【part2】 あなた、根が主婦なのよ。
働き方もお金の管理も、ツレを見ていると悔しいかな「私もしっかりせねば」と思うことが多くある。
空飛ぶゲームボーイ
母の話だ。
私の兄が小学5年生のとき、宿題そっちのけでゲームボーイをやっていたのが母にバレたことがあった。
それから兄と母で何か口論をしていた気がするけど、最終的に母が、こともあろうか2階の窓から兄のゲームボーイを投げ捨てたのだった。高嶋ちさ子もびっくりの所業である。
その「ゲームボーイが空中を舞う」という今だったら大炎上しかねない光景は、なぜかスローモーションにデフォルメされて私の脳内に焼き付いている。
(後から知ったのだが、それは兄が自分の小遣いを貯めて自分で購入したものだった。なんと理不尽極まりない)
母には母の考え方があったのだろうし、ゲーム自体が悪だとは思っている訳ではないが、まあ、そんなこんなで私はなんとなく昔からゲームという物を避けてきた。「欲しいと思わないほうが良いもの」という位置付けだ。
ポイントマスター
一方、ツレはよくスマホゲームをする。
それは同じ絵柄を揃えるパズルだったり、おみくじだったり、とにかくYoutube広告でよく目にするミニゲームの類だ。
付き合いたてのとき、ツレは私がスマホ画面をちらっと見る度に「これはゲームじゃなくて、ただポイント貯めてるだけなの。」と言い訳じみたことを言っていた。例のこともあって、私がゲームに対してなんとなく苦手意識があることを知っているからだ。
でも実際ツレが「ゲームじゃなくてポイント貯めてるだけ」というのはその通りで、彼が毎日飽きもせず取り組んでいるのは、楽天ポイント関連のミニゲームである。
要はポイ活。
楽天各アプリで、ログインをするだけで1ポイント付与されるものから始まり、ミニゲームのランクを上げたり、ランクごとのクジを引いたり、動画視聴をすることで、こまごましたポイントが蓄積されていく。
彼はただコツコツとそれを実行しているに過ぎないが、最初はそのマメさに感嘆したものである。
ツレは楽天サービスのヘビーユーザーで、家賃支払いのクレジットカードも携帯も電光熱も、生活圏内のほとんどのサービスにおいて楽天を利用している。
最初こそ私は「楽天に魂を売った男だね」と言って笑っていたけど、1ヶ月分の食費を余裕で賄えそうなポイント額が実際に貯まっていくのを見て「こりゃ立派な資産だな」と思ったし、彼に勧められて一緒にちみちみとポイント獲得をしていたら、気付けば一緒になって生活圏内のサービスほとんどを楽天で賄うようになってしまった。
(ちなみに楽天のユーザーには、下から「シルバー」「ゴールド」「プラチナ」「ダイヤモンド」というランクががあって、毎月のポイント獲得回数とポイント数に応じてそれが決まっていくのだけど、当たり前のように今では2人揃って最上位の「ダイヤモンド」会員だ。)
ツレはポイ活だけでなく、クーポンにも敏感で、よく私に500mlのレモンサワーとビールを見せながら「これ、セブンアプリのクーポンで無料だった」と嬉しそうな顔で出してくれるので、私はありがたく毎度美味しく頂くことにしている。
デビットジャガー、Uber配達員になる
ツレのマメさに感嘆したのは、私が当時勤めていた会社の取締役陣が、少なくともこんなに毎日コツコツとポイントを貯めたり、クーポンに敏感になったりなんかしていなかったからだ。
彼らは好きなときに好きなだけ買い、食べ、欲を満たすし、私もそれが普通だと思っていた。社長に至っては「俺貯金できない性格やねん。だから若いとき『貯金しなくても済むくらい稼ご』思って。」と飲みの席で語っていた。
ツレのこの主婦っぽさは一体どこから来るのだろう、と思って本人に聞いたことがある。
「あなた見てるとさ、本当に『ポイント・クーポンの申し子』というか、『そこまで使い倒してくれたら各サービス本望だろうよ』って感じなんだけど、なんでそんなにその辺の主婦より、主婦なの?」
するとツレはこう答えた。
「まあ、一人暮らし長いし、昔からあまり変わらないかな。あとは実際、すごいお金無くなっちゃったことがあったから。」
ツレ曰く、今取締役として勤めている会社に着任する前、文字通り「一文無し」になったことがあったらしい。(ちなみに私とは別の会社)
ツレの働き方、というか会社との関わり方は割とはっきりしていて、「5年間で次の会社に行く」ということを自分で決めている。
それは「同じ仕事に対して集中力が続くのは、長くて5年」というツレの持論でもあるし、クリアすべき指標、例えば売り上げや関わる企業の時価総額に対して、「必ず5年以内に達成させる」という一つのラインでもあるらしい。
ただ、ここがツレのこだわりポイントのようなのだけど、「最初から役員報酬をもらう」のではなく、どの会社でも最初は新卒以下の額からスタートしてもらい、そのクリアすべき指標を前倒し達成させてから、それに見合うだけの報酬をもらうようにしているらしかった。
「だってそっちの方が楽しいじゃないか。お金には興味ないんだよ。お金を生むまでのプロセスが好きなの。会社側も余計な支出が出なくてハッピーだろ?」
まあ、そういうもんなのか。
とはいえ、次の会社に着任するときに困るのが税金の支払いらしい。たまたま前に取締役を務めていた会社で時価総額を前年比の数十倍にもし、その分報酬も跳ね上がったことがあった。
結果的に今の会社に移ったときには、前年の税金がその「新卒以下の収入」の何倍にもなってしまった。そして同時期に、前年に知り合いの会社を買った分の借金も乗っかってきた、とも言っていた。
まあ私は会社を買うだ買わないだの話は正直興味なくて、話半分で聞いていたのだけど、とにかくひと言でいうと、「1ヶ月納豆ご飯で過ごす程度にはヤバかった」らしい。
「ふーん。それでこの生活力の高さ。というか節約力。」
「そう。だからその時期、Uberの配達員のバイトもやってた。」
「え?バイクかなんかで?」
「いや、ガソリン代もないから、チャリんこ。」
「あはは、それは大したもん。」
私は思わず笑ってしまった。
ツレは白髪混じりのロン毛を後ろで束ねていて、よくミュージシャンに間違われたりする。実際顔も彫りが深めで目もキリッとしているので、髪を解けば、Airペイのコマーシャルに出てくる架空のロック歌手「デビットジャガー」そのものなのだ。
なんというか、このツレの風貌で、四角い檻みたいなバッグを背負ってチャリで颯爽と街を走っている姿を想像すると、ちょっと面白い。
モニター付きインターホンの画面に、デビットジャガーが仁王立ちで映るところを想像すると、もっと面白い。
「いやーあの時は本当忙しかったね。まだドライバーもそこまで多くなかったから、注文が入る度に担当できちゃったんだよ。何件か一気にハシゴしなきゃいけない時とかもう大変ね。でも、Uberだけで月20万くらいは稼いでたんだぜ。」
なんでちょっと誇らしげなんだ、デビットよ。
「Uberって誰でもドライバーになれるのね。」
「まあ、よっぽどのことがない限りはね。一応研修っぽいものもあったし。リュックの受け取りで最初の1回だけ、対面で説明会会場に行ったよ。若いお兄ちゃんが優しく丁寧に説明してくれた。」
まさかUber本部の兄ちゃんも、このデビットジャガーが複数の会社でそこそこのポジションにいる人間だとは夢にも思うまい。
人は大体、お金が稼げるようになったり、役職が上がると、お金の使い方も変わってしまったりもする。だけどツレは、お金そのものに本当に興味が無くて、言う通り「お金を稼ぐプロセス」が好きなんだろう。
別の会社に勤めている私は、「この人の下で働いたらどんなに楽しいだろう」と思うことも少なくない。
「もし私もあなたも今の仕事なくなったらさ、一緒にUberのドライバーやろっか。」
私が笑いながら冗談っぽく言うと、
「そんときは負けないな。負ける気がしない。どのドライバーよりも稼ごう。」
とツレはニヤりと笑う。
本当大したもんだよ、デビット。