小説「宵闇の月」⑤最終話
山を降りて山神村へ行くと住職さんがいて、改めてお礼を言われた。
「山矢さんには本当にいつもお世話になりっぱなしで、本当にありがとうございました」
「いえ、お世話になっているのは私のほうです。困ったときはお互いさまです」
山矢さんは普段は「俺」っていうのに住職さんには「私」っていう。変なの。
「壺阪先生に診てもらったところ、松山さんは怪我も脱水も衰弱もなく、元気だということです。やはり内側の時間経過が30分で済んだので、幸いしました」
「それは良かった」
「それで、村長さんの家に村のみんなで集まっています。村の女衆が集まって、食事を作りました。今夜は宴会になるでしょう。松山さんが戻ってきたお祝いと、山神様への感謝と、山矢さんと助手のエミさんへのおもてなしです」
私はおもてなしされるようなことしてないな、と思いつつ山矢さんを見ると
「それはありがたい。ぜひ伺います」と頷いた。
山の陽が暮れかかっていた。いつの間にかセミも鳴いていない。静かな夕暮れ。
村長さんの家に行くと、だだっ広い畳の部屋に、たくさんの人が集まっていた。
たくさんの料理、煮物や揚げ物、鍋物、真っ赤なお刺身みたいなのもあるし、お酒やジュースも所狭しとテーブルに並んでいて、そのテーブルを村の人たちが囲んでいる。女性たちが慌ただしく歩き回って食事やグラスを運んでいて、よく見ると松山さんの奥さんもいた。旦那さんが無事に見つかったからか、すっかり元気な様子で、私はほっとする。
「おー!山矢さん!来た来た。どうぞどうぞ!座ってください!」
村長の谷中さんに促されて山矢さんは座敷に入って行く。私も着いていく。
「みんなー!山矢さんと助手のエミさんが来たぞー」
谷中さんが声をあげると忙しなく慌ただしかった部屋のみんなが私と山矢さんに注目した。私は恥ずかしくて仕方なかった。谷中さんは室内にいるにも関わらずまだ汗をかいていて、おしぼりで額を拭ってから立ち上がった。
「ええ、今回、山矢さんのおかげで松山さんは無事に帰ってきました。遠いところはるばる来てくださった山矢さんと助手のエミさんに感謝し、山神様にこれからもお守りいただくよう感謝し、乾杯とします。みなさん、グラスをお持ちください。では、かんぱい!」
「かんぱーい」
みんなが声をあげて、グラスをあわせる。おのおの食事を皿にとり始めた。
私は、緊張したり怖かったりしていたから気付いていなかったけれど、こんなに美味しそうなご飯をたくさん目の前にして、自分がとても空腹だったことに気が付いた。
山矢さんが「さあ、いただこう」と言って、私にお箸を渡してくれた。
見慣れない料理も多かったが、ひとつずつ食べてみる。美味しい。どれも美味しい。お米も美味しい。真っ赤なお刺身に見えたものは馬刺しらしい。初めて食べたけど、これも美味しい。山矢さんが谷中さんと喋っているから私はひとりで夢中で食べた。
「エミちゃん?」
声をかけられて。顔をあげると松山さんの娘さんがいた。
「あ、松山さんの」
「うん。隣いい?」
「あ、うん。いいよ」
私は少し腰をずらして場所を空ける。
「今日は、お父さんを助けてくれて本当にありがとう」
松山さんの娘さんは座ったまま頭を下げた。
「あ、いや、私は何もしてないよ。山矢さんの仕事を見ていただけだから」
同じ年くらいの女の子と話すのは不慣れだ。
「私、小雪。エミちゃんって呼んでいい?」
「あ、うん」
親し気で、ちょっと恥ずかしいけど、嫌じゃない。
「エミちゃん、山矢さんのところで助手さんしてるんでしょ? すごいね」
「別に、まだ見習いだし、ちゃんと働いてるわけじゃないよ」
「でも、すごいよ。あの山矢さんが認めたってことだもん。助手さんできるってことは、エミちゃんも、何か力があるの?」
「いや、山矢さんみたいに、小雪ちゃんのお父さんを助けにいったり、あんなことはできないよ。できるのは、結界張るくらいかな……」
つい言ってしまってから、あぁ、やってしまった、と思った。
急にそんなこと言われたら怖がられるに決まってるじゃん。
「え!結界って、バリアみたいなやつ!できるの? すごい!」
え、怖くないの?
想像に反して、小雪ちゃんは前のめりになってきた。
「いや、そんなすごいわけじゃないよ」
「え、すごいよ。見たいな!見せてくる?」
小雪ちゃんが目をきらきらさせている。やっぱり山神村の人はちょっと変わってる。
「少ししかできないよ?」
そう言ってから、私は右手に集中して、えいっと声を出す。
右手から透明の盾のような結界が出現する。
春から山矢さんに教えてもらって練習してきたから、直径50センチくらいの円形なら、かなり正確に頑丈に作れるようになった。
「すごーい!!!」
小雪ちゃんが大きな声を出す。
「これ、触っても平気なの?」
「うん。平気だよ」
小雪ちゃんは恐る恐る私の結界を触る。
「すごい、本当に通り抜けられない。硬い。すっごい!!」
私の結界は、人を怖がらせるものだと思っていたから、小雪ちゃんの反応は驚くし、なんだか照れくさい。
小雪ちゃんがあんまり大きな声を出すからまわりの人たちも注目し始めた。
「おい、山矢さんのところの助手さんはあんな若いのに結界を張れるのか!」
「さすが山矢さんの助手さんだな、エミちゃんはすごい!」
口々に褒められ、さすがに恥ずかしくなって、私は結界を解いた。
「山矢さん、すごい助手さんを見つけましたね」
谷中さんも言う。
「ええ、エミは本当に素晴らしい助手です。将来有望な、私の右腕です」
山矢さんにまでそんなことを言われて、私は心臓がぎゅっとなって下を向いた。人に褒められるのってこんなに嬉しいんだ。
「ねえ、エミちゃん、連絡先、交換しない?」
小雪ちゃんはモジモジしながらスマートフォンを持ってきた。
「え?」
私は同年代の友達が全然いない。
そんな私に小雪ちゃんが恥ずかしそうに言った。
「ねえ、エミちゃん、もし良かったら、友達になってくれる?」
「え、友達? え、本当に?」
「いい?」
「うん。いいよ!」
「嬉しい。ありがとう!山神村に同じくらいの年の女の子がいなくて、だから私友達がいないの。最初に見たときから、都会の子ってお洒落でかわいいなって思って、友達になってほしかったの。スマホあれば、いつでも連絡できるし。いつか私がエミちゃんの住んでる街に行ったら、案内してほしいな。」
「もちろんだよ。こっちこそ、ありがとう」
私は小雪ちゃんと連絡先を交換した。
そして、自分の街のことや学校のこと、部活のこと、山矢さんの仕事のこと、山神村のことなど、食事をしながらおしゃべりを楽しんだ。学校のクラスメイトとはこんなにおしゃべりできないのに、なんでだろう。不思議だけど、楽しい時間だ。
山矢さんに出会ってすぐの頃に言われたことを思い出した。
「月の出ていない真っ暗な夜でも、月が消えてなくなることはない。いつか雲が晴れて月光が照らすときがくる」
「友達っていうのは、いつも近くにいて授業の合間に一緒にトイレに行くような関係の人間を言うんじゃない。遠くにいても、困っていたら力になりたいと思う相手のことだ」
山矢さんの話を思い出しながら、私は、もしかしたら月の出ていない真っ暗闇を脱出できるのかもしれない。そう思った。
だって、私、今笑ってる。こんなにたくさんおしゃべりして、結界も認めてもらって、化け物扱いされないで、褒めてもらえた。
まだわからない。でも、今確かに少しだけ、光を感じる。これがきっと、希望ってやつなんだ。
小雪ちゃんと私がおしゃべりをしている横で、山矢さんが珍しく笑った気がした。
≪おわり≫
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