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お姉さまと呼びなさい 2/2 《短編小説》
【文字数:約4,400文字 = 本編 3,400 + あとがき 1,000】
※ あとがきは有料にしています。
※ 暴力的・残酷な描写を含みます。
※ 本作は『あなたの死を願うから』の番外編『あなたの声を聴かせて』の続編に当たりますが、未読でも問題ないと思います。
悪い空気を吐いているヒマそうな人間を数人集め、そのうちのリーダー格に前金を渡し、成功報酬を約束して野に放つ。以上。
とっても簡単な方法で人さらいの出来上がり。
「たーすーけーてー! あーれー!」
「おいガキ! こいつの命が惜しかったら言う通りにしな!」
顔を変えて人質になっているけれど、人さらいたちには自分も協力者だと信じこませている。労は少なく実入りは多いと期待できるなら、怪しくても引き受けるのが人間だ。
「わた、私そんな人はっ、知りません!」
「わかってるぜ! そう返すよう教えられてるんだってなぁ!」
「ホントです!」
見ず知らずの誰かなど見捨てて逃げればいいのに、それはしないと知っている。後ろから追われたら不利になると私が教えたからだ。
困ったときには魔女様、聖女様を呼べば駆けつける。そういうことになっている。
わざと人さらいをけしかけて、自分を呼ぶまでの経過でもって娘を試そうと考えた。
人でなしの親である私は地獄に落ちるだろうけれど、そんなことは魔女として焼かれた日に決まっているし、未来ある娘を道連れにするつもりはない。
「お嬢様! どうか、どうか私めをお助け下さい!」
涙目で助けを乞うのは焼かれる前が最後だった。上位者の情けにすがって願いを叶えようとするのは、たぶん夜空の星を手に入れるのと似ている。
おおかた地上へ届くまでに燃え尽きてしまい、実現できる者は限られているのだから。
「おらおら! お前の家は使用人を見捨てんのか?」
「だから……私は、そういうのじゃ……」
足が震えて逃げ出したいだろうに、私との約束を律儀に守っているらしい。その態度は嬉しい。でも逃げないのなら私を呼ぶしかない。そう思っていた。
「上等な身なりで学校に通ってりゃ小遣いくらいあんだろ? さっさと出しな!」
帰り際に欲しいものがあれば買えるよう、それなりの金額を渡している。人さらいの口止め料くらいにはなるだろう。そう思っていたのに、娘は叫んだ。
「い、嫌です! これは姉さんが、働いて……だから私のじゃないんです!」
「誰が稼いだかなんて知るかよ! ちっ、面倒くせぇな!」
毒づいた人さらいの男が仲間に私を押しつけ、娘に向かって突進する。それでも娘は逃げず、私を呼ばず、戦うことを選んだ。
「いってぇ!」
獲物に襲いかかった猛獣の指が、空中で赤い線を引く。羊のような娘の手にはナイフが握られ、そこから滴る液体が地面を赤く濡らしている。
「ふぅっ、ふぅっ……」
浅い呼吸を繰り返しながら、相手から決して目を離さず睨みつける。もしも男が賢ければ、さっさと諦めて逃げに転じたはずだ。
「こんのっ! やりやがったな!」
怒りを爆発させた手負いの男に向けて、仲間が要らぬ声援を投げつける。
「へいへい! ガキにやられっぱなしで悔しくないのかよ!」
「るせぇ! ハンデをくれてやったんだよ!」
違う。私は知っている。娘が妖精から学んでいるのは読み書きだけではない。しかし相手が大人では分が悪すぎる。それをわかっているはずなのに、1人で立ち向かおうとしている。
いくらか呼吸の落ち着いた娘が叫ぶ。
「……私は!」
まずは短く勢いをつけ、続く言葉に意思を託す。
「私は、あの人の荷物には……ならない!」
咆哮に合わせて娘はカバンを投げつけ、男が手で払った隙にナイフを突きだす。それは羊の爪先となって猛獣の腕を傷つけ、新しい赤色のリボンが弧を描いた。
「てんめぇ……おらぁっ!」
痛みはあっても浅い傷に男はひるまず、無事な腕を振り回して娘を牽制する。しかし娘は小柄な体を活かして拳を避け、銀色の爪を猛獣の命でもって染めていく。
「……このぉっ!」
やっと賢さを得た男は雨の降ったような地面を蹴り、目の前の羊から距離を取る。
「ちっとばかしナメてたが……そろそろ遊びは終わりみてぇだな」
余裕のある薄笑いを向けられても、疲れ切った娘には言い返す体力もない。
「はぁっ……はぁっ……」
娘は私に寄りかかっていない。わかったから、早く私を呼んで欲しい。目の前にいるのだから一瞬で人さらいたちを葬ってやれる。助けてと、それさえ言ってくれれば。
しかし下劣な願いは叶えられず、羊は爪先を自らの首に当てた。
「おい、止めろ!」
予想外の行動に男が目を見開く。
「使用人さん、巻き込んでしまって……ごめんなさい」
その場にいる誰もが動けない。ただ1人、娘だけを除いて。
「私の命は、あの人がくれたものだから……」
そして歌うように言葉を紡ぐ。
ありがとう──。
そのときの私には、なにが起こったのかわからなかった。
人さらいたちの両足から上がった炎が全身を包みこみ、人間を黒い彫像へと貶める。そして娘の前には私が立っていた。
「おねえさま……」
炎で首に当てられていた爪先は溶け、ナイフが娘の手から地面に落ちた。赤色は土によって隠され、羊は人間の子供へと戻っていく。
「わ、わた、私……」
よろけるように、もしくは飛びこむようにして、自分の姿をした妖精に娘が抱きつく。
「こわかった……こわかった、です……もう、ダメだって……」
「あんた、あたしを誰だって思ってんのさ?」
「でも……だけど……」
感情に言葉が追いついていかない、もどかしさに喘ぐ子供ごと抱きしめる。
「落ち着いて。ゆっくり、ゆっくり息を吸って、吐いて……」
「……あ、あっ、ああっ!」
娘は声を上げて泣いた。晴天の空に隠れた雨を絞り出すように、あるいは炭になった人さらいたちの水分を吸い尽すように泣き続けた。
それは恐怖が過ぎ去った安堵をもたらし、本当の意味で魔女との絆を結び、こちら側へと娘を縛りつける鎖になるだろう。
◇
私はベッドに寝かせた娘の髪を撫でていた。その髪は呪いによって乱れ、しばらくはブラシを通すのも難しい気がする。
「ははっ! こいつ、よく眠ってやがる!」
元の姿に戻った妖精が笑い、私の周りを虫みたいに飛び回る。いつもなら叩き落としているけれど、今日ばかりは許すことにした。
顔を作るのと同じ要領で体を作り、主人と同じ姿で人さらいたちを葬ったのは妖精の手柄であり、私は手を出すなと命じていた。
「……あたしはこの子が覚悟を決めたとき、少しも動けなかった」
「そりゃあ真犯人だし、だいたい捕まってたはずの使用人が助けたら変だろ」
「あたしを呼ぶって……そう思ってたのに……」
娘は助けを求めずに立ち向かい、向こう側にいることも拒んだ。私の手を煩わせるのではなく、自分から死を願った。
私は自惚れていた。気まぐれで助けた非力な子供に頼られると思い込んでいた。
「こいつはあんたとは違う地獄にいるんだろうよ。そこに考えが及ばなかったのは失敗だったな……っと」
妖精が枕元に降り立ち、娘の寝顔に向かって静かに語りかける。
「お前はもう武器を持ってた。弱っちい奴だと思ってゴメンな」
「……あたしたちはこの子に頭が上がらないね」
「かくして《魔法使い狩りの炎珠》は眠りについたのでありました……めでたし、めでたし」
おとぎ話みたいにまとめられてしまうと、なにやら楽しい物語に思えてくる。
娘が私に寄りかかったのと同じように、私もまた娘を頼った。生き地獄みたいな永遠の檻から助けて欲しくて、今にも死にそうな娘を生かそうと考えたのかもしれない。
「これからは聖女様に専念するよ」
「たいそうな若作りだけどな」
「……ふん」
手が出そうになるのをどうにか堪えて言い返す。
「あたしになれるってことは、つまり代役をあんたに任せられるってわけだ」
「敬虔な信徒を惑わすとか……お前、最低だろ」
毒づいた妖精は娘の枕元から飛び立ち、少し離れた場所で私の姿を作り出す。
「神はお怒りです……悔い改めなさい、なんて」
主人をバカにするような度し難い下僕でも、私の命を与えた半身と呼べる。あるいは鏡に映った自分自身だろうか。
娘の希望によって母親似の顔をした自分に向けて、私は言った。
「……やっぱり気持ち悪いね」
ここからは本作の「あとがき」です。
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