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ライアン・ポーターから始まるLAジャズ史

text by 原 雅明

 9月9日にringsから、トロンボーン奏者ライアン・ポーターのライヴ・アルバム『Live At New Morning, Paris (ライブ・アット・ニュー・モーニング,パリス)』がリリースされます。このアルバムを起点として、LAのジャズを振り返ってみるのが今回のテーマ。前回のAmbient Jazzに続いて、ネット・ラジオのdublab.jpにて、僕がやっている番組“rings radio”の2020年8月26日放送分に連動したテキストです。本編の放送の録音はdublab.jpのMixcloudで聴くことができます。録音をぜひ聴きながら、読んでみてください(YouTubeのリンクは前回同様に文字だらけの味気なさの解消の為にとりあえず入れたので、ご参考程度に)。

 歴史の授業とは逆に、LAのジャズ史を近年から、横にもフラフラしながら辿っていきます。このテーマで何回かに分けてやっていく予定ですが、一つの時間軸だけで話は済みそうもないので、話題が飛んだり、拡がったり、前後したりもします。そうした多様性の中からいろいろな繋がりも見えてくると思います。ライアン・ポーターに続いて、多方面で注目されているアンビエントの作曲家/ピアニストのジョン・キャロル・カービー(実はジャズを深く学んできている)や、LAでいま最も期待を寄せられているジャズ・コレクティヴのカタリストなど、LAジャズを更に活性化している音楽をringsから紹介して行く予定です。それらと共に、ここで更なるLAジャズのストーリーを展開してもいきます。お楽しみに。

Ryan Porter / Strasbourg / St. Denis
『Live At New Morning, Paris』(2020年)
2019年10月16日、パリの名門クラブ、ニュー・モーニングでおこなわれたライヴ。現代のスタンダードと言えるロイ・ハーグローヴの“Strasbourg / St. Denis”からスタートするのは、このライヴ自体がロイに捧げるものだったからだ。ライアンは16歳の時にジャズを学ぶサマーキャンプでロイと出会い、魅了されて、LAではなくNYの大学に進む決心をした(その詳しい話はアルバムのライナーノーツに掲載のライアンのインタビューをぜひ!)。ロイのお気に入りのクラブだったニュー・モーニングに捧げた曲でもある。

【参考】ロイ・ハーグローヴのニュー・モーニングでの“Strasbourg / St. Denis”

Clayton-Hamilton Jazz Orchestra / Squatty Roo
『Live at MCG』(2005年)
NYのマンハッタン・スクール・オブ・ミュージック(MSM)でトロンボーンと作曲を学んだライアン・ポーターが卒業後、すぐに活躍を始めた場がクレイトン・ハミルトン・ジャズ・オーケストラ(CHJO)だった。ベーシストのジョン・クレイトン、ドラマーのジェフ・ハミルトン、サックス奏者のジェフ・クレイトンが率いるCHJOは3人の活動拠点である西海岸の優秀なプレイヤーを中心に結成されたアメリカのトップ・ジャズ・オーケストラ。ライアンは2000年代にCHJOに属して多くを学んだ。

Gerald Wilson Orchestra / Before Motown
『Detroit』(2009年)
1918年ミシシッピで生まれ、デトロイトを経て、LAを拠点としたジェラルド・ウィルソンはモダンジャズの歴史を生きたバンドリーダー、トランペット奏者、作・編曲家、教育者だ。40年代半ばに自身のバンドを率いて以来、ビッグバンド・ジャズのインストゥルメンテーションを進歩させてきた。若いミュージシャンを積極的に起用して、カマシ・ワシントンやライアンらもその恩恵を受けてきた。『Detroit』はデトロイト・インターナショナル・ジャズ・フェスティバルの30周年を記念しての委託作品で、LAとNYで録音された。ウィルソンが築いてきたアンサンブルの一つの完成形を聴くことが出来る。そのアンサンブルに影響を受けてきたカマシも参加。

Steve Turre / The Lotus Flower
『Lotus Flower』(1999年)
ライアンがMSMで師事したのがトロンボーン奏者スティーヴ・トゥーレだった。NYのジャズ・シーンで活躍したトゥーレだが、西海岸で育ち、ローランド・カークを師と仰いでいた。90年代のトゥーレのアルバムはどれも素晴らしいが、本作は特に聴き応えがある。このタイトル曲はトランペット奏者ウディ・ショウの同名アルバム(トゥーレも参加)の収録曲で、トランペットのパートをトロンボーンで演奏している。チェロやジャンベもフィーチャーして、ポストバップに少しだけ違う空気を導入している妙味が実にいい。ライアンのプレイにはトゥーレからの影響をやはり感じる。

Freestyle Fellowship / Inner City Boundaries
『Innercity Griots』(1993年)
LAのコンシャス・ラップの象徴フリースタイル・フェローシップは単にジャジーなサウンドを採り入れていたのではなく、LAのジャズ・シーンと共に歩んでいた。ビリー・ヒギンズやホレス・タプスコットとの交流もあり、このアルバムにはサックス奏者のランドール・ウィリス(90年代のグレッグ・ウィルソン・オーケストラの中核メンバー)らが参加して、サンプリングだけではない、生のジャズをラップと結び付けた。ほぼ同時代に頭角を顕したザ・ルーツと同じく、ジャズ寄りのアプローチは当時主流だったロウなヒップホップのサウンドとは相容れなかったが、後に与えた影響は非常に大きい。

B Sharp Jazz Quartet / Like This
『B Sharp Jazz Quartet』(1994年)
上記のランドール・ウィリスと、ドラマーのハーブ・グラハム・ジュニア、ベーシストのオサマ・アフィフィ、ピアニストのロドニー・リーからなるB・シャープ・ジャズ・クァルテットは、90年代のLAジャズを牽引する期待を寄せられたグループだ。このデビュー作にジェラルド・ウイルソンが熱いライナーノーツを寄稿していることからもそれは伺える。フリージャズも通過した後のポストバップの再構築の意志を感じる演奏だ。ジャズが下火だった時代の徒花のようなグループだが、後のカマシらの演奏に受け継がれたものがある。

bLAckNotE / The Core
『Nothin But the Swing』(1996年)
ブラックノートも失われた90年代のLAジャズを象徴するグループだ。カマシに影響を与えたサックス奏者ジェームス・マホーンを中心に結成され、ビリー・ヒギンズの後押しでワールドステージのレーベルからデビューを飾った。高速でシャープなハードバップはいま聴いても充分にスリリングだ。ヤング・ジャズ・ジャイアンツなど、カマシやロナルドらの2000年代の演奏にも、このグループの影響は感じられる。ニコラス・ペイトンをゲストに招き、Impulse!から満を持してリリースされた『Nothin But the Swing』は4枚目のアルバムで、グループとしては最後の作品となった。

Busdriver / Right before the Miracle (feat. The Underground Railroad)
『Electricity Is on Our Side』(2018年)
ラッパー、バスドライヴァーは、フリースタイル・フェローシップのエイシーアローンらがスタートさせたオープンマイクのワークショップ、プロジェクト・ブロウドから登場した。そのスキルフルな高速ラップはジャズの即興演奏とも親和性が高く、この最新アルバムではデイデラスやスワーヴィーのプロダクションに混じって、ランドール・ウィリスらの演奏もフィーチャーされている。『Innercity Griots』を更新するサウンド、ジャズ・ヴォーカルと対比させた意味でのジャズ・ラップを聴くことができる。

Freestyle Fellowship feat. Horace Tapscott / Hot
『Project Blowed』(1995年)
レコードはビースティ・ボーイズのレーベルGrand Royalからリリースされたプロジェクト・ブロウドのコンピ盤には、LAジャズを象徴するピアニスト、バンドリーダーのホレス・タプスコットとフリースタイル・フェローシップとの貴重な共演が収められている。ランドール・ウィリスや、のちにカルロス・ニーニョのビルド・アン・アークにも参加した女性ベーシストのネドラ・ウィーラーらも参加している。二つのシーンを結び付けたキーパーソンがドラマーとして参加しているJMDことダリル・ムーアで、上述のバスドライヴァーの曲にもフィーチャーされていた。

Horace Tapscott, Marcus Belgrave, Abraham Burton, Reggie Workman, Andrew Cyrille / To the Great House
『Aiee! The Phantom』(1996年)
ホレス・タプスコットは、パン・アフリカン・ビープルズ・アーケストラを率いて、LAのジャズ・シーンで後進の教育に力を注ぐことに半生を費やしたが、『Aiee! The Phantom』は、そのコミュニティをしばし離れて、マーカス・ベルグレイヴ、アブラハム・バートン、レジー・ワークマン、アンドリュー・シリルといった蒼々たるメンバーとNYで録音された。タプスコット同様にデトロイトでジャズ・シーンの教育者として活動していたベルグレイヴ、ミンガス・ピッグバンドでグラミーを受賞したバートン、NYの最前線で活動を続けたワークマンやシリルとの演奏は、タプスコットが残した録音の中でも特筆すべきもの。

Kamau Daa'ood / Leimert Park
『Leimert Park』(2007年)
詩人、作家、パフォーマーのカマウ・ダオードは、LAジャズ・シーンの中心地ラマート・パークの精神的な支柱となった人物。60年代にはラスト・ポエッツへの加入を誘われるも、地域への貢献を優先させ、以後ビリー・ヒギンズやホレス・タプスコットの活動も支えた。本作は彼の唯一のアルバムで、ヒギンズ、タプスコット、ネイト・モーガン、ドワイト・トリブルらが参加した素晴らしい作品。

Austin Peralta / Ablaze
『Mantra』(2006年)
十代前半でジェラルド・ウィルソンのオーケストラに抜擢され、15歳で東京ジャズのステージに立ち、チック・コリア、ハンク・ジョーンズと共演する。早熟の天才ピアニストと称され、伊藤八十八氏のレーベルEighty-Eight'sで2枚のアルバムを録音後、2011年にBrainfeederから『Endless Planets』をリリースし、その翌年、22歳で亡くなった。オースティン・ペラルタがもし生きていたら、LAのジャズを牽引する存在になっていただろう。これは日本企画盤からのペラルタのオリジナル曲。ドラムはロナルド・ブルーナー・ジュニア、ベースはバスター・ウイリアムス、サックスはマーカス・ストリックランド、ヴィブラフォンはスティーヴ・ネルソン。ペラルタ16歳の時の録音。凄まじくシャープな演奏。

【参考】2006年東京ジャズでのオースティン・ペラルタ

Katalyst / WhatsAname
『Nine Lives』(2020年)
ピアニストのブランドン・コルドバとブライアン・ハーグローヴ(ロイ・ハーグローヴの実弟)、ドラマーのグレッグ・ポール、サックス奏者のデヴィッド・オーティス、ピアニストでトロンボーン奏者でもあるジョナ・レヴィーン、ベーシストのブランフォード・ティドウェルら、次世代のLAジャズ・シーンを担うミュージシャンによるコレクティヴがカタリスト。各々がヒップホップ、R&Bのシーンでも引っ張りだこで、アンダーソン・パークやサーからカマール・ウイリアムスまで、さまざまなアーティストの録音やライヴを支える存在となっている。これは、秋にringsで紹介する予定のデビュー・アルバム『Nine Lives』からの先行シングル曲(※映像貼り付け不可なので、タイトルにライヴ映像へのリンクあり)。

Terrace Martin x Gray Area feat. Kamasi Washington, Ben Wendel & Maurice Brown / Stop Trippin [Live]
『Sounds of Crenshaw & Jammcard present: Terrace Martin's Gray Area Live at the JammJam』(2020年)
LAのジャズとヒップホップ/R&B、双方のコアなシーンを自在に行き来してきたテラス・マーティンは、ロバート・グラスパーからハービー・ハンコックにまで深くコミットする存在となった。今年デジタルで突然リリースされたのは、ドラマーのロナルド・ブルーナー・ジュニア、LAの若きピアニスト(ポール・コーニッシュ)とベーシスト(ジョシュア・クランブリー)と結成したグレイ・エリアというニュー・グループでのライヴ盤。これはカマシ・ワシントン、LA時代にテラスにサックスを教えていたベン・ウェンデル、それにR&Bやヒップホップとの繋がりも深いトランぺッター、モーリス・ブラウンという興味深いゲストを招き、20分近くの演奏を繰り広げている。フリーな導入部から、次第に4ビート〜ブルースの演奏になるのだが、それだけで充分にオーディエンスを盛り上げているのが新鮮である。

原 雅明 / Masaaki Hara
90年代から音楽ジャーナリスト/ライターとして本格的な執筆活動を開始。音楽事務所HEADZの設立と雑誌FADERの創刊、Tortoiseをはじめとする海外アーティストの招聘も手掛けてきた。現在は各種音楽雑誌、ライナーノーツ等に寄稿の傍ら、音楽レーベルringsのプロデューサーとして、新たな潮流となる音楽の紹介に務め、Rei Harakamiの主要アルバムの再発にも携わる。また、Red Bull Music Academyの活動にも長年関わってきた。近年は、LAのネットラジオ局の日本ブランチdublab.jpのディレクターも担当。TRUNK(HOTEL)等のホテルの選曲やDJも手掛け、都市や街と音楽との新たなマッチングにも関心を寄せる。著書『Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって』(DU BOOKS)ほか。

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