
私の情熱はモータースポーツにある 〜episode.2〜
おしっこチビりそうなカートデビューから1年程で、そこそこのタイムを刻めるようになった。
と言っても、やはりフィジカルもメンタルも豆腐並みの私には、そこからのタイム向上は無理ゲーの極みだということは誰しもが理解している。
なのに父は、私をカートレースに出すという無謀なミッションを計画していたのだ。
ステップアップを目指すガチ勢とは違う、エンジョイ派が集まるレースのため参加台数は少ないけど参加者は全員男性。
前にも言ったと思うけど、私の家庭は裕福じゃない。タイヤは新品なんて履けないし、エンジンのO/Hだってそう簡単にできるわけじゃない。
そんな状況でレースに出ても表彰台なんて夢のまた夢だった。
その年のレース4戦目。朝から雨が降り出し、この日のレースはウェット宣言が出された(全車ウェットタイヤ装着義務)。
私のウェットタイヤは新品!とはならず、父からのお下がりで、既に2年近く寝かしてある骨董品級のタイヤだ。
カートのタイヤは皮剥きしてしまうと使わなくても劣化して硬くなってしまう。要するに路面を掴む力(グリップ力)の低下が著しい状態となってしまう。
特にウェットタイヤは、冷えた路面でもグリップを得るために、かなり柔らかい仕様になっているんだけど、私のウェットタイヤは恐ろしいほどカッチカチ!
TT、予選はカッチカチタイヤのおかげでエグいほど曲がらない!体重移動で頑張ってみるも、今度は立ち上がりでホイールスピンしまくりでお尻が振られ前に進まずコントロールすることで精一杯。
とにかくコースアウトしないようにすることしかできなかった。もちろんレースどころではない。
予選フィートでは、スタートからの3コーナーのブレーキングで前のマシンに乗り上げてしまうという衝撃的なミスを犯す。
そもそも雨の日に団子状態で走行するなんて経験は初で、あの前車が上げる水煙のスクリーンは視界0%の地獄でしかなかった。
決勝は、もちろん最下位からのスタート。
スタート直前、雨がピタリと止み、太陽が時折、雲の陰から顔を出している。決勝前にウェット宣言は解除される。
この状況でドライタイヤに履き替える人は誰もいなかった。
スタート前のローリング中、微かな希望がよぎる。びしょ濡れだったレコードラインは、所々に水溜りはあるものの、降り注ぐ太陽と走行により、みるみる改善している。
私のカッチカチタイヤが日の目をみる機会が、最高の形で訪れたのだ。
前を走る人たちのタイヤが路面の急激な改善により熱ダレを起こし、あえて濡れた路面を積極的に踏みに行ってる。
明らかに、みんな苦労しているのがわかる。
そして私は、カッチカチのウェットタイヤで乾き始めたレコードラインを水を得た魚の如くスイスイと突き進む。
みんなタイヤが終わってるから無茶な駆け引きなんてしないし、立ち上がりもブレーキングも圧倒的な差があった。気付けば全車をパスし、トップチェッカーを受けてしまったのだ。
正直なところ、この勝利は実力ではなく完全に運による勝利だから複雑な心境はある。
けど、それは私の人生で、最初で最後の優勝だったから、もちろん素直に喜んだ。
えっ?お父さん?
毎周、ピットウォール越しに興奮してるのが手に取るようにわかったよ。
走ってる本人は、完全に運だと理解してるけど、見ている側は、きっと興奮しちゃう展開だったから気持ちはわかるよ、お父さん。いつもありがとうね。
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