【モテ悪男or非モテ優男】女はなぜ悪い男を好きになってしまうのか?
出だしから身も蓋もない話になるが、善人は悪人にかなわない。
多分、多くの人は、この一行を読んだだけで感情が動かされるし、
『そんなことはない!』
『悪いやつが勝つなんて許せない!』
と、私や自分に言い聞かせているのではないだろうか。
でも、冷静に考えてほしい。
どうして、誠実な男の多くは報われないのだろうか。
また、多くの女性はどうして悪い男を好きになり、優しい誠実な男に興味を持たないのだろうか。
多くの人はこの世界が『陰陽』のバランスのなかで成り立っていることを理解していないし、受け入れられないから苦労している。
世の中には陰があれば、陽がある。
光明があれば、暗黒がある。
善があれば、悪がある。
善人がいれば、悪人がいる。
今回は、なぜ悪い男がモテしまうのか?
そして、なぜ女性は悪い男を好きになってしまうのか?
について書いてみたい。
モテ悪男or非モテ優男
あなたが気になっている、かわいい女性がいたとする。
彼女は他の男性から見ても魅力的なので、誰もが彼女を手に入れたいと思っている。
当然だが、若くて、きれいで、優秀なメスであればあるほど、オス同士の競争は激しくなる。
そして、多くの男性が好きなるような女性を得るためには、オス同士の争いが起こる。
世にいるかわいい女性は、常に激しい争奪戦の対象となっていることをまずは理解する必要がある。
さてここで、男性は大きく2つのタイプに分かれる。
数少ないモテ悪男と、その他大勢の非モテ優男。
この2つの男性のタイプの女性をめぐる争いについてのアプローチの違いについて考えてみる。
多くの非モテ優男は、競争を嫌う。
争うのが嫌だから、我慢に我慢を重ねる。
自分は高潔な紳士だから、心の狭い人たちとは争わない。
左頬が殴られたら、ついでに右も殴ってもらう。
ボコボコにされても、人様の恨みを買うことだけを避けたい。
だから、泣き寝入りして譲歩する。
争いごとをすぐに投げ出し、平凡に甘んじる。
一方、モテ悪男は、どんな卑怯な手段を使ってでも彼女をものしようとする。
競争を避けることなく、何の遠慮もしない。
競争相手に殴られて、多少のケガをすることくらい何とも思わない。
顔色変えずに、あらゆる手を尽くして競争相手を妨害する。
罠を仕掛けたり、陰謀を企んだり。
彼女をものにする目的のためなら、手段なんて構っていられない。
女性の潜在意識に埋め込まれた本能
さて、ここで女性にききたい。
モテ悪男or非モテ優男、どっちのオスが魅力的に見えるだろうか?
どんなに傷つこうとも、あなたをものにするために、とことん競争をしようとする悪男だろうか。
それとも、競争を避け、遠くからあなた眺めるだけで、平凡な人生にあなたを誘う優男だろうか。
女性の潜在意識は間違いなく、競争して勝ちぬこうとする悪男を選んでしまう。
口では『誠実で優しい人が・・・』とか、言ってはいるが、胸がキュン♡として好きになってしまうのは悪男ではないだろうか。
逆に、優しくていい人なんだけど、ときめかない男も多いだろう。
ほとんどの女性は、非モテ優男にはドキドキしない。
自分を奪うために、血を恐れず、勇気をもって戦ってくれる男が好きなのだ。
それだけ女性の潜在意識は、競争に勝ち抜いたオスの遺伝子を引き継ぐことで、次世代に優秀な子孫を残したいと考えてしまう本能には逆らい難い。
だから悪男を好きになってしまう理由を探す事自体、無意味である。
男性が、なぜ美人を好きかなのかについて考えるのと同じだ。
最初から争いを避けるような、『草食系男子』はモテないのも当たり前だし、人類繁栄のプログラムに逆らう『草食系男子』はいずれ滅びるようにできている。
なぜ悪人は魅力的に見えるのか?
非モテ優男は、競争や争いを避けるため、一時我慢するというより、実は逃げ出しているだけである。
もし、海を渡ろうとしたくて、完全に波が立たなくなるまで待てるのか?
そうこうしている間に時間だけは過ぎ去り、永遠に出発のときは来ない。
なぐさめ程度の恋愛テクニックなんかをいらくら学んでも効果がないのは、そもそも他のオスと競争することを避けているからにほかならない。
優男は好きな女性を口説くとしても、気の利いたことを何も言えず、おろおろして、ひたすら誠意を見せようとする。
悪男は殺し文句を連発し、美辞麗句をもてあそんで相手の脳を混乱させ、相大いに惑わしたり、喜ばせたりする。
すると、女性は優男は良い人だと心の中で分かっていても、最後に悪人の罠に落ちて、彼の胸に頭を埋めてしまう。
非モテ優男は、『悪い男に惚れる女はバカだ!』などと言葉で自分をなぐさめるしかない。
善人の世界観では、恋愛は互いに誠意を持って付き合うことで、手段などは要らないと考える。
しかし悪人は、女性が喜びそうな言葉や行動なら何でもやろうとする。
それは、女性が浮き浮きしたら、コロッと折れるのを知っているからでもある。
モテ悪男と非モテ優男の大きな違いは何だと思うか?
それはただ一つ!
行動力である!
モテ悪男はとにかく行動力がある。
海を渡ろうとして、完全に波を立たなくなるまで待ってられない。
多少波が高くて死の危険があっても、目的を達成するためにはリスクを受け入れていく。
次に繋がる行動なしに、考えるだけでは、物理世界の現実は変わらない。
悪男が本領を発揮して女は泣く、しかし・・・
悪男は女性を我が物にしてしまうと、徐々に化けの皮が剥がれていく。
家で彼女に暴力をふるい、外で他の女と浮気したりして、本性を現す。
快楽を求めてやりたい放題である。
女は心身ともズタズタにされ、涙をボロボロに流す。
そんな時、女は優男のことを真っ先に思い出す。
彼に会って泣きつく。
しかし、優男は誠意や道徳、優しさにこだわり、女のことを心から愛しているが、他人の関係を壊す第三者になりたくないから、心にもないことで女をなぐさめる。
『完璧な人間なんていないんだよ。二人で生活するなら、お互いに譲り合ったほうが・・・』のような空しい言葉でお茶を濁す。
女は一通り泣き言を吐いてしまうと、モヤモヤした気分がすっきりした。
そして女は、優男に期待を持たせるような、甘い言葉で誘惑する。
『悪男もあなたみたいな優しい男だったらいいのに・・・(優男が喜ぶ♡)あなたみたいな友達がそばにいてくれて、本当に良かったわ・・・(優男最大のチャンス!)』
このような状況で、ぐいっと女性の腕をつかんで、
『そんな男のこと忘れて、オレと一緒に来いよ!』
とホテルに連れていき、悪男と全面戦争する覚悟はない。
だから、女はまた悪男のところに戻って、彼を愛し続ける。
しかし、再びひどく傷ついた時、また優男に電話して泣きつくことだろう。
いつまでも、愛する女を空しい正論でなぐさめ、彼女の都合のいい時だけ涙を拭いてあげる奴隷のままでいたいのか?
この世界は陰陽のバランスでできている
聖人になるのは立派だが、聖人も相対的なのだ。
すべての人から聖人に見える人はいない。
悪人も同様で、ある面からみれば、善人にも見える。
私は社会の真実を見せようとしているだけである。
弱肉強食の社会では、あなたは何を選ぶか?
食われる弱者になるか?
それとも食う強者になるか?
食われる弱者は、食う強者を寛大に許すだなんてうわごとから今すぐ目を覚まそう!
現実の真相は、猫には鼠を見過ごす権利があっても、鼠は猫を許す資格さえないのである。
『悪人は舞台で歌い、善人は舞台裏で泣く』
という言葉を聞いたことがあるだろうか?
これは善人が報われることの難しさを表している。
また、善行が必ずしも報われるとは限らないという意味も込められている。
逆に『邪道は正道に勝てない』という古来の教訓もある。
なぜ善人でいることがこんなに難しいのか?
なぜ悪人は常に上位にいるのか?
なぜ悪人が善人より早く成功するのか?
なぜ悪人の金は善人より多く、権力も善人より大きいし、人生も善人より多彩になるのか?
この『なぜ』が多いと感じている人は、間違いなく陰陽のバランスが悪い。
つまりあなたの人生に『悪』の要素が足りていないことになる。
『悪』も『善』も相対的で、ひとつのものを右か左から見ているに過ぎない。
偏った考えから脱却できれば、恋愛も簡単にうまくいくようになる。
『善悪』はバランスが重要で、偏りが不幸を招くことを理解し、『競争』そのものは物理世界では避けることのできない宿命だと受け入れることが必要だろう。
多くの人は、『善』を意識し過ぎるあまり、適度な『悪』を受け入れる度量を失っている。
人間には、適度な『悪』が必要不可欠なのである。