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第115回/及川美紀、前野マドカ『幸せなチームが結果を出す――ウェルビーイング・マネジメント7か条』


「パーパス経営の模範例」ポーラ

『理念と経営』2024年11月号の「巻頭対談」は、株式会社ポーラ代表取締役社長の及川美紀氏と、経営学者の名和高司氏(一橋大学ビジネススクール客員教授)をお招きしました。

ポーラは2029年に創業100年の佳節を迎える老舗大企業ですが、その長い歴史の中で初の女性社長となったのが及川氏です。

2020年1月の社長就任直後にコロナ禍に見舞われ、ポーラは大きな打撃を受けました。同社の屋台骨は全国2万人超の「ビューティーディレクター」(ポーラショップの美容部員。旧呼称「ポーラレディ」)による対面販売なのに、コロナで対面が難しくなったからです。
及川氏が社長としてその危機にどう立ち向かったのかが、対談テーマの1つになっています。

対談相手の名和氏は、日本における「パーパス経営」研究の第一人者です。
氏は、ポーラをパーパス経営の模範例として高く評価しています。当連載でも最近取り上げた(第112回)名和氏の近著『超進化経営――勝ち続ける企業の5つの型』(日本経済新聞出版)でも、かなりの紙数を割いてポーラに論及しているのです。

及川氏がポーラを率いてコロナ禍を乗り越えるに当たっても、パーパスを見直し、社員たちによる“パーパスの「自分ごと」化”を推進していったことが、大きな力となりました。そこまでの道筋が語られた、「パーパス経営」対談ともいうべき内容です。

その巻頭対談との併読をおすすめしたいのが、今回取り上げる及川氏の著書『幸せなチームが結果を出す』。幸福学研究の第一人者・前野隆司氏(慶應義塾大学大学院教授)のパートナーで、自らも幸福学研究者である前野マドカ氏との共著です。
及川氏は2021年に「ポーラ幸せ研究所」を設立して所長になりましたが、前野夫妻は同研究所の「アドバイザー」です。

「ポーラ幸せ研究所」設立の舞台裏も、巻頭対談で語られています。ただ、限られた紙数なので、同研究所についてあまり掘り下げてはいません。だからこそ、本書を併読すれば、巻頭対談がいっそう深く味わえるはずです。

なぜポーラが「幸せ研究」をするのか?

ポーラは化粧品メーカーですから、「美についての研究所」を作ったのなら、すんなり納得がいきます。そうではなく、なぜ「幸せ研究所」だったのでしょう?

設立のいきさつについて、『理念と経営』の巻頭対談でも触れられていますので、及川氏の発言部分を引用します。

《コロナ禍という未曽有の危機に直面して、しかも新米社長だった私は、迷いが深かったからこそ、方向性を決めるためにいろんな調査を行いました。その一つとして行なった顧客満足度調査の中で、「ポーラの化粧品を使う時間は、あなたにとってどんな時間ですか?」という設問に対して、多くのお客様が「私にとって必要不可欠な、豊かな時間です」と答えてくださったのです。一般的には、スキンケアに対して「ルーティン」「面倒だけれど、しなければならないこと」とネガティブな捉え方が多いのに対して、ポーラの商品だけは突出してポジティブだったのです》

ポーラの化粧品を使う顧客は、「豊かな時間」――言い換えれば「幸せ」を感じてくれている。そこにポーラのコア・コンピタンス(中核的な強み)があると感じた及川氏は、その強みを深く掘り下げようと考えました。幸せ研究所の設立は、1つにはそのためだったのです。
そしてそれは、ポーラが掲げてきた企業理念「美と健康を願う人々及び社会の永続的幸福の実現」に、改めて真正面から向き合うためでもありました。

また、同時期に行った調査では、「ポーラのビューティーディレクターたちは一般の働く女性よりも幸福度が高い」との結果が出たそうです。そのことも、幸せの追求がポーラを強くするという確信を深め、「幸せ研究所」設立を後押ししたのでした。

社員の幸福度が高まれば業績も上がる

「コロナ禍で業績が悪化したのだから、最優先すべきは業績の回復だろう? 『幸せ研究』などというふんわりしたことに取り組んでいる余裕はあるのか?」と思う向きもあるかもしれません。

もちろん、及川社長は業績回復への取り組みも並行して進めたのですが、「幸せ研究」に取り組んだことにも合理的な理由がありました。

本書の「はじめに」で、及川氏は次のように書いています。

《幸福度とビジネス上の成果に強い相関があることは様々な研究によって裏付けられています。言い換えるなら、働く人の幸福度が高まれば業績的な成果は後からついてくるのです》

まさに本書のタイトルに言うとおり、「幸せなチームが結果を出す」のです。

高度成長期までの日本企業は、社員の幸福の優先度が総じて低かったと思います。社員は会社に対して滅私奉公する姿勢が基本であり、休日出勤や長い残業が常態化し、家庭を顧みずに働く姿勢がむしろ賞賛されました。

そうした「企業戦士」たちの奮闘で戦後日本が繁栄してきた面はあるにせよ、いまはもうそんな時代ではありません。

社員の幸福、豊かな生活、健康などがしっかり保たれてこそ、会社の業績も上がる。また、社員が自らの幸福を犠牲にして会社に尽くすあり方は間違っている……時代の趨勢からも、さまざまな研究のエビデンスからも、そうした考え方が主流になってきたのです。

「ウェルビーイング経営」が、重要な経営課題として世界的にクローズアップされているのも、そのためです。「CWO」(チーフ・ウェルビーイング・オフィサー)や「CHO」(チーフ・ハピネス・オフィサー)といった、「幸せ担当役員」を置く大企業も増えています。
ポーラが「幸せ研究所」を設立したのも、1つにはそうした趨勢に沿ってのことでした。

そして、本書はポーラの「幸せ研究」の中間報告ともいうべき内容になっています。

「幸せなチームづくり7か条」の普遍的価値

全6章から成る本書は、1~2章で前野マドカ氏が、「幸せ経営が組織を強くする」理由や、幸福度を高める因子などについて解説。続く第3章で、及川氏がポーラ幸せ研究所の設立経緯や取り組みを振り返っています。

そして第4章では、幸せ研究所の研究によって見いだされた「幸せなチームづくり7か条」が、詳細に解説されます。
これは、ポーラショップで働く人たちを対象に、計3回行われた大規模な調査の結果を分析したものです。

ポーラショップで働く人たちの幸福度が高いのはなぜか? また、ショップ・オーナーの中には「幸福度が高く、成果も出しているオーナー」と、「幸福度は高いが成果は低いオーナー」がいるが、その違いを生み出すポイントは何か? そうしたことを分析・検証していきました。

その結果導き出された「幸せなチームづくり7か条」(=本書の副題に言う「ウェルビーイング・マネジメント7か条」)は、普遍的な価値を持っています。全国のポーラショップを分析したものではありますが、化粧品業界に限った話でも、女性の職場に限った話でもないのです。

たとえば、読者のあなたが男性社員中心の中小製造業の経営者であったとしても、自社のチームづくりに本書の「7か条」はすべて活かせるはずです。

終盤の5~6章は、「幸せなチームづくり7か条」を読者が実践するための応用編になっています。

たとえば、第5章は《「幸せなチームづくり7か条」実践のためのQ&A》です。
この章では著者2人が、7か条を実践する際にぶつかりやすい壁を乗り越えるためのアドバイスを、質問に答える形で行っています。

「チームビルディング」はいまや経営の重要課題の1つであり、それをテーマにした本も続々と刊行されています。
『理念と経営』でも、最新号――及川氏が巻頭対談で登場している2024年11月号――で「掛け算のチームビルディング」という特集を組んでいます。

本書は、ウェルビーイング経営に的を絞ったチームビルディングの解説書として、時宜にかなった好著と言えるでしょう。

及川美紀、前野マドカ著/日経BP/2023年9月刊
文/前原政之

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