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僕の部屋にいる蛾の話

1ヶ月前から、僕の部屋に蛾がいた。

ある朝、見上げると天井に蛾が止まっているのを発見した。テッシュを手に取り、椅子を登って潰そうとしたが、微塵も逃げる気配がない。自分の死が近づいているにも関わらず、なんて太々しい態度なんだ。

人間ならば、こめかみに拳銃を突きつけられている状態だ。

潰そうと思った手を止めて、僕はついついその蛾に見惚れてしまった。


数日後、ふと横の壁を見ると蛾が止まっていた。

また太々しい態度で止まっている。何かをしているとなく、ただ止まっている。彼にとって、止まることが仕事なのであろう。生きているのだ。

僕は思った。「彼と共存しよう、一緒に思い出をつくろう」

僕は人間関係不得意のため、感情ない彼とはうまく付き合えると思った。

それから一緒に映画を見たり、夜更かしをしたり、母親に怒られもした。何か考え事をする時は、彼を一点に見つめた。彼が見当たらない日があると、なぜか心配になった気もする。


そんな生活から1ヶ月。冬が始まり、加湿器を焚きながら床についた。

朝起きると、机に下で彼は裏返って死んでいた。調べたら、彼の種族は湿度に弱いらしい。

僕は、彼を両手で拾い上げ見つめた。彼に触れることは、初めてだった。数グラムしかない彼の体は、冷たく太々しく干からびていた。

「僕と一緒に過ごすだけの一生でよかったのかな。彼は満足かな?」

加湿器を焚いてしまった自分をせめた。罪滅ぼしをしたいせいか、せめて彼の種類だけでも調べようと思った。



詳しく調べたら、オオスカシガという蝶々だった。

僕の頬に一筋の涙が流れた。





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