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掌編小説「マテリアライズ ブラック」④/④
※できれば「マテリアライズブラック① ② ③」を先にお読みください。※
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「自分たちの目でしっかり確認していたね。ちゃんと奴が視えていたかい?」
私たちは、山矢さんの濡れた頭と顔、ジャケットをタオルで拭いてから、沙理ちゃん姉妹の家のリビングにお邪魔していた。
「はい。視えました。妹にも視えていました。やっぱり実在していたんですね。」
「あぁ。していたな。退治できて良かった。」
「私にも視えました。あんな恐ろしいものをお姉ちゃんだけ視ていたと思うと、怖かっただろうな、と思いました。」
妹の理奈ちゃんは沙理ちゃんとよく似ていて、とても可愛らしかった。まだ中学生であり、あどけない少女だった。長女の沙理ちゃんより、幼い印象がある。
「それで、奴の正体についてなんだが、ふたりに話しておかないといけないことがある。」
「はい。」
姉妹ふたりは肩を寄せ合いながらも、背筋をぴんと伸ばした。
「ああいう、いわゆる異形のものというものは、いくつか種類があるんだ。例えば、その存在自体が元々あって、その存在を人間が視てしまうタイプがある。これは例えば、幽霊や妖怪などだ。」
わかるかい?といった感じでひと呼吸おいてから山矢さんは続ける。
「それとは逆に、元々は存在していないのに、人間の恐怖心や不安などの感情が、存在を作り出してしまうタイプがある。今回の奴は、こっちのタイプだ。」
「感情が存在を作り出してしまうタイプ、ですか?」
沙理ちゃんが不安そうに聞く。
「そうだ。こういうのを『感情の具現化』というんだが。ある感情が強まって、集まって、どんどん集まってきて、大きな集合体になってしまって、実体化してしまうんだ。」
沙理ちゃんと理奈ちゃんは顔を見合わせる。
「ちゃんと言っておかないといけないから、辛いかもしれないが、はっきり言う。この家の、沙理さんや妹さん、お母さんの感情が、奴を作り出してしまった、ということなんだ。」
沙理ちゃんは驚いて両手で口を覆った。理奈ちゃんも驚いている。
「あんなバケモノを、私たちが生み出してしまったんですか?」
沙理ちゃんはショックを受けている。そりゃそうだろう。あんな恐ろしいもの。
「そうだ。ショックだと思うが、もうひとつはっきり言っておく。感情が生み出しているということは、また同じものが生まれてしまう可能性がある、ということだ。」
姉妹ふたりは息を飲んだ。
「エミが最初にこの家を見たとき、暗く見えた、と言っただろ?それは、俺も感じた。実は沙理さんに会ったときにも感じたんだ。だから、奴の正体におおよその見当がついた。」
「私が暗いってことですか?」
「正しくは、暗いオーラに巻かれてしまっている状態だ。」
「暗いオーラ。」
「そうだ。そして、家に来てみて、それが沙理さんだけじゃないとわかった。家全体が、暗い不穏な空気になってしまっているんだ。おそらく、沙理さんが話してくれたように、お母さんの体調がすぐれなかったり、沙理さんが勉強をしながらアルバイトをしなければならなかったり、妹さんが家事を全部やらなければならなかったり、みんな大変な思いをしているのだろう。そして、ここからが大事なんだが、それら全てに関して、家族がお互いに自分たちを責めながら生活しているんだ。」
「自分たちを責めながら?」
「そうだ。お母さんはきっと、娘たちに申し訳ないと思っている。沙理さんは自分がしっかりしなきゃ、と思っている。妹さんはきっと、もっと自分も役に立たなきゃと思っている。そういう、相手を思うからこそ生まれている自分たちを責めるマイナスの感情が、集合体となって、この家全体を巻き込み、しまいには具現化してしまったんだ。そして、おばあさんから迷信で聞いて印象に残っていた『水溜まりの中にいる魔物』という形で、沙理さんの前に現れた。」
姉妹は山矢さんの言葉に、少しずつ下を向き始めた。きっと、山矢さんの話に、心当たりがあるのだろう。
「どうしたら」
沙理ちゃんがキッと顔をあげて山矢さんに言った。
「どうしたら、もう二度とあんな奴を生み出さずに済むんですか?」
そのためなら何でも頑張ります!そんな勢いだった。
「もう二度とあんな奴を生み出さないために君たちにできることは」
一度言葉を切って山矢さんは姉妹の目をしっかり見た。
「もっと大人を頼ることだ。」
「え?」
予想外のことを言われたのか、ふたりは顔を見合わせ、また山矢さんを見た。
「君たちはもう十分頑張った。十分以上に頑張ってきた。それはとても偉いことだし、尊敬する。身近に頼れる大人がいなかったんだろう?自分たちでやらなければと思った。自分たちが頑張らなければと思った。でも、もう十分だ。これ以上頑張らなくていい。」
山矢さんは一度言葉を切り、姉妹と、エミさん、私のことを見回す。
「毎日食事を作るのは大変だろう?たまにはエミに作ってもらえばいい。たまには大将に作ってもらえばいい。気分転換にどこか遊びに行きたいなら田橋に連れて行ってもらえ。もしくは、遊びに行くときの留守番でも頼めばいい。母子家庭の支援などの相談は、うちの税理士の野村さんに聞けば何でも教えてくれる。手続きも手伝ってくれる。急ぎで現金が必要なら俺のところに来ればいい。無利子でいくらでも貸してやる。働いてからゆっくり返してくれればいい。いいかい?」
山矢さんは姉妹ふたりを見てゆっくり言った。
「もうふたりだけで頑張らなくていいんだ。大丈夫だ。俺たちがついている。」
静かに断言した山矢さんの言葉を聞いて、わっと沙理ちゃんが泣き出した。張り詰めていた何かがぷつんと切れたのだろう。
「お姉ちゃん!」
理奈ちゃんが沙理ちゃんを横から抱きしめた。
ふたりはしばらく泣いていたが、沙理ちゃんが顔をあげて、「ありがとうございます」と言った。
「私たち、ふたりでお母さんを守っていかなきゃって思っていたんです。でも、やっぱりできないことも多くて。でも頼れる大人もいないし、頑張ってきたけど、実際は、自分たちで思うより、メンタルぎりぎりだったんだと思います。」
山矢さんは、うんうんと頷いている。
「ね、沙理ちゃん。山矢さん、顔怖いけど、いい人だったでしょ?」
エミさんが話に入った。
「はい。その通りでした。あ、肯定しちゃ失礼なのか。あ、でも、あれ、どうしよう。」
沙理ちゃんが動揺している姿に、私は思わず笑った。理奈ちゃんも「お姉ちゃん失礼だよ」とつられて笑って、沙理ちゃんも「すいません。」と笑った。山矢さんも、ふっと息を吐いた。小さく笑ったのだ。
無事に魔物退治は終わり、私たちは姉妹の家をあとにした。
夜道を3人で歩いて帰る。
「あの家族、大丈夫ですかね?」
私は、最後まで寝室から出てこなかった母親の存在が気になっていた。
「あとは家族の問題だ。俺たちは見守るだけだ。」
「そうですね。お母さんも体調がよくなって、沙理ちゃんと理奈ちゃんの負担が、少し軽くなるといいですね。」
「子供というのは、いつだって大人に振り回される運命なんだろうな。この先どうしていくかは、あの家族次第だ。SOSがあったら、手を差し伸べる。それしかできないな。」
「そうですね。」
家族というのは、他人が介入できない問題を多く抱えているものだ。どうするかは家族次第。その通りなのだろう。
「山矢さん、それ、どうするんですか?」
私は山矢さんのジャケットの胸あたりを指さした。
「俺にはここまでしかできない。あとは、明日、山神村に持っていって、対処してもらう。」
「山神村って、なんかすごそうなところですね。」
「そうだな。俺にとっては特別な場所だ。」
私と山矢さんの会話を聞きながらエミさんがニヤニヤしている。
「エミさん、何笑ってるんですか?」
「いや、なんか懐かしいなーと思って。」
「懐かしい?」
「うん。私が山矢さんに初めて会ったのも、山神村に初めて行ったのも、今の沙理ちゃんと同じ年、高校2年のときだったから。」
「え!」
山矢さんが珍しく驚いた声を出す。
「なんですか?」エミさんは怪訝な表情。
「エミが初めて事務所に来たときと、沙理さんが同い年?」
「そうですよ。高校2年になったばっかりの、16歳です。」
「信じられんな。」
「何がです?」
「今の沙理さんと比べてあのときのエミは、信じられないほど幼くてものすごく生意気だった。同じ年とは思えない。」
「あ!山矢さん、ひどい!」
エミさんが睨みつける。「結界張って消してやる!」と大声で文句を言う。
「エミの結界ごときに消される俺じゃねえよ。」
山矢さんはふっと笑って、煙草に火をつけた。
私はふと疑問に思う。
「エミさんが高校2年って、何年前ですか?」
「えっと、11年前だね。」
「え、じゃあ山矢さんとは10年以上の付き合いってことですか?」
「まあ、そういうことになるね。」
夜道を歩きながらぷかぷか煙草をふかしている山矢さんを見る。
「山矢さんって、何歳なんですか?」
山矢さんは煙をふーっと吐き出して「田橋、俺は何歳に見える?」と聞いてきた。
面倒くさい女みたいだな、と思ったけれど、感じたまま答えた。
「35~6歳に見えます。」
「エミ、俺と初めて会ったとき、何歳くらいに見えた?」
「え?35歳くらいですかね。」
「じゃ、俺は35歳くらいなんだろ。」
そう言って、煙をふーっと吐き出して、また歩き出した。
「え?どういうことですか?意味がわかりません。」
ふふふっとエミさんが笑っている。
「まあ、田橋ちゃん、細かいこと気にしなくていいんじゃない?」
そう言ってエミさんも歩いて行ってしまう。
「待って下さいよー。どういう意味ですか?」
まだまだ謎の多い山矢さんと、そんな山矢さんと10年以上一緒にいるエミさん。
私もそのうち、「山矢さんの謎?そんなのいちいち気にしない」なんて思える日が来るのだろうか。それまで探偵事務所は辞められないな、と思って、ふたりを追いかけた。
《おわり》
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