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第36回/出雲充『サステナブルビジネス――「持続可能性」で判断し、行動する会社へ』
「サステナビリティ・ファースト」を高らかに宣言
『理念と経営』2022年12月号には、株式会社ユーグレナの出雲充代表取締役社長と、経営学者・入山章栄先生(早稲田大学ビジネススクール教授)の「巻頭対談」が掲載されています。
ユーグレナは、世界で初めて微細藻類ミドリムシ(学名:ユーグレナ)の食用屋外大量培養に成功した企業であり、出雲社長はその創業者です。
同社は、ミドリムシの広範な利用を中心としたさまざまな事業(ヘルスケア事業、エネルギー・環境事業など)を行ってきました。
ユーグレナが行うビジネスの最大の原則は、「サステナブル(持続可能)であること」。
「それは儲かるのか?」という判断基準だけでなく、「それは(環境保護等の観点から)持続可能なのか?」と問い、サステナブルなビジネスのみに絞って展開しているバイオベンチャー企業なのです。
環境NPO(非営利団体)や小さなスタートアップではなく、株主に利益を還元することが求められる東証プライム上場企業が、そのように明確なソーシャルビジネス志向を打ち出すことは稀でしょう。
そして、ユーグレナは2020年、創業15年の節目に合わせ、「サステナビリティ・ファースト(Sustainability First)」を「ユーグレナ・フィロソフィー」として掲げました。
もちろん、それ以前からずっとユーグレナは「サステナビリティ・ファースト」の企業だったのですが、それをあえて経営理念・パーパスとして、改めて社内外に打ち出したのです。
巻頭対談では、出雲社長が「サステナビリティ・ファースト」に込めた思い、ソーシャルビジネスで世界を変えようとする「志」を熱く語っており、感動的です。
そして、出雲社長が2021年1月に上梓した本書は、まさに「サステナビリティ・ファースト」を高らかに宣言した一冊であり、巻頭対談と響き合う内容です。併読すれば、いっそう深い感動を味わえるでしょう。
出雲社長のフィロソフィーを開陳
これは、出雲社長にとって2冊目の単著に当たります。
1冊目の『僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。』(ダイヤモンド社/2012年)は、世界で初めてミドリムシの大量培養に成功するまでの道筋など、ユーグレナ創業期のドラマがエピソード中心に描かれていました。
それに対し、本書は出雲社長が師(メンター)と仰ぐムハマド・ユヌス氏(「グラミン銀行」創設者・経済学者/ノーベル平和賞受賞者)への敬愛など、「思い」「志」に焦点が当てられ、ビジネス書としての色合いは希薄です。
ビジネス書というより、ソーシャルビジネスに人生を懸けた出雲社長のフィロソフィー(哲学)を開陳した一冊と言えます。
全3部構成で、第1部「原点――ユヌス先生とソーシャルビジネス」では、ムハマド・ユヌス氏の業績を振り返ることを通じて、出雲社長が考える「ソーシャルビジネス」とは何かが綴られます。
また、出雲氏の起業家としての原点となった、青春時代のユヌス氏との出会いや、バングラデシュでの経験も紹介されています。
続く第2部「挑戦――ユーグレナのサステナブルビジネス」では、ユーグレナが取り組んでいる「サステナブルビジネス」とはどのようなものかが紹介され、その背景にある「思い」「志」が綴られます。
読者の中小企業経営者の中にも、事業を「サステナブルビジネス」にシフトしていこうと考えている人は多いでしょう。そうした人にとって、この第2部は、目指すべき方向を示す羅針盤になり得る内容です。
2025年に世界の潮目が変わる?
そして、最後の第3部「未来――サステナブルな社会の実現に向けて」では、サステナブルビジネスのこれからが展望されています。
その中では、2025年を境に、ソーシャルビジネスを歓迎する機運が一気に高まる……という見通しがくり返し語られます。なぜならこの年、「ミレニアル世代」(2000年代になってから成人した世代)が生産年齢人口の過半数を超えるからだ、というのです。
《私は、ミレニアル世代が世界の生産年齢人口の過半数を占める2025年までに、これまでの資本主義のビジネスから、ソーシャルビジネスやサステナブルビジネスが主流となる持続可能な社会へと世界は大きく変化すると考えています》
《2025年は、ミレニアル世代がいよいよ生産年齢人口の過半数を超えるからです。民主主義社会においては、この「過半数」が非常に重要になります》
もちろん、これは「予言」のたぐいではなく、統計学的な予測です。
選挙で過半数を取った側が勝利するように、社会の過半数を占める人々の意見・志向が世の中の流れを決定づけていくのは事実でしょう。
国政選挙などにおける投票行動、毎日の消費行動、仕事や人生に対する基本姿勢(どんな基準で就職先を選ぶかなど)など、すべての側面において、2025年以降、ミレニアル世代がマジョリティ(多数派)となり、時代の主役となるのです。
たとえば、昭和の高度成長期やバブル時代を生きてきた「団塊の世代」と、物心ついたときにはもう日本の「失われた30年」が始まっていた「ミレニアル世代」では、基本的な考え方や感性が決定的に違って当然でしょう。お金儲けを最優先する姿勢の持ち主は、ミレニアル世代には少ないはずです。
また、ミレニアル世代は、子どものころから環境問題の深刻さを強く印象づけられてきただけに、総じて環境意識が高いのも特徴です。
そのミレニアル世代が社会のマジョリティになる2025年を境に、社会の価値観が大きく変わるという見立てには、説得力があります。
『理念と経営』12月号の巻頭対談でも、出雲社長はこの“2025年の大転換”について熱く語っています。そしてそれが、企業経営のあり方にも決定的変化をもたらすと指摘しているのです。
《パーパス経営も、いま先んじてそれを掲げている経営者はみんな変わり者です(笑)。でも、2025年以降は、パーパス経営がむしろあたりまえになるでしょう。パーパス経営を掲げていない企業、お金儲けしか考えていないような企業には、優秀な学生は一人も応募しなくなるのです》
言い換えれば、「それは持続可能なのか?」と常に問い、サステナブルビジネスを志向する企業こそが主役となる時代が、いまからたった3年後に到来するという指摘です。
また、《ということは、読者の中小企業経営者も、3年後に訪れる日本社会の大転換を見据えて、いまから会社のありようを変えていったほうがいいのでしょうか?》という私の問いに対して、出雲社長は《絶対にそうですよ。また、ユーグレナのようにサステナビリティ重視の経営をして、いまは苦闘している中小企業も多いでしょうが、あと3年辛抱することです》と応じています。
サステナブルビジネスを明確に掲げている中小企業はもちろん、そうではない企業も、経営姿勢を見直すべき時なのかもしれません。
本書は、そのような「時代の潮目」の変化を鋭く捉えて、経営者を啓発する力強い一冊です。
出雲充著/PHP研究所/2021年1月刊
文/前原政之