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自転車に名前つけるのだーれだ?
『銀輪ボイス』 もくふう 読了レビューです。
文字数:約1,800文字 ネタバレ:一部あり
・あらすじ
あるところに自転車の声を聴くことができる女の子がおりました。
その子が祖父の営む自転車店で誇らしげだったのも今は昔。
むしろ不要な能力として疎んじていたある日のこと。
彼女は「あるもの」を見てしまいます。
それは自転車の精霊だったのです──。
・レビュー
「○○の精霊が見える」というので思い出したのは石川雅之『もやしもん』で、それは肉眼で捉えられるはずのない、極めて微細な細菌が見える能力を持った青年の話だ。
サッカーを題材にしたマンガ、『キャプテン翼』では「ボールはともだち」と言っているけれど、Jリーグの公式キャラクター「Jリーグキング」が見えているわけではない。
見えてはいないけれど存在しているものとして認識するのであれば、パイロットが戦闘機に語りかけたりするのと近く、生物・無機物を問わないすべてに霊魂、もしくは霊が宿っているという思想、アニミズムの1つと言える。
けれども本作の場合は形あるものとされ、表紙から予想していたとおりの女性型として描かれる。
偏見を承知で言えば、スピードの出るスポーツタイプと呼ばれる自転車に関わるのは9割が男性であり、女子高生という設定の主人公が精霊を見れるというのも、地球とよく似た惑星における話だと思う。
ファンタジーであることを念頭に読み進めてみると、祖父が自転車店を営んでいたこともあるのか、自転車の仕組みや整備についてなど、作者のマジメな姿勢が見受けられた。
とくに1巻の第5話「もうひとつのこえ」では、新車で買ったものをすべて分解して組み直す、専門店が10万前後の工賃をかけて行うような作業が描かれており、自転車整備士の資格を持つ私は感心しきりだった。
◇
自転車で日本を旅したり、週に500kmくらい走っていた人間にとって、自転車は文字どおりの「相棒」と言える。
それは長い距離を楽に速く移動する道具として以上の、まるで自らの半身であるかのような、あるいは拡張された身体としての存在感を持つ。
だからといってペットのような固有の名前をつけるかといえば、もちろん人によって異なるし、「私の自転車」などと意識せずに名付けている場合もある。
本作の主人公は始めこそ自転車を嫌っていたけれど、あるクラスメイトとの出会いから変わり始め、やがて自分用の自転車を買うに至る。
そして自転車の精霊と言葉を交わし、新たなパーツを付けると精霊の姿もまた変わるという設定だ。
どことなくバトルマンガっぽいなと思いつつ、人が乗る道具としての自転車と、意思疎通が可能な存在としての精霊、その2つを描いた作品を他に知らない。
あくまで自転車は道具であり、冒険ファンタジーにおける剣や杖などと同じ扱いになりがちだ。また、自転車は近代における工業製品の1つとして認識され、本来であれば精霊といった宗教的なものと相性が悪い。
「きかんしゃトーマス」や「カーズ」など、それ自体が人間のように振る舞う作品はあれど、対となる存在として精霊を出現させるのは、おそらく原始宗教の範疇だと思う。
今のところ本作で描かれる精霊は、主人公とやり取りができるだけで物理的な干渉、つまり触れたりすることはできない。
作品の傾向としても三宅大志『ろんぐらいだぁす!』のような、主人公が自転車沼に沈んでいく話とは思えないし、インターハイ競技に出場する渡辺航『弱虫ペダル』と肩を並べるのは不可能に近い。
そのように考えると姿の見える精霊たちとのやり取りが今後、さらに重要になってくるだろう。
◇
本作は限られた読者層を狙っていると思うのだけれど、一方で自転車を題材にした作品は広がりに欠けることが多い。
それは自転車が道具であるという限界に起因しており、近年多いモノ主題の作品が共通して抱える欠点ではなかろうか。
そんなアキレス腱を克服するかもしれないのが、本作で描かれる自転車の精霊だ。
現状は物語のフックに過ぎないものの、地面しか走れない自転車が空中に浮くかのような、夢のある飛躍をして欲しいと期待している。
もちろん大多数の人にとって自転車は道具でしかなく、吐きそうな激坂を自転車で上るのは頭のおかしい人間だ。
ただ、おもちゃが動き回る「トイ・ストーリー」のような、もしかしたら、という夢を具現化してくれた作品が、私には眩しく見えたのだった。
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