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小説「宵闇の月」①/⑤
「私、バリアが張れます。」
思い切って宣言した。自分からカミングアウトするのは初めてだ。
「バリア?」
男は無表情のまま少し首をかしげた。
「はい。バリアです。この力は、きっとここで働く上で、力になると思います。だから、働かせて下さい。」
目の前の男、この探偵事務所の探偵、山矢は目つきの悪い男だった。黒いジャケットに黒いネクタイ。「お葬式のときみたいな恰好」第一印象でそう思った。あと、性格悪そう。
でも、私は高校を辞めてここで働く。そう決めて、授業が終わってすぐ、制服のまま直談判に来たのだ。校則違反の金髪も、染め直す気はない。
「高校はもう辞めるつもりです。だから働かせて下さい。」
「そうか。まあ、高校の話はあとにして、さっきの、バリアというのがここで働く上で力になる、とはどういう意味かね?」
こっちがどこまで知ってるか試す気だ。全部知ってる。情報はちゃんと集めてきた。
「ここがただの探偵事務所じゃなくて、変な、妖怪退治をしてるって知ってます。ネットの深いとこで話題になってるの見つけたんです。私が働くには、ここが一番です。」
「妖怪退治ねえ。」
山矢は顔色を変えず、否定も肯定もしない。
「私を雇ってください。きっと役に立ちます。」
「役に立つ、か。」
無表情でそっけない態度。高校生が直談判に来ているのだ。もう少し優しく話を聞いてくれたっていいのに。だから大人は嫌い。
「まず、その、君の言うバリアっていうのを見せてもらっていいか?」
「はい。」
これを見せれば驚くに違いない。人前でやることはないから少し緊張する。
私は一回深呼吸をしてから、右手を前に掲げ、えいっと声を出す。右手のまわり、直径30センチほどの円形に半透明の膜のようなものが出現する。これは、人の手を通さない。
「ほお。よくできてるな。」
私は、バリアを見られて、怖がられなかったのが初めてだったから、少し嬉しくなる。やっぱりここは普通の探偵事務所じゃないんだ。
「これが私のバリアです。」
「そうか。ちょっと、自分の思う最強の強さにしてみてくれ。」
最強の強さ?どうやるんだろう。右手に力をいれてみる。こんな感じかな。
「やったか?」
「はい。」
すると山矢は煙草に火をつけ、ひとくち吸うと、ふーっとこちらに向けて煙を吐き出してきた。
青紫色の煙がバリアに触れた瞬間、ぱちんとシャボン玉が割れるように、バリアは消えてしまった。
「あ!」煙は私の顔に直撃する。煙草臭い。
「強度はまだのようだな。」言いながら山矢は煙草をもみ消す。
馬鹿にされたようで腹が立つ。山矢は別に勝ち誇った顔もせず、冷静な顔。それもむかつく。
「君がバリアと呼んでいるそれは、結界というものだ。君はいつからできるようになったんだい?」
「小さいときからです。」
「そうか。どうやってできるようになった?」
「それは…」
ここで働くには言っておいたほうがいいだろう。
「子供の時に、お母さ…じゃないや。母に叩かれていたんです。幼稚園くらいのときです。手でベチンって頭を叩くんです。これが結構痛くて。それで、あるとき母の機嫌が悪くて、嫌だなーって思ってたら、やっぱり母がまた私を叩こうとしたんです。でも、私叩かれたくないから右手をあげて頭をガードしたんです。そしたら、なんか手のまわりに、今みたいな透明のガラスみたいなのが出てきて、私を守ってくれたんです。」
今でもよく覚えている。私を守ってくれた、透明のバリア。
「母はそのガラスを叩いたんですけど、娘の頭を叩くつもりが、ガラスみたいなものが出てきたからすごいびっくりしちゃって。それから、母は私のこといっさい怒らなくなったんです。叩かれなくなったのは良かったけど、もう完全に無視です。母が父と喧嘩しながら、あの子はバケモノよ、って言ってるのを聞いたこともあります。」
思い出したくないことだった。母の恐怖の表情。母は今でも私に怯えている。
「そうか。自分を守るために力が覚醒したんだろうな。嫌なことを思い出させてすまなかったな。辛い覚醒の仕方だったかもしれないが、君の大切な力だ。有効に使ったほうがいい。それに、君はバケモノではない。」
無表情のくせに急に優しいことを言われてたじろいだ。力を否定されなかったのは嬉しいけど、優しいことを言われるのは慣れていない。それに、大人が優しいことをいうときは、たいてい嘘だ。
「それで、雇ってくれるんですか?」
「うーん、高校生と言ったか?」
「はい。高校二年になったばかりです。でも、高校は辞めます。すぐに働きたいんです。」
「高校を辞めてまで働きたいのはなぜだ?」
「高校は、親が行けってうるさいんです。本当は中卒で良かったのに。高校くらい行きなさいって。でも、私、親の言いなりなんて嫌なんです。私は自分の道は自分で選びたい。」
「そうか。じゃ、親が行けっていうから、行きたくないのか。」
「ま、まあ、そういうことです。」
「なら、辞めないほうがいいな。」
「え?」
この男もやっぱり他の大人と同じなんだ。親が行けっていうなら行け。なんだよ、その論理。
「親が行けって言うから辞めたいんだろ?それは、親が行けって言うから行く、と同じだ。」
は?意味わかんない。
「わからないか?君は親に反発するために高校を辞めようとしている。それは、君の意思か?それは君自身の選択か?親への反発心だけが理由なら、もう少し自分自身の気持ちを考えたほうがいい。親が、行けと言おうが行くなと言おうが、関係ない。選ぶのは君自身だ。」
行けと言おうが行くなと言おうが関係ない。そんなこと考えたことなかった。親が言うことには反抗する。それが私の生き方のようになっていた。
私の本当の気持ち。私自身の選択。
「高校は辞めないで、もう少し考えるといい。」
私自身が高校に行きたいのか行きたくないのか。真剣に考えたことはなかった。
「もし、私がこのまま高校に行ったとして、卒業したらちゃんとしたところに就職しろ、とか言うんですよね。」
「ちゃんとしたところって何だ。」
「わかりませんけど、親が納得するところ。」
「就職先まで親のご意見を伺うのか。君は自分で思っているより、親御さんの顔色を伺っているんだな。」
「そんなことありません。」
違う。私は、そんな気持ちでここに来たんじゃない。
「私は、私は、自分の居場所がほしいんです。」
「居場所?」
「はい。本当の私を見せても、怖がられない場所。バリアを見せても、化け物扱いされない場所。私の力が、誰かの役に立つ場所。それを、本気で探したいんです。」
それが本音なんだ。私には居場所がない。
「そうか。」
山矢は少し黙って私の履歴書を見ている。
「佐藤さんか。エミっていうのはカタカナ表記か。」
「はい。佐藤エミです。あの、名字あんまり好きじゃないんで、エミって呼んでください。」
「エミな。わかった。うーん。居場所ねえ。」
山矢は煙草をくわえようとして、やめる。
「よし、高校を卒業したら雇ってやろう。」
「本当ですか?」
「ああ。正式に雇うのは卒業してからだ。ただ、それまでは見習いのような形でいつ事務所に来てもいい。」
「あ、ありがとうございます。」
驚いた。まさか。私は受け入れてもらえたんだ。
「ここがエミの居場所になるかどうかは、見習い期間に自分で判断すればいい。高校を卒業するときに、まだここで働きたいと思う気持ちがあるなら、雇おう。」
「はい。よろしくお願いします。」
ほっとした。
本当は怖かった。
直談判に来たものの、ここでも、誰も相手にしてくれなかったらどうしよう。妖怪退治なんてネットの噂はデマで、バリアを見せた途端、怖がられて追い出されるかもしれない。その可能性も考えていた。でも、私はとりあえず、迎え入れられた。
「結界の練習もしないといけないな。あんなシャボン玉みたいな結界じゃ、俺の事務所じゃ働けないぜ。」
山矢は少し口角をあげた。笑ったらしい。この人も笑うことあるんだ。
「俺は山矢だ。よろしく頼む。」
山矢が手を差し出してきたから、私は握手をした。
「はい。」
バリアを見せても受け入れてもらえた。私はそれが何より嬉しかった。
「とりあえず、高校にはちゃんと行くといい。あと、友達を作れ。いないだろ、友達。」
図星すぎて、うるさいな、と思う。
「山矢さんも友達いなさそうに見えます。」
性格悪そうだもん、と付け加えたら笑ってくれるかな。
「孤独な一匹狼だと思っているのか?こう見えて、ここの経営を全面的にまかせている税理士もいるし、いざというとき助けてくれる友人もいるし、助けてもらった恩師もいる。俺はひとりで生きているんじゃない。それはエミも一緒だ。」
「私はひとりです。」
本当だ。誰も助けてくれたことなんてない。
「そんなことはない。俺のいう友達というのは、休み時間に必ず一緒にトイレに行ったり、毎日一緒に弁当を食べたり、毎日一緒に帰ったりするような関係の人間を言ってるんじゃない。俺のいう友達というのは、いざというとき、きっと力になってくれる、と信用できる相手のことだ。そしてその人に何かあったとき、必ず力になりたい。そう思える相手のことだ。いつも近くにいるから友達っていうわけじゃないんだ。」
「いません。そんな人。」
「いつか出会えるもんだ。」
「本当ですか?」
「ああ。本当だ。ときどき、月の見えない暗い夜があるだろ?」
何の話だ?
「月の見えない夜、ですか?」
「そうだ。月明りもない真っ暗な夜だ。自分のまわりは全て闇。恐ろしいし心細い。そんな夜もあるだろう。でも、月の見えない真っ暗な夜でも、月が実際に消えてなくなってしまうことはないんだ。探していればいつか、暗い夜道を月光が照らしてくれる時がくる。そういうものだ。」
私の夜道は暗いままだ。いつか出会える月光。考えたこともなかった。
「見習いとはいえ、未来の新入社員だからな。そうだな、エミは夕飯の予定はどうなっている?」
「夕飯ですか?いつもひとりで冷凍もの食べてます。さっきお母さんの話はしましたけど、お父さんも私のことは無関心なんです。高校に行けっていうのも、世間体を気にしているだけで。それで、私のせいで両親の仲も悪くて、ふたりとも夜中にならないと仕事から帰りません。夕飯はいつもひとりで冷凍ものをレンジして食べるだけです。」
「そうか。じゃ今日は寿司を食おう。」
「え?お寿司ですか?」
「苦手か?」
「いや、好きですけど。」
「1階に寿司屋があるだろう。大将の寿司はうまいぞ。」
「でも、私お金持ってません。」
「大丈夫だ。経費で落ちる。」
「ケイヒって何ですか?」
「職場の金でできるってことだ。」
「そうなんですか?」
「ああ。好きなだけ食べればいい。」
やった!お寿司なんて何年振りだろう。外食自体全然していない。
やばい。嬉しい。何食べよう!
「にやにやして、そんなに寿司が好きか?」
無表情で嫌なことを言ってくる。
「にやにやしてません!」
「そうかそうか。まあいい。行こう。」
私はスクールバッグを抱えて山矢さんのあとについた。
もしかしたら私の居場所になるかもしれない場所。もしかしたら、私の上司になるかもしれない人。ちょっと変な人だけど、第一印象よりは嫌な人ではなさそうだ。私は自分で、ここが自分の居場所かどうか、ゆっくり決めればいいんだ。
胸に淀んでいた不安が少し薄まった気がする。もしかしたら、私の真っ暗な夜道も、いつか月が照らしてくれるのかもしれない。そう思えた日だった。
《つづく》→②
この小説に出てくるエミが大人になって活躍している小説はこちらです♡
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気になった方は、読んでみてください♡
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