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第103回/工藤公康『プロ野球の監督は中間管理職である』


プロ野球の名将によるリーダー論

スポーツチームの監督の仕事は、企業経営によく似ています。プロ野球の監督はとくにそうです。野村克也氏、広岡達朗氏、落合博満氏、栗山英樹氏など、プロ野球の名将たちの著作を愛読する経営者が多いのも、そのためでしょう。

『理念と経営』でも、2ページのコラム「名将・野村克也――リーダーに不可欠な人生と仕事」(山城真路氏)を長期連載しており、読者の中小企業経営者に人気があります。

今回取り上げる『プロ野球の監督は中間管理職である』の著者・工藤公康氏も、言わずと知れたプロ野球の名将の1人です。
現役時代には球界屈指の名投手として華々しく活躍。引退後には福岡ソフトバンクホークスを監督として率い、2015年から21年までの在任中、3度のリーグ優勝、5度の日本一(日本シリーズ優勝)を成し遂げました。プロ野球の世界では「名選手、名監督にあらず」とも言われますが、工藤氏は例外の1人と言えるでしょう。

本書は、7年間の監督経験を踏まえて語った、工藤氏のリーダー論と言える1冊です。

なぜ監督が「中間管理職」なのか?

一般に、プロ野球の監督は社長になぞらえて語られることが多いでしょう。それに対して、本書はあえて中間管理職になぞらえたタイトルが目を引きます。

それはまず、“球団組織全体を考えれば、1軍監督といえども中間管理職だ”というあたりまえの話でもあります。組織図を見れば、監督の上にはGM(ゼネラルマネージャー)がいて、その上には球団社長、さらに上には会長、トップにはオーナーがいるのですから……。

ただし、本書でタイトルに『プロ野球の監督は中間管理職である』と謳った真意は、それだけではないでしょう。このタイトルには、著者の監督観・リーダー観が込められているのです。

そしてそれは、工藤氏が監督2年目の失敗を経て辿りついた、大切な「気付き」が反映された監督観に他なりません。

工藤氏は監督就任1年目(2015年)にホークスのリーグ優勝、さらには日本一まで成し遂げています。しかし、2年目の翌16年にはリーグ2位に終わってしまいました。

その失敗の予兆は、実は1年目の大成功の中にすでにあったのです。工藤氏も、コーチ経験もない新人監督として1年目に日本一を成し遂げたことが、《知らず知らずのうちに、私の中に慢心を生んでいたのかもしれません》と述懐しています。

《失意のシーズンを終え、私は、「監督とはどうあるべきなのか」を考え直すことにしました》
――そのときの深い内省と思索から生まれてきたのが、《監督とは「中間管理職」である》という気付きだったのです。

プロ野球の1軍監督とは、編成部長・コーチ陣・2軍監督などと力を合わせ、勝つためのチームづくりをする立場であり、選手たちとも常にコミュニケーションを密にしなければならない……そんなあたりまえのことに、工藤氏は改めて気付いたのでした。

そして、《自身の野球観を頼りに方針を押しつける唯我独尊のリーダー》であった1年目の自分は、中間管理職としての役割がわかっていなかった、と深く反省しました。

2016年シーズンに経験した挫折と失敗を踏まえ、氏は《自分自身を変えていかなければいけないのだと決意》します。《唯我独尊のリーダー》であることをやめ、皆と協力してチームをつくっていく共感型リーダーを目指すと決めたのです。

本書は、そこから始まった工藤氏の自己改革と、改めてチームビルディングをしていった舞台裏を明かしたものと言えます。

経営者、中間管理職向けのリーダー論

「この本は、プロ野球に詳しい人でなければわかりにくいのでは?」――そう思う人もいるかもしれませんが、その心配はご無用。プロ野球に詳しくなければわからないような記述は、本書にはまったく出てこないからです。

本書の特徴として、具体的なホークスの選手名は出てこないことが挙げられます。実名で登場するのは、孫正義球団オーナー、王貞治会長、前任監督の秋山幸二氏、それに工藤氏の現役時代の先輩たちくらいなのです。
監督時代のエピソードを紹介するにあたっては、「ある選手がこう言いました」などという匿名スタイルが貫かれています。プロ野球に詳しくなくてもわかりやすい本にするため、意図的にそうしたスタイルが選ばれたのでしょう。

また、版元による本書の宣伝文では、《こんな方におすすめ》として、1番目に《マネジメントに試行錯誤しているリーダー》、2番目に《組織運営に悩む中間管理職》、最後の3番目に《プロ野球ファン》が挙げられています。

そのことが示すとおり、本書はプロ野球ファン向けというより、経営者、もしくは中間管理職向けなのです。プロ野球に詳しい人ほど面白く読める内容ではありますが、野球の知識は必須ではありません。だからこそ、当連載で取り上げたのです。

中小企業経営者が読めば、マネジメントと人材育成についてのヒントがたくさん得られるでしょう。本書に紹介された、工藤氏がホークスを「常勝軍団」にするために打った手の1つひとつが、いずれも「野球にしか通用しない話」ではなく、リーダー論としての普遍性を持っているからです。

普遍性が感じられる一例を挙げてみます。

《私は2017年以降、選手と技術的な話をしたいときには、事前に必ずコーチに確認を取り、できるだけコーチを含めた三者で話し合うようにしていました。
 リードについて捕手と話したいときには、バッテリーコーチを含めた三者で、野手と打撃について話したいときには、バッティングコーチと三者で話すようにしたのです。
(中略)
 チーム全体が「日本一になる」というひとつの目標に向かって一致団結するには、誰ひとりとして、自分が管轄する分野について「そんな話、聞いてないよ」というようなことがあってはならないのです》

これはそのまま、中小企業の社長が持つべき心構えに置き換えられるでしょう。
たとえば、社長が営業マンと営業のやり方について話し合うときには、できるだけ営業部長を含めた三者で話し合うべきです。社員と社長だけで話し合ってしまったら、部長は不満や疎外感を覚え、会社全体の団結に悪影響を及ぼすからです。

そのように、経営者が読んでもリーダー論・組織論として得心がいく知恵が、随所にちりばめられています。

強権型ならぬ「共感型リーダー」の時代

工藤氏は2017年以降、リーダーとしての自己変革をし、そのことによってホークスのチームビルディングを推進していきました。

たとえば、試合のスターティングメンバーや打順についても、《ほとんど私が決めていた2016年までと違い、2017年からは、私とコーチ陣がそれぞれに原案を持ち寄った上での合議制で決めるようになった》とのことです。

そうした改革が奏功し、ホークスは2017年から20年まで、日本シリーズ4連覇の快挙を成し遂げたのでした。工藤氏は自分の改革の正しさを、見事に実証したと言えるでしょう。

本書を読んでしみじみ思うのは、昭和型の「監督の言うことは絶対」「つべこべ言わずに俺についてこい!」という強権型・ワンマン型のリーダーシップは、もはや完全に時代遅れだということです。

2016年までの工藤氏の監督スタイルは、昭和型に近かったと言えます。しかし、それがもう通用しないことを、16年の挫折で氏は痛感し、翌年からは共感型のリーダーシップにシフトしたのです。

たとえば、こんな一節があります。

《今は「うるさい!」が通用しません。選手からの質問に対し、理路整然と答えられる監督・コーチでなければ、存在意義そのものが危うくなってしまう時代に突入したのです》

選手を上から押さえつけるのではなく、共感を重んじる指導スタイルは、栗山英樹氏など、21世紀の名将に共通するものでしょう。

そして、それは野球に限ったことではなく、企業経営においても然り。本書で明かされた工藤氏のマネジメントは、中小企業経営者にとっても1つの手本となり得るのです。

工藤公康著/日本能率協会マネジメントセンター/2024年6月刊
文/前原政之

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