『 in to my box 』

雨が降ってるなあ。
そう呟き、ごろんと、博士が寝返りをうつ。
私はええとだけ答えて、本のページを捲った。

確かにひどい雨だ。昼間だというのに外は薄暗い。
窓へ乱暴に叩きつけてくる雨音が、緩やかな憂鬱を誘う。

 「早くやんでくれるといいんだけど」

ごろん。
何度目かの寝返りをうつと、博士はベッドの上で大きく伸びをした。

 「ね」

呼び掛けられて顔を上げる。
博士は寝転んだまま、しかし瞳だけはじっと私のほうを見ていた。
気だるげな博士の艶っぽさといったら。
どきりとして、思わず本を閉じていた。

 「読書は終わりかい?」
 「あ、はあ……まぁ」
 「ならこっちおいでよ。暇なんだ。話でもしよう」

寝起きを気遣ったつもりが、退屈にさせてしまったらしい。
ごろごろと寝返りをうっていたのは私へのアピールだったのか。
いつもは遠慮なしに呼びつけるのに、私が本を閉じるまで、構ってほしいとあえて口にしないところが可愛らしいなどと思いつつ、そっと博士の隣に腰を下ろす。

 「雨ってさあ、濡れちゃうのは嫌だけど、落ち着くよね。何かこう、だらだらしたくなるかんじ」
 「落ち着くとだらだらは少し意味が違うのでは」
 「分からないかなー雨独特のさ。自分のところだけ切り取られたかんじ。閉じ込められたかんじだよ。そういうのが落ち着くんだよ。でも、ああ雨かー濡れたくないなーって思うからだらだらしていたいの」
 「まあ、雨というと、どこか閉鎖的なイメージはありますかね」

研究の話ではないのだな。それだとだらだらではなくなってしまうか。
たまにはこんな他愛のない会話も悪くない。
話を合わせながらぼさついた黒髪を撫でると、博士は気持ちよさそうに目を細めて、ほんの少し笑った。

 「だろう。だから、どんなにだらだらしても誰にもばれないって思うんだよね」
 「…………」
 「君はどう?」
 「そうですね……私は……」

私の家の、私の部屋。私のベッド。外は雨で、言われてみれば、この中ではどんな秘め事も許されてしまうような気がする。
今、世界には私と博士のふたりきりであるような気さえしてくる。
横たわる博士の、寝起きで乱れた衣服から覗く肌も、薄く開いた唇も、私を見詰める瞳も、ぼさぼさの黒髪も、この雨は愛しい人のすべてをこの部屋に閉じ込め、私だけのものにしてくれるのではないか。

 「賛成ですよ。そう考えるなら、雨はむしろ我々の協力者なわけだ。私も、あなたとならいつまでも思いきりだらだらとしていたいですね」
 「君がだらだらしてるのなんて想像つかないけどな」

ふふ……と、博士から茶化すような声が漏れる。言葉遊びが何だか妙にもどかしくなって、ただずっとあなたと触れ合っていたいのだと言い直すと、髪を撫でる私の手に博士の指がするする絡まってきた。

 「触ってもいいんだよ。そんな……頭ばかりじゃなくてさ」
 「博士」
 「いっぱいだらだらしようよ。雨がやむまで……淫らでもふしだらでも構わないから」
 「は」
 「大人のだらだらって、そういうことだろ」

絡めた指先にちゅっと触れる柔いそれ。
いつも私が平然とすることへの仕返しみたいな、見せつけるみたいなわざとらしさが扇情的で、心を乱す。
されることには慣れていない。

これは計算されたものなのだと分かっていても、愛しい人から突然与えられた感触と体温は目眩がするほど甘い。
ほんの少しが媚薬で、毒だ。

博士は無邪気な笑みのまま、私を眺めている。
どこまでいっても私はあなたの観察対象なのだなと、ぼんやり思う。
すべてはあなたの気分次第。
あなたは何とずるくて可愛い大人なのだろう。
だからもっとわがままに私を試してもいい。
あなたのそれはすべて、私への甘えなのだから。

 「大人のだらだら、ですか」
 「そうだよ。大人は大人らしい遊びをしないと」

上目遣いで言いながら自身の脚をすり合わせ、その気であるのをアピールしてくる姿は、先ほどとは一変して、すっかり大人の顔だ。
彼の深い魔性がまたちらつく。

 「どうしたの」
 「いえ……あまりに美しいので、見とれてしまって」
 「また君はそういうはずかしいことを言う……」
 「正直なんですよ」
 「……もう」

子供の顔で甘えるあなたも、大人の顔で誘惑するあなたも、雨に外界から隔離されたようなこの部屋では、ただひとり私だけのものだ。

このまま雨が降り続けばいい。
やんでしまえば、この人は私の腕を抜けて本来の居場所へ帰ってしまう。私はまた二番目に戻ってしまう。神に愛された頭脳……見えもしない神に私は負ける。
その痛みはもう何度も味わったが、きっとこれからも慣れることはない。
それならば。

 「本当に閉じ込めてしまいましょうか」

これは雨のせい。あなたがいたずらっ子のように笑うせい。
淫らもふしだらも、私にはいっそ望むところだ。

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『愛と崇拝』
https://note.com/rinchaaaaan/n/nc159e1361a00

助手視点で書くのがよりどうしようもなくてイイから、引き続き面倒くさいモノローグ多めのお話ですが、このふたり、本当にどちらもぐずぐずでだめな大人だなぁ……
でも、こういう人たちはとっても興味深いです

恋愛中の人がプツッと切れる瞬間を描くのがだいすきです
恋愛感情をこじらせた大人から余裕を奪うと、色気のあるドラマが生まれるなーとおもいます

日常の些細なやりとりに滲む執着や激情こそ、生々しくて美しい気がしています
大きな事件なんか起きなくても、人は毎分毎秒、十分すぎるほどドラマチックに生きている気がしています



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