見出し画像

第102回/池上重輔『サクッとわかるビジネス教養 経営学』


経営学の「基本のき」を手際よくまとめる

昨年(2023年)創業100周年を迎えた老舗である新星出版社の人気シリーズ「サクッとわかるビジネス教養」の、5月に出た新刊です。

このシリーズは、各分野の基本的知識を、イラストや図表満載、オールカラーで平易に概説するもの。本書もしかりで、《初学者向けに経営学の複雑な概念・理論・フレームワークをわかりやすいイラストで解説しています》(版元による紹介文より)。

初学者用とはいえ、早稲田大学大学院経営管理研究科の池上重輔(いけがみ・じゅうすけ)教授を監修に迎え、各項目とも経営学の最前線をきちんと踏まえた解説がなされています。

160ページほどのコンパクトな内容ですが、その中で「経営戦略」(1~2章)、「マーケティング」(3章)、「組織マネジメント&人的資源」(4章)、「会計&ファイナンス」(5章)、「デジタルとナレッジマネジメント」(6章)など、経営学の「基本のき」が一通り概説されています。

また、終章となる第7章は「現代経営のトピックス」と銘打たれ、SDGsや健康経営、リスキリング、人的資本経営などという目新しい言葉が取り上げられています。

当然、幅広く奥深い経営学の世界を1冊で網羅できるはずもなく、本書は学び始めるための最初の扉――入門書という位置づけです。
巻末には「経営学についてさらに理解を深めるための推薦書籍」というブックガイドのページもあり、本書を入り口にしてさらなる学びを進めていくことが推奨されています。

ただ、これまで経営学に触れてこなかった人が最初の1冊として読むためには好適な内容と言えます。

中小企業経営者にこそオススメ

監修者による「はじめに」には、次のような一節があります。

《経営学は中堅幹部の方や社会人1年目の方にも多くの示唆を与えてくれます。「自分がなぜ今の仕事を任されているのか」を客観的に認識することができ、その位置づけがわかるようになり、組織をよりよい方向に導くために自分がどう動くべきかということも見えてくるでしょう。起業を意識する人には事業計画を立てる基盤を提供します》

つまり、「本書は、いまはまだ経営者でない人にも向けて書かれていますよ」ということでしょう。将来的に経営者になるかもしれない人が、「経営者目線」で物事を見られるようになるためにも、この本は役立つのです。

また、本書には中小企業経営者を意識した文言が随所にあり、主要な想定読者の1つになっていることが伺えます。たとえば――。

《経営学はいかに効率的かつ効果的に経営資源を活用するかに関するヒントを提供しますが、それは資源の少ない中小企業にこそ必要なものです》

「うちは中小企業だから、経営学なんて必要ないよ」と思い込んでいる人は多いでしょう。でも、それは大きな勘違い。リソースの乏しい中小企業だからこそ、それを有効活用するためには経営学の知見が重要になるのです。

また、身も蓋もないことを言えば、中小企業経営者で経営学をきちんと学んできた人は少数派であり、だからこそ、学んだ分だけ他の中小企業と差をつける原動力になります。「必要ない」どころか、むしろ中小企業経営者こそ経営学を学ぶべきなのです。本書は、そのための大きな一歩になるでしょう。

逆に言えば、大企業経営者なら、本書に書かれていることは知っていて当然であり、想定読者には入っていないと考えられます。

じっさい、私が『理念と経営』で取材した多くの中小企業経営者の中には、「事業承継したときには、経営のことなど何も知らなかった。決算書の読み方すらわからなかった」と述懐する人が少なくありませんでした。
先代の社長が急病で倒れたなどの事情から、継ぐつもりがなかった家業を継ぐケースも多いからです。

よくも悪くも、中小企業経営にはそうした側面があります。だからこそ、経営者が経営学を学ぶことが大きなアドバンテージとなるのです。
逆に大企業経営者なら、MBA取得者や、海外のビジネススクールへの留学経験者なども当たり前にいる世界なので、経営学を学ぶことで他社と差別化するのはなかなか難しいでしょう。

経営学の学び直しにも役立つ

では、経営学の基本をすでに学んでいる人には、本書は無用でしょうか?
そうではありません。本書は経営学の「学び直し」の第一歩としても役立つのです。

元外交官で作家の佐藤優氏は、著作の中でしばしば、中学や高校の教科書、あるいは大学受験用の参考書などを、ビジネスパーソンが「大人の学び直し」に活用することを推奨しています。

たとえば、『読書の技法』(東洋経済新報社)では第5章が「教科書と学習参考書を使いこなす」になっていますし、『人生に必要な教養は中学校教科書ですべて身につく』(池上彰氏との共著/中央公論新社)という著作もあるほどです。

中・高の教科書や受験用参考書が「大人の学び直し」に好適なのは、言うまでもなく、各分野の大切なポイントが手際よく1冊にまとめられているから。
10代のころに一度学んだとはいえ、社会に出てある程度の年月が経つと、細かいことは忘れてしまっているケースが多いでしょう。だからこそ、教科書や参考書を読み直してみると有益なのです。

同様に、経営学について学生時代などに一通り学んだ人であっても、本書のような概説書でザッと学び直しをしてみると、思いがけない発見がたくさん得られるはずです。
たとえば、「わかったつもり」になっていた用語の意味を勘違いしていたことに気付いたり、自分の知識にポッカリ抜け落ちた部分があることに気付いたり……。
学問の「基本のき」に時々立ち返ってみることは、たいへん重要なのです。経営学についてもしかり。

経営学にこれまで触れてこなかった中小企業経営者と、かつて経営学を一通り学んできた中小企業経営者――どちらにとっても、本書は役立つでしょう。

池上重輔監修/新星出版社/2024年5月刊
文/前原政之


いいなと思ったら応援しよう!