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掌編小説:マグノリア トワイライト 最終回

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 山矢はとりあえず床にあぐらをかいた。入り口が閉まってしまった以上、もう急いでも仕方ない。脱出方法を考えなければならない。

「山矢さん……といいましたか。あの、状況がわからないんだけど、何ですみちゃんを迎えにきたのか、教えてください」

 歌子は正座をして山矢に向き合った。田橋も、山矢の隣に座る。

「私も、教えてもらいたいです。何が起こってるんですか?」

 山矢は一つ息を吐いてから、歌子の目を見た。

「確認するが、これは、君の仕業しわざじゃないんだな?」

 そう言って、田橋の足枷を指した。

「絶対に違います。やっていません。すみちゃんと会えたのは嬉しかったけど、私はすみちゃんが外で元気に過ごしているのを知っていたから、こんな風に独り占めしようとなんて思わない」

 それはそうだろう、と山矢は思った。

「私も、これは歌子ちゃんじゃないと思います。こんなことする人じゃない」

 田橋は、自分の足についている重そうな鎖を苦々し気に眺める。

「歌子ちゃんには申し訳ないんだが、おそらく今回は、歌子ちゃんが利用されてしまったんだと思う」

 山矢は自分の想像を話し出す。

「俺には、天敵がいて、荒草というのだが、三年ごとに俺を襲撃にくる変な奴だ。今年が、荒草の現れる年だった。でも、こんな雪の降るような季節になっても奴は現れないから、おかしいと思っていたんだ。そしたら、田橋がいなくなった」
「私がここに入ってきたのは、荒草の作戦……誘導と言うことですか?」

 田橋が眉根を寄せる。

「ああ。でも、荒草は現れていない」
「ということは?」
「ということは、俺は、このコンクリートの壁自体が、荒草なのではないかと思う」
「え! これが?」

 田橋は小部屋を見渡した。

「ああ、そうだ。奴が、いろんな物に姿を変えるのは知っているだろう? おそらく自分の肉体と魂すべてを、この閉鎖空間の強固に使っているのだ」
「もしかして……山矢さんを閉じ込めるため?」
「ああ、その通りだ。俺を閉じ込めて、闘わずして勝とうという魂胆だな。歌子ちゃんを利用して田橋を誘い出し、田橋を探す俺を閉じ込める。その証拠に……」

 山矢は入り口のコンクリートを裂いたナイフで田橋の足枷を切ろうとする。

「ほら、切れねえよ。入り口を裂いたナイフだ。俺を中に入れるために、入り口だけ入りやすくしたんだろ。卑怯な奴のやりそうなことだ」

 山矢は腕組みして考えた。どうしたら田橋を連れて出られるか。

「山矢さん、すみちゃんのその鎖は、アラクサという人のしわざなの?」

 黙って聞いていた歌子が話し出した。

「ああ、だって、ここは君の部屋だが、これは君の力じゃないんだろ?」
「私じゃない」
「それなら、荒草くらいしか思い当らない」
「ねえ、その人って、前にすみちゃんを屋上から落とした人?」
「ああ、そうだ。あのときは助かったよ。俺一人じゃ田橋を救えなかった」
「え! あのときのあったかい光って、歌子ちゃんだったの?」

 田橋が驚く。

「ふふふ。いつもそばにいるんだよ」

 そう言って歌子は笑った。

「山矢さん、私は今、とても怒っています」

 歌子は静かな、強い口調で言った。

「すみちゃんは、私に優しくしてくれたお友達です。すみちゃんに意地悪した人が、またすみちゃんを困らせている。すみちゃんを悲しませる人は、私が許さない……」

 そう言い終わらないうちに、歌子から眩い光が放たれていく。

「驚いたな。全然気付かなかったぜ。おい」

 山矢は立ち上がり、田橋の腕をつかみ、強く引き寄せた。

「田橋、歌子ちゃんの光を直視するな。人間には強すぎる。俺にしっかりつかまってろ」

「え! あ、はい!」

 田橋は状況を飲み込めないまま、山矢に抱きしめられた。歌子に背を向け、山矢の胸に顔を埋める。歌子から発せられる光は強さを増し、歌子の黒髪がふわふわと宙に浮く。

「山矢さん、すみちゃんをよろしくお願いします」
「ああ、まかせておけ。歌子ちゃんこそ、頼んだぜ」
「おまかせください。いきますよ!」

 歌子がそう言った瞬間、周囲は閃光に包まれた。



 田橋が目を開けると、そこは自分のアパートの部屋だった。ベッドに寝かされているようだ。

「お、気が付いたか? 大丈夫か?」

 山矢が覗き込む。

「すまないが、鞄から鍵を探させてもらった。田橋だけじゃなくて、廊下で待機していてくれた彼らも、歌子ちゃんの力にてられて、伸びてしまったからな」

 田橋の狭いワンルーム。ソファにエミが、床に男性が二人横になっていた。

「何があったんですか?」
「歌子ちゃんが押し出してくれたんだよ、閉じ込められた俺たちを。すごいパワーだな。外で待っててくれた彼らが『入り口が閉じてしまってどうしようかと相談していたら、壁から突然光が放たれた。何かと思って身構えていたら、山矢さんが女性を抱えてものすごい勢いで飛び出してきて、みんな吹っ飛ばされた』と言っていたよ」
「吹っ飛ばされた……」
「俺も光を放つまで気が付かなかったんだが、歌子ちゃんは、異形のものの中でも相当くらいの高い存在だ。神に近いかもしれない。目立ちたくない性格なんだろう。そうじゃなければ、あんなところでひっそりと過ごすような存在じゃない。もっと崇められるような存在だ。ずっと守護霊のような存在だと思っていたが、守護神と言った方が正しいな」

 そう言って山矢は少しだけ笑った。

「守護神……ですか。歌子ちゃんは、大丈夫なんですか?」
「心配ないさ。俺たちを力ずくで脱出させてくれたんだ。今頃、自分の部屋の修復でもしている頃だろう」
「もう……会えないんでしょうか」
「田橋が歌子ちゃんを忘れさえしなければ、これからもいつも、そばで見守ってくれているさ」
「そういうものですか?」
「そういうものさ」
「あ、荒草は、荒草はどうなったんですか!」
「……あんな力で破壊されたら、木端微塵だな」

 そういうと山矢は煙草を咥え「あ、この部屋は禁煙か?」と聞いた。

「いえ、大丈夫です」
「良かった」

 煙草に火をつけて、無表情でゆっくりと煙を吸い込んでいる山矢。

「あれだけの力で散り散りにやられたら、奴はもう再生できないかもしれないな」

 すーっと煙を吐いて、ぼそっと言う。田橋は、この人と一緒にいると、本当に不思議な体験ばかりだと思った。

「そういえば、そこに横たわっている男性たちはどなたですか?」
「あ? ああ、山神村の住職さんと谷中村長さんだ。そうか、会ったことなかったか」
「はい。お話は聞いていましたけれど、まだ行ったことはないので」
「そうだな。今回もずいぶん世話になったし、迷惑もかけてしまったな。荒草のことも終わったし、少し事務所を閉めて、久しぶりに山神村でゆっくり過ごすのもありだな」
「いいですね。行ってみたいです」
「木度くんの休みに合わせて、みんなで行ってもいいな。その前に今日は、みんなで大将のところで寿司だな」

 山矢は煙草を吸って、目を細めた。


 そのとき、玄関のほうから声が聞こえた。何やら外が騒がしいようだ。山矢と田橋は玄関から外へ出る。田橋のアパート前に、人だかりができていた。理由は一目瞭然。街路樹の桜が、満開に咲き誇っているのだ。アパートの前だけ、爛漫と。

「おお、これはこれは、歌子ちゃん」

 山矢はふっと小さく笑った。

「すっごい……きれい」

 田橋はうっとりと眺めた。

「もしかしたら、俺が年をとらないのは、今年で最後かもしれないな」

 山矢がつぶやく。

「え、何か言いました?」
「いいや、何でもない」

 山矢と田橋が眺める桜吹雪のその奥に、公園の白木蓮が閃々せんせんと咲き誇っていた。







《おわり》


山矢探偵事務所シリーズ最終話です。これで完結です。今までありがとうございました。
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