を出ていく。
私は明日の仕事の時間までゆっくりして、また明日頑張るぞ、と心に決めて、天井を眺めた。
《おわり》