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小説:僕らの朝ごはん #2000字のドラマ #あざとごはん

 僕の朝は早い。僕を含めて、四人分の朝ごはんを作るからだ。四人は同居しているけれど、食事の担当は全部僕。みんな得意なものが違うから、それぞれの役割を持ちながら、僕らはなかなかうまく同居できていると思うんだ。僕は料理が好きだから、みんなの好みにあわせた食事を作るのはとても楽しい。

 ケイ君は和食好き。予約設定しておいた炊飯器で、ごはんが炊けているのを確認する。昨日スーパーで安く買えた塩鮭を魚焼きグリルに入れる。グリルは先に五分ほど温めておいて、そこから裏表六分ずつ焼く。その間にタッパーで浸けている簡易ぬか床からきゅうりを取り出す。良い具合にしんなりしていて、ぬかを流水ですすぐと緑色が鮮やかだ。香ばしい匂いがしてきたのでグリルの塩鮭をひっくり返す。味噌汁の具は豆腐とわかめ。出汁は市販の粉末で失礼して、味噌は田舎の母親が送ってくれる特製手作り味噌。おたまにとって少しずつ溶くと、甘く芳醇な麹味噌の香りが漂う。沸騰する直前に火をとめる。ちょうど鮭が焼き上がった。皮がパリっとしていて脂がのっていておいしそうだ。

 みゆきちゃんは、フォトジェニックなごはんが好きだから、今日はホットサンドにしよう。8枚切りの食パンをホットサンドメーカーにセットして、作っておいたゆで卵をスライスして並べる。アスパラガスとハムを重ね、その上からたっぷりとろけるチーズをのせる。ホットサンドメーカーは電気だから焦げる心配がない。数分待って、焼き上がりを半分に切れば、断面に卵の黄色とアスパラガスの緑がきれいだし、チーズが流れるようにとろけて良い香り。そういえば、昨日「日に焼けた」と気にしていたから、オレンジを添えてビタミンをとってもらおう。くし切りにしたオレンジは瑞々しくフレッシュで、彩りもきれいだ。レタスも添えてできあがり。

 サトシはダイエット中でオートミールに凝っている。いくらダイエット中とはいえ、オートミールだけってわけにはいかないから、バナナを切ってのせ、ミックスナッツとドライフルーツを散りばめる。少し甘いほうが食べやすいから、たらりとひとまわしハチミツをかける。ハチミツはミネラルが豊富だし、砂糖より甘味が強いわりにカロリーは低いから、ダイエット中にぴったりだ。牛乳は食べる前にかけてもらおう。

 最後は僕のごはん。実は、僕はみんなに作ってあげるのは好きなんだけど、僕自身は、何でもいいんだよね。こだわりがないんだ。今日もきっとみんなごはんを食べきれないから、残ったものをいただくとするよ。さあ、そろそろみんなを起こさないと。

 僕は、ひとりダイニングテーブルに座る。目の前には、今僕が作った朝ごはんがずらり。真っ白に輝くお米と、温かいお味噌汁。焼き鮭の香ばしい香りと濃厚なチーズの香りとを嗅ぎながら、つやつやのハチミツがかかったオートミールに牛乳をかける。ひとりずつ順番に起こすか……と逡巡しているうちに、全員一緒に起きてきた。

「おーうまそう」
「わあ、ホットサンド超かわいい! 写真撮らせて」
「おい、オートミール先に食べないとふにゃふにゃになっちゃうだろ」
「あ! 私のオレンジ食べたでしょ」
「いいじゃねえか、俺の鮭ちょっとやるから」
「オレンジと鮭って全然あわないんですけど!」
 
 もう、喧嘩しないでくれよ。口はひとつしかないんだから。僕は、僕の中で同居しているほかの人格たちに声をかける。
「お前は何も食べないんか?」
 ああ、どうせ君たち全部食べ切れないだろう。胃だってひとつしかないんだから。
「じゃ、俺の味噌汁飲んでいいぞ」
「私のホットサンド半分あげるよ」
「僕のオートミールは、あんまり好みじゃないかな」
 何でもいいよ。君たちが満足してくれれば、僕は嬉しいんだ。

「「「それなら、良かった!」」」

 声をそろえる人格たちに苦笑しながら、僕はひとりで朝ごはんをたいらげる。昼と夜は、誰かひとりの好みで決めてくれよ、と思いながら。


【おわり】

#2000字のドラマ
#あざとごはん

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秋谷りんこ(あきや・りんこ)
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