歯がうくようなセリフ
【文字数:約1,000文字】
私は人と話すのが得意でないし、むしろ苦手とするのが正しい。
接客における軽妙なトークは売上に繋がるし、自分が客の立場なら愛想が悪いスタッフよりも、良いほうが嬉しいに決まっている。
とはいえ、事実とお世辞のさじ加減は大事だし、対人関係を円滑にするなら必要なスキルに思える。
そして人事担当は明るく前向きな言葉を求めており、土日の精神的な不調は、歯が浮いて入れ歯になるようなセリフを吐いたことへの、自分に対する嫌悪感が原因だと思う。
今でこそ「付き合っている人はいるんですか」と聞かれることは減ったけれど、挨拶の1つだった頃は作り笑いで次のように返していた。
「それがなんと、いないんですよ! だから良い人がいたら紹介してくれません?」
そんなのは完全なウソで、紹介されないことが分かった上で聞いている。
◇
以前に「A」という仮名で書いた人間を、私は今も覚えている。
最近では付き合っている人がいるかと聞かれたら、「死にました」と返し、相手の表情と私への関心が冷めるのを見て、内心では面倒がなくなったと喜んでいたりする。
何かしら前向きな話をでっち上げ、笑いを取ったり興味を持たせるのが、きっと付き合いやすい良い人間なのだと思う。
けれど私はウソをつき過ぎて入れ歯になってしまったので、もう事実を話す選択しか残っていない。
だいたい私は眠い、ダルい、汗くさい状態をネムダルア・セクサイとか名付ける人間だから、心根が子供なのだと自覚している。
後からそれが分かって失望されるより、始めから伝えていたほうが親切だろうし、私としても楽だ。
◇
すっかり心は入れ歯になってしまったけれど、実際の歯については検診を経て、半年後に再訪するという話になった。
人の話をあまり聞かない歯科衛生士さんが、続けて担当してくださったときに次のようなことを言った。
「デンタルフロスを提案するのは、ちゃんと歯ブラシで磨けているからですよ」
ホンマかいなと思いつつ、形の違う大小の歯ブラシを使い分けていることを話すと、それは良いと食い気味に返された。話きいてます?
なるべくフロスを使うように努めて洗口液も併用しているけれど、先の記事にてデンタルケアに1時間半かける方が現れ、私はまだまだ甘いと自覚した。
甘いものは好きだし、自分に甘く生きるのも捨てがたい。
そういえば入れ歯は上がなりやすいと、年配の方が待合室で話していた。
浮いてしまう歯は上ということなのかと思いつつ、半年後に歯の状態がどうなるか気になるところだ。