コンチキツアー 1−1 人生で一度は「コンチキツアー」
BGM「散歩」を聞きながら、記事をお楽しみ下さい♪
「コンチキツアー」で一気に7カ国以上を
訪問国13ヵ国のオランダから訪問国19ヵ国のイギリスまでは、「コンチキツアー」という、世界各地から集まった18〜35歳のメンバーで、一気に巡った。
オランダについて書き始めるまでに、「コンチキツアー」について、そして参加までの道のりについて、書かずにはいられない。
コンチキツアーに参加したくて
高校生の時から、どうしても行きたかった「コンチキツアー」。
アメリカに留学こそ、家族の反対やヨーロッパへの興味で叶わなかったが、世界中の人と英語で語り合うことまでは、諦めていなかった。
「世界中の同世代と英語で旅をする、コンチキツアー」。
たまたま英語教室に置いてあった色々なパンフレットを見ていて、その存在を知った。
「年齢は18~35歳に限定されてて、ヨーロッパやオーストラリア、北米などを、1週間から1ヶ月かけて効率的に回れるなんて。なんだか、大人の修学旅行みたい!」
必ず最年少の18歳でこのツアーに参加して、英語も音楽も人生も向上させる、と心に決めた。
ただ、未成年がその夢を叶えるには、家族の同意が必要だった。
家族の厚い壁
「どうしても、自分の英語を試してみたいの!ホームステイなら行かせてくれたのに、どうしてコンチキツアーならだめなの?」
「あの頃は、ピアノが趣味程度だったでしょう?今二週間以上もピアノを弾かないで、平気だと思うの?」
「きっと、なんとかなるよ」
「ケロッとそんなこと言って……ピアノ専攻している子が、なんて情けない……絶対許しませんよ」
母や祖母には、相手にすらしてもらえない。
カナダやアメリカにホームステイした時よりも、家族の反対は強かった。
寛容な父を味方に?!
いつもは味方をしてくれることが多い父にまで、コンチキツアーは猜疑心を持たれていた。
「コンチキ……?!インチキに似た、変わった名前じゃないか。一体どういう意味なんだ?」
「待って……インターネット見てみるね。“コンチキ“は……、“仲間“って意味みたい」
「ふーん……??」
乗り出して来た父。いい調子だ。
「ヨーロッパを一人で旅していたニュージーランドの若者が、1台のミニバンを借りて、一緒に旅行したい人を募集してヨーロッパを旅したのが、始まりなんだって!ほら、しっかりした真面目なツアーじゃない」
「面白そうだな……世界中っていうけれど、どんな国の人が来るんだ?」
「アメリカ、オーストラリア、カナダが多いらしいけど、南米やアジアの参加者もいるんだって!ワクワクして来るよね!」
「危険な人は、混じってないのか?」
「大丈夫だよ!年齢だって、18歳から35歳に限定されてるし」
「……!35歳なんて、一回り以上も年上じゃないか!男性もいるんだろう?もしも合ハイの様な雰囲気になったら、どうするんだ!」
「ご……合ハイ……?」
「男女の合同ハイキングだよ。ヨーロッパはいっぱい、ハイキングコースがあるだろう?」
初めて聞いた「合ハイ」で笑いのツボにハマってしまった私は、せっかく唯一味方に出来たはずの父までも、味方に出来なかった。
ドイツ語学研修で知った、もう一人の自分
結局18歳の夏も冬もコンチキツアーに参加できず、私はこのツアーの存在を忘れ、みゆとのイタリア旅行やウィーン音楽研修で英語を使うことで満足していた。
ただ、コンチキツアーは私をそのままにはしておかなかった。
ウィーンでのドイツ語学研修で、毎日スペイン人や世界の友人達と英語で語り合った時、思った以上に楽しさがあった(※7割の参加者は、ドイツ語は初級レベル以下だったため、寮での会話は99%英語だった)。
英語で彼らと語っていると、いつもと違う、もう一人の自分が現れて来たのだ。
「こんな考えも、私持っていたんだ……!」
度々、もう一人の自分の視野の広さに驚かされた。
私は自分に、
「英語で語り合いながら旅をする」
という夢があったことを、思い出した。
スペイン、スイス、フランス、セルビア、ポーランド等の彼らとは、お互いにとって第二外国語の英語で語り合えた。
「やっぱり英語のネイティブと、どこまで語り合えるか、どこまで自分の英語が通用するか、人生で一回は試したい……」
留学したての、思いつき
そんな想いが再び出て来た頃に、タイミングよく、ウィーン留学が私をヨーロッパへと運んだ。
集合場所、ロンドンに行くだけでも、日本からだと相当な交通費がかかるはずだったが、ウィーンからロンドンはしょっちゅう、格安航空会社の飛行機が飛んでいた。
「ロンドンへの渡航費は1万から2万……、これ、今しかチャンスないよね?」
ウィーンに留学させてもらえたからには、専攻しているピアノに取り組むことは必須だったが、有難いことに、ウィーン国立音楽大学の夏休みはびっくりする程長かった。
出される宿題は多いものの、留学したては実技テストもないから、旅をしてからでも挽回できる時間はありそうだった。
ピアノと家族に謝りつつロンドンへ
「よしっ留学したての、この夏休みしかない!」
私は、悲しそうに私を見つめるエアバーのピアノに向かって、頭を下げた。
「ごめんなさい、ピアノさん。3週間だけ待っていて下さい……。日本の家族のみんな、ロンドンの先生の所に行くのは嘘じゃないから、どうか許して…… ピアノの音色も、更に増えるはず……」
こうして私は、ウィーンの「STAトラベル」会社でひっそりと旅の準備を進め、家族には、ロンドン在住の恩師の元で研鑽を積むと話し、夏休みが始まった所でコンチキツアーへ参加したのだった。
集合するなり、船でオランダへ出発
ロンドンで一泊して、翌朝ホテルの集合場所へ行くと、たくさんの人々がすごい熱気で集まっていた。
「去年のドイツ語学研修も、こんな感じだったなぁ」
とても懐かしく、同時にワクワクした気持ちが止められなくなって来た。
するとツアーガイドの説明中に、とんでもなく早い英語が、四方八方から聞こえて来た。
「わ……!ドイツ語学研修メンバーと違って、この子達きっと、英語のネイティブだ……!頑張ってリスニングしないと!」
ツアー、嵐で幕を開ける
早速私が参加したツアーも動き出し、私達はロンドンから船とバスを使い、ベルギー経由でオランダへと入った。
いきなり激しい雨が降り、船は豪快に揺れた。
ベートーヴェンの「田園交響曲」で例えると、快晴で穏やかな1楽章からではなく、いきなり嵐の4楽章から曲が始まった感じだった。
「今回は優雅な旅どころか、相当な冒険旅行になりそう……」
ずっと参加したかったコンチキツアーは、こうして幕を開けた。
人生で初めての経験をこの3週間でたくさんするとは、この時はまだ知るよしもなかった。
そう、コンチキツアーでは、日本で普通に過ごしていたら経験しないことが、たくさん出来る。
田舎で育った人にとっても都会で育った人にとっても、ツアーが長ければ長いほど、新鮮な経験は増えるだろう。
人生で一度は経験してほしいものが、5つあるとしたら?
コンチキツアーは、その一つに入るといっても過言ではない。
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