あなたの死を願うから 6/8 《短編小説》
【文字数:約4,100文字】
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墓地の階段を上り、来たのとは違う道を進んだ突き当りに扉があった。ここまで先導してきたのは魔女ではなく甲冑で、同行者たちの様子を確認するように後ろへと兜を向ける。
「安心しなさい。外は夜だから咎める者はいない」
魔女の言葉に頷いて、まるで中に人間が入っているような動きで扉を開ける。
途中に見かけた窓の色で予測していたけれど、すでに空は暗くなっていた。それでも城壁の上で燃える篝火が小さな太陽となり、温かな橙色の光を届けてくれる。
「どこに行くんですか?」
なんとなく見覚えのある風景だと思っていたら、魔女は人の声がする方向に歩き出した。
「ちょっ、ちょっと! 誰かに見られたらマズいですよ!」
慌てて行く手を遮るも、まったく気にしていない様子で足を止めることもない。
「自分の庭を歩くのに何の憂いがある? いいから来なさい」
「ああっ、もう! あなたも止めてくださいよ!」
甲冑に助力を求めたけれど、諦めの垣間見える潔さで首を振る。
歩くほどに人の気配は増していき、それは中央広場で頂点に達した。
観光客を送迎するためのバスは見当たらず、代わりに広場の中心で燃える巨大な炎が、周囲で踊る人々の影を長々と引き伸ばしている。
すれ違う人たちの服装は現代のものもあるけれど、多くは古い絵画に描かれるような恰好をしており、ひどく奇妙な感覚に陥る。
混乱をよそに知らない女性が声をかけてきた。
「あのぅ、すいません。もしかして城主様ですか?」
「いかにも。私が第十五代ノルシュタイン卿である」
堂々と答えたのは人形もとい魔女で、その傍らには甲冑が立って右腕を胸に当てている。
「やっぱり! 御付きの騎士様がいたから、そうかなぁって!」
「女よ、私を見つけるとは幸運だな。きっとチェックアウトのときに良いことが起こるであろう」
「はい! あっ、そうだ写真、写真を撮るんですよね!」
「それをフロントで見せるのを忘れんようにな。では希望のポーズがあれば何なりと申すがよい」
それから魔女と甲冑、女性と後から加わった通行人とで、即席の撮影会が始まった。
「すいません、こっちに視線ください!」
「そこのスタッフさん! ちょっと横に移動して!」
「城主様が肩に座るポーズもお願いしていいですか!」
騒ぎを聞きつけたのか中身のある甲冑スタッフが現れ、人の流れを整理したり撮影に参加したりで大盛り上がりとなった。
「まだまだ今宵は続く! 皆も楽しむがよい!」
魔女のはずの城主が高らかに宣言し、宿泊客と甲冑スタッフが散開していく。
野次馬の1人から同行者に戻ると、爽やかさすら感じる微笑みで迎えられた。
「私と昼から出会えた君は、けっこうな幸運の持ち主というわけだ」
「いきなり城主と言い出したときは心臓が止まるかと思いましたよ」
「ディスティニーランドと発想は同じだがね」
きわどい発言に甲冑が肩をすくめる。
二足歩行のパンダなどをマスコットキャラにしたテーマパークは、数多くの映画を題材にしたアトラクションが人気で、併設されたホテルは城を再現しているらしい。
「もしかして城に泊まれるのって──」
すると甲冑は兜の前に人差し指を立て、それ以上いけない、と無言で釘を刺される。
「それにしても君は私たちを置いて何処かに行けたはずだ。でもそれをしなかった」
「……怖くないと言えば嘘になります」
「正直過ぎるのは美徳ではないな」
魔女は子供を諭すような口調で続ける。
「もう一度だけ忠告しておこう。君の呪いは裏返せば加護でもある。それを取り除くことで明日か、あるいは今夜の内に死ぬかもしれない」
「……きっとそれは……今までの、報いだと思います」
言葉にしてみると胸に痛みが走る。
「僕がいなければ今もあの人たちは生きていたかもしれなくて、これ以上、同じことを繰り返しちゃいけないって、そう思ったんです」
自分さえいなければと考えて行動に移そうとしたこともある。しかし自ら招いた死が他人に向かったらと不安になって、今は考えるだけに留めている。
それでも窓に向かって走り出したのは、始めて死の兆候に間に合うと思ったからだ。
暗い回想の重たさで、自然に視線が下がっていた。泥に沈んだような心と一緒に首を持ち上げると、呆れ顔の魔女が立っていた。
「始めのときにも言ったが、君は腹が立つほど自惚れているな」
それから大きなため息をついて、
「母親の命を奪って生まれた赤子は罪人か?」
そんな問いを投げてきた。しかし答えるより先に鼻で笑われる。
「赤子は親の願望で命を与えられたに過ぎない。そして君の呪いは私の知らない魔女のものだろう」
「……は?」
もれ出た問い返しが空中に溶けて、発したことを忘れても魔女は何も言わなかった。
「僕の、この呪いが……魔女によるもの?」
あらためて意味のある言葉にしてみると、自分の中に熱が生まれるのを感じた。
そう考えれば納得がいくし、誰にも分からないはずの運命を捻じ曲げるほど暇なのは、永遠に生きられる魔女ぐらいだろう。
気づけば内側の熱は心臓の鼓動に合わせて成長し、炎と呼ぶのが適切になっていく。名状しがたい感情に突き動かされ、一歩、また一歩と魔女に歩み寄る。
だが伸ばしかけた手は銀色の壁に阻まれた。
「……どいてください」
甲冑が目の前に立ちふさがり、変わらぬ無言のまま始めての威圧感でもって押し返してくる。中身の無い虚ろな存在であるはずなのに、隙間から見えない何かが漏れ出していた。
それでもなお冷たいままの金属は、爆ぜそうな衝動を落ち着かせるだけでなく、ぼんやりと胸当てに映った自分の姿を見ていると、体の芯までも冷えていくのが分かった。
ぱちぱち、ぱちぱち。
ふと耳に薪の爆ぜる音と似た、人間の生み出す拍手が届く。
気づけば周囲には撮影会のときと同じく、見物客による柵が出来あがっていた。
「ハラハラしたけど面白かったぞ!」
「ホント、演技じゃないみたい!」
「もしかして有名な役者さん?」
柵の外側から無数の言葉を投げつけられ、檻に閉じ込められた動物のようにうろたえる。まったく状況が飲み込めない。
すると甲冑の背後で黙っていた魔女が、両手を左右に広げて高らかに呼びかける。
「さてさて! この城に住むという魔女を訪ねてきた青年は、果たして自らの願いを叶えてもらうのか? はたまた同じ魔女というだけで断罪するのか?」
見物客の視線と関心が集まったところで、ぱしんと大きく手を叩き、
「続きは今宵、城のどこかで行われる儀式で決まる! 皆にはぜひ期待と恐怖を味わっていただくとしよう!」
さらに声量を上げた魔女は、最後に芝居がかったお辞儀を披露する。
いったい何なのかと口を開きかけたところで、壁役に徹していた甲冑に肘で小突かれた。
話を合わせるよう頼むためか、あるいは余計なことを言うなと警告しているのか、中身のない兜を見つめても判断できない。
少しだけ迷ってから小声で返す。
「……わかりました」
それから主役の魔女と同じ動きで頭を下げ、すぐ隣の甲冑も続く。
石畳へと向いた視界には、やがて惜しみない拍手と声援が届けられた。
「ちょっと怖いけど楽しみにしてるぜ!」
「無事に朝を迎えられるといいね!」
「やっぱりどこかの劇団員さんじゃない?」
見物客の柵が解けてからも夢の中にいるような、ぼんやりとした気分が抜けなかった。
「……月が出てきたな」
魔女がつぶやき、つられて顔を上げる。
遠くにあるはずの地平線に代わって、城壁の作る堤防から丸い物体が浮かび上がる。
月は沈んでもなお残る夕暮れの息吹に当てられ、赤い火星のような鈍い輝きを放っていた。
「学者の話では少しずつ離れているという話だが、私には変わらないように見える」
その言葉は自身への投げかけにも聞こえたけれど、そうですね、と返すだけに留めた。
小さく笑った魔女は変わらぬ口調で言った。
「これで君の出番は終わりだ。楽しかったよ」
月から隣に視線を移すと、少女の優しい表情が待っていた。
「君の瞳の奥から魔女の力を感じた。魔女による呪いを受けているなら、それも道理だ」
「……なんとなく、そんな気がしてました」
周りに死を押し付けて自分だけが助かる幸運と不幸は、運命というものを捻じ曲げられる存在にしか成し得ない。そんなことができるのは神か魔王、あるいはそれに類する何かだ。
「私たちが憎いかね?」
食べ物の好き嫌いについて聞かれたみたいで、自然と口元に笑みが浮かぶ。
「始めは憎いというよりも怖かったです。でもあなたは僕の呪いを解いてくれると言った」
「魔女もいろいろな出自を持っている。それこそ童話に描かれるような者も含めてな」
地下で見た彫像たちを思い浮かべれば、決して揺れることのない髪の1本にも異なる生き方が編み込まれているのかもしれない。
ふと素朴な疑問が湧いた。
「あなたのような魔女は、どうやって生まれるのですか?」
すると少女は月の光が反射する瞳を細め、どこか非難めいた眼差しを作る。
「そんなことを聞いてどうする? 君も魔女になりたいのか?」
「違いますよ。純粋な興味から知りたいんです」
答えを聞いて鈍く輝く両目が、何度かの瞬きで新月と満月を繰り返す。
「……何であれ、それを知った者を帰すわけにはいかない」
意図的に発せられたであろう低音での拒絶。それまで成り行きを見守っていた甲冑の動きにも同じ意志を感じたけれど、怯まずに言い返す。
「さっきあなたは僕の出番が終わったと言いました。それなら果たした労働の対価を受け取る権利があります」
「魔女のもてなしでは足りないと?」
「当たり前でしょう? だいたい僕の呪いを解くと宣言しておいて、もう用済みだから帰れなんて言いませんよね?」
きっと他の魔女が施した呪いであっても、解くことは可能なのだろう。でも城の外に出た時点で、もしかしたらとは思っていた。あえて自分たちを見世物にしたのも不自然な気がする。
そんな心情を見透かしているかのように、魔女は落ち着いた声で応じる。
「なるほどたしかに。君の本性は案外、私たちに近いのかもしれないね」
「ありがとうございます」
「褒めたわけではないのだが……まぁいい」
微苦笑の吐息と一緒につぶやいてから、おろおろしていた甲冑に命じる。
「テイクアウトを頼む。最後の晩餐になるかもしれないがね」
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