エンカレッジで少し自分のことが好きになれた話。
りんだです。
社会人になっていきなりテレ環まっしぐら。慣れない環境下で、初心がだいぶ薄れてきているので、学生生活の振り返りと初心を思い出す意味でこの記事を書くことにしました。※文才皆無なので、読みにくいですご了承ください。
もともとの自分
※自分語りが長くなりますが了承ください、これも伝えたいメッセージです
私の出身は香川県で、大学は大阪の大学を出ています。地元ではなく、新たな環境で自分自身をやり直すために大阪に出ることにしました。
大学時代はサークルでバスケットボールをやっていました。私は過去にバスケットボールをやっていて、中学時代には全国大会に出場したこともあります。しかし、高校で伸び悩みいじめを受けました。バスケットボール以外に何もなかった私は、過去の栄光に縋りつくことで自我を保ち、大学のサークルに入っても「中学の時は~」と、半分ネタにしながらもマウントを張る、悲しい人間でした。
サークル以外の人間関係でも、自分の本当に言いたいことが言えない。また「こんなことがやってみたい!」と思っても、「どうせ自分なんて・・・」「他の人にどう思われるか・・・」と自分で自分にブロックをかけていました。
要するに、自分を変えるために大学に来たのに、結局変わることができない。そんな大学生活を過ごしました。
就活との出会い
そんな自信のない自分のまま、サークルを引退し就職活動の時期を迎えます。最初は「高校の奴らにマウントを張りたい」という思いから、有名企業の秋インターンに申し込みました。
しかし、やりたいことと違う。「自分のやりたいことって何だろう・・・」と考えていた時に、ゼミのOBを通じて、人材業界とキャリア教育について知りました。
そのとき衝撃を受けていたことを覚えています。何を言われたか端的に書くと、①これから自分で人生は変えられる ②これからは隷属的な人は淘汰され、主体性のある人が生き残る ということでした。
それを聞いた私は「そんな人になりたい」と思うとともに、「絶対高校時代の奴らを見返す」という復讐心に似た思いが強く芽生えました。
そこから私は人材業界の企業を片っ端から受けました。ベンチャーから有名企業まで、約60社ほど。死ぬほどESを書いて、死ぬほど面接を受けました。
しかし、結果はことごとくお祈り。自己分析をしたはずなのに、自分自身のことを魅力的に話せない状況が続きました。
ここで初めて自分自身が
「自分のことが嫌いで、自信がない」
ことを認識しました。
今まで漠然とした生きづらさは感じていたのですが、ここまできちんと「自分が嫌い」と認識した経験は初めてでした。
面接を受けるたび自分のことを話せなくなり、「どうせ自分なんて・・・」と自己嫌悪に陥り、また面接を受けて・・・の負のループを繰り返していました。
そんな自分を少しでも変えて魅力的に伝えるために、何十冊とビジネス書を読み漁って面接で話せるようにしたり、いろんな社会人と会って勉強させてもらったりしました。それを通じて段々と自分のことを話せるようになってきたのですが、しかし面接が通りませんでした。
そこで「もう一度自己分析をしよう」と思い自分と向き合った結果、「自分のような人を救いたい」という思いに気づき、その手段が少し人材業界の業務とズレていることに気が付きました。そこで大きく方向転換し、研修・組織コンサルティングの業界を受けることにしました。
「やりたいこと」「自分の強み」が明確に分かった私は、自分自身のことを力強く話せるようになり、結果第一志望の企業に内定を貰うことができました。この時点での私は、就活を始める前の自分と大きく変わっていました。
この経験から、就活を通じて自分と向き合うことで、自分自身に対して少し自信が持てるようになることに気が付きました。
エンカレッジとの出会い
無事に就活を終了した私は、「就活での経験を後輩に還元したい」と思っていました。何か手段はないかと探していると、就活中に出会った友人からエンカレッジに誘われ、ジョインすることになりました。
入った当初は「自分が人の役に立てるかもしれない!」とめちゃめちゃ楽しみにしていたことを覚えています。
大きな挫折と自分への気づき
しかしそんな思いも束の間、大きな壁にぶち当たることになります。当初私は、「相談に来た学生に面談をする」という風に認識をしていたのですが、実際には「自分たちで開拓して、価値提供をする」ことが求められました。
そこからサークルの後輩に声をかけて少しずつ開拓はしたものの、全く知らない人を開拓することができませんでした。声をかけたり、紹介を頼んだり・・・そういったことに対して、のらりくらりと逃げていました。
私が成果を出せないときは、支部でも成果が出ず伸び悩んでいた時でした。そんな時に支部長から受けたフィードバックで気が付いたのが、
「嫌なことから逃げ続けるから成果を出せない」
ということでした。
確かに今までの人生を振り返ってみると、高校の時には嫌な練習は本気で取り組まなかったし、いじめてきた奴らにも、その後が怖くて抵抗することを諦めていました。
その時の私は、今の自分が生まれた原因を全て他責にしていました。確かに、いじめてきた奴らも悪い。しかしそれに抵抗しなかった自分も悪い。それに初めて気づいた私は、エンカレッジで
「嫌なことに立ち向かう自分になる」
そう決め、徹底的に新規開拓に向けて行動しました。
一人じゃなく、みんなで遠くへ行こう
行動を始めてみたはいいものの、全く成果が出ない時期が続きました。折れずに頑張ろうと思っても、どうしても折れそうになるときがありました。
そんな時に支えあえたのが、支部のメンバーです。私の支部のメンバーに共通していたことが「就活生に価値提供したい」とともに「自分自身を変えたい」ということでした。
過去にやりきれなかった自分。認められない自分。そんな自分を変えたいメンバーとお互いの過去を語り合い、それぞれのなりたい自分を知りました。
自分のことを、他の人にも重ねてしまう。だからこそ、放っておけない。そんな関係性を気づくことができた私、いや私たちはお互いに励ましあうことでくじけそうな時を乗り越えてきました。
アフリカのことわざに「早くいきたいならひとりでいけ、遠くへいきたいならみんなでいけ」というものがあります。その言葉を体現し、折れそうになったときも励ましあうことで、段々と成果を出すことができるようになりました。
気が付いたら、後輩に慕われるように
新規開拓ができるようになった私たちは、がむしゃらに活動をつづけました。本来は自分たちを変えるための活動ではなく、後輩への価値提供を行う活動のため、価値向上のために心理学やコーチングを学ぶなど、自己研鑽にも進んで取り組みました。
その結果、自分の担当学生は90人を超え、イベントで関わったことのある学生は150人を越えました。
それだけ関わった学生がいると、学校で「あ!りんださんや!」「面談してくださいよ~」と言われるように。支部のメンバーとがむしゃらに励ましあいながら突っ走ってきたら、気がついたらたくさんの人たちに価値を届けていました。
この時には
「嫌なことから逃げない自分」
になったと同時に、
「そんな自分のことが少しだけ好き」
になりました。高校時代からついていた足枷が、気がついたら外れていました。
結局何が言いたかったのかというと
(段々書いてて迷走してきた・・・)
改めてこの活動を振り返ってみると、やっていなかった自分を想像して怖くなります。たぶんやってなかったら、今社会人として働けていないかもしれません。
社会人って最初は結構きついことも多いです。できない自分にもたくさん直面します。ただそれにも向き合えているのは、エンカレッジで自分自身と向き合い、後輩と向き合うことで「嫌なことから逃げない自分」になれたからだと、今はっきりと言えます。
だからこの記事を読んでいるあなたに伝えたいことは、
「エンカレッジは、自分を変えることのできる組織」
だよ、ということを伝えたいです。
まとめ
もしかしたらこの記事を読んでいるあなたは、少し生きづらさを感じているかもしれません。この記事を読んで、自分と向き合い、自分自身のことを変えたいと思ってくれたら嬉しいです。
もしそう思えたならば、ぜひエンカレッジで活動を検討してみてください。最高の仲間とともに、最高の変化をしてみませんか。
最後に、エンカレッジで関わってくれた支部のみんな、他支部のコンサルメンバー、社会人マネージャーに心から感謝を。