授業中にカステラ食わんでもええがな
試されてるな、と思った。
父から「講師が足りていないんだ」と相談を受けたのが3週間前。小学6年生の国語のテキストと授業のシフトを渡されたのが2週間前。Youtubeを見たりテキストの予習をして、何とかそれらしい授業内容を組み立てたのが1週間前。
で、今、目の前。
受け持ったクラスの男の子が、授業中にカステラの包みを開け、食べ始めている。
「おお。すごいね君」
思わず出た第一声がこれだった。
斜めから、矢
今は受験生の気合もひとしおの夏期講習真っ只中。にも関わらずど素人の私が教鞭を執っているのは、大学生講師陣がテスト期間に入ってしまって出勤できないという、なんとも深刻な人手不足ゆえである。
田舎の小さな教室。
父は定年退職した後も、この塾に週4で通って講師をしている。私の妹にも同じ相談を持ちかけ、彼女もこれを承諾したようである。
白羽の矢の立て方が斜めすぎる。というより、掴む藁を間違えている感は正直否めない。
私、大学を1年で中退してるんだけど。
とはいえ私自身中学時代お世話になった塾だし、何しろ父が珍しく切実に頼んでくるので、「2週間・1日4時間だけ」という条件を提示して私はこれを受けることにした。
お腹空いたから
受け持ったのは中学受験をするという小学6年生3人、の国語。
初日はまだ良かった。
そもそも受験国語って何、という話から始まって、問題ジャンルごとのパターンの話、論説文での答えの探し方の話、漢字の成り立ち、テキスト内容の解説、テスト、解説…。
みんな目をキラキラさせながら聞いてくれて、その夜には私の父に対して「さすが森ちゃん(父のこと)の子供って感じ!教え方めっちゃわかりやすい!国語の点数上がるイメージ湧いた!」とまで言ってくれていたらしい。
おうおうありがとよ。その調子で点数上げてくれ。
でもその子は、2日目初っ端からカステラを机に出してきた。
「じゃあテキスト基本問題15分で。よーい、スタート」
と私が言った矢先、「あーお腹空いた」と言いながらペリペリペリっと包み紙をあけ、何も言わずに食べ始めたのである。
無論、他の2人はすでにテキストに取り掛かり始めている。私は面食らって思わず聞いてしまった。
「おお。すごいね君。それ今必要?」
「うん。必要。お腹空いたから」
「お腹空いたのか」
「うん。お腹空いたから、カステラ食べるの」
「そうなのか」
「うまい」
「そりゃうまいわな。とりあえずあと12分しかないから、取り掛かろうな」
お前、さっきお昼ご飯食べたばっかりだろ。
私の弱さ
おそらく本来であれば、注意して今すぐ食べるのを中断させるべきところなのだと思う。
しかし私はこういうところがとことん甘い。というか、もっというと目の前で起きていることに対してすかさず距離を取ってしまう。
それがこの子のためにならないことも、なんとなく分かっている。
分かってはいるけれど。
私はその夜、アドラー心理学の「問題行動」を思い出していた。
さしずめ、このカステラボーイは第2段階と第3段階の間くらいであろうか。
きっと彼は「森逸崎というやつが自分をどこまで許容するのか」を測っている。私がこの線引きを間違えれば、他の2人にも影響が出るのは必至だろう。
もちろん構って欲しいという側面もあるのかもしれない。
最初は「どういう接し方であればこの子が一番パフォーマンスを発揮できるのかを模索したいなあ」とか考えたりもしたけど、結局のところ私がやることはとてもシンプルな気がしてきた。
そんなことせんでも、ちゃんとあんたのこと見てるよ。
それが伝わりさえすればいいのだと思う。
照れるなよ
「今日はチロルチョコか」
「うん」
「今日もお腹空いてるのか」
「うん、めっちゃ空いてる」
「君は人がやらないことをやるんだね」
「いつもだよ」
「君は普通の人だねって言われるより、変人だと言われる方が嬉しいのかい?」
「うん、嬉しい」
「そうか。私は普通の時の君も変人の時の君も好きだけどね」
「…………」
「照れるなよ。こっちまで恥ずかしくなる」
「やめて五条悟のマネしないで。似てないし」
「手ぇ絡めてないだけいいでしょうが。
さ、漢字テスト始めるよ」
その翌日、彼は授業中に何かを食べることはなかった。
上の会話だけが効いた訳ではもちろんない。
君はこういう傾向があるから論説文はこの流れで解いた方がいいと思うだとか、君の最も大きな強みは●●だから復習のときはこれ試してみてだとか、可能な限りその子の個性に合わせた学習法を伝え続けた。
きっと、かつての私がそうして欲しかったように。
あと1週間。
この子はどんな行動を取って、私に自分を教えてくれるのだろう。
そして私は、この子たちの国語の点数をどのくらいまで伸ばしてあげられるだろう。
ああ、なんだかちょっと楽しみかもしれない。