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【part4】オタクになれないから悩んでるんじゃん。

好きなものに対してのツレの向き合い方は、隣の芝が青々するがごとく、私の理想形でそこにある。

鉄道とツレ

「明日どこ行きたい?」

土曜の夜、ツレの家でいつものようにハイボールとミックスナッツで晩酌をしている時の話。

ツレが日曜終日予定空けてくれたので、「どっか行こう」という話をしていたのだけど、完全にどこ行きたいかを考えるのを忘れていた。
思わず適当な返事をする。

「うーん、映画か、それか旧朝倉邸かな。」
旧朝倉邸は、代官山にある朝倉虎治郎の家。立派な古民家と回遊式庭園がとても魅力的らしく、気になってはいた。

しかし絶対行きたいかで言われると、別に明日じゃなくても良い。

「あなたは?どっか行きたいところある?」
と私が聞き返すと、静かにポツリと、返事が返ってきた。
「……鉄道博物館。」


ツレは鉄道が好きだ。そして小さい鉄道模型のコレクターでもある。

模型に関しては、ツレが幼少期より収集したものが段ボール5箱以上に及んでツレのワンルームにある。

「アート引越センター」の白い箱のまま玄関に積み上がっていたので、「これ、荷解きしないの?」と聞いたら中身が模型だった。
数箱取り出して見せてもらったが、実に精巧に作られていた。収集したくなるのも頷ける。


普段ツレは大抵私が行きたいところを優先してくれる。だから私が旧朝倉邸の名前を出した後に、自分が行きたい場所を挙げることは珍しかった。

鉄道博物館自体、以前ツレから名前だけは聞いたことがあって、ツレもこれまで一度も行ったことがないと言っていた。
これは多分、本当に行きたいやつだ。

「よっしゃ、鉄道博物館行こう。」

かくして私は初めての鉄道博物館、通称「てっぱく」に足を踏み入れることになるのである。



てっぱくでハシャギまくる

そのことに対して「詳しい人」のことをそう表現するのだとしたら、ツレは紛うことなきオタクである。

例えば、どの電車がどんな形態でどんな仕組みで走っているだとか、どんな歴史があってどんな愛称があるだとか。てっぱくを回りながら実にいろんなことをツレは私に教えてくれた。

「ねえ、このよく見る『キハ』ってどういう意味なの?」
「『キ』は気動車のことで、ディーゼルエンジンの付いた車両。で、『ハ』はいろはの「は」で列車の等級のこと。普通車のことだね。」

ツレはその後も、国鉄がこの記号を採用した頃は、三等級制だったので一等車から「イ」「ロ」「ハ」に分かれていたこと、その後はグリーン車と普通車の二等級制に変わったので今は「ロ」と「ハ」しかないこと、ABCDは運転席の車輪の数を表していることなどを、つらつらと淀みなく私に伝えた。

実物大の車両が展示されている「車両ステーション」

鉄道博物館の魅力については、公式サイトによくまとまっているのでぜひ見てみてほしい。
結論、個人的に持った感想としては「とにかくスケールがでかい!」「細部のこだわりがすごい!」だ。

13時入館のチケットで、閉館の17時まで、結局回りきれなかった。もし行くとしたら午前中入館のチケットを購入することをお勧めする。体験型のコンテンツは事前にアプリでの予約が必要らしいので要チェック。大人1,330円のチケット代が「安すぎる」と感じるくらいには、ここ最近行ったアミューズメントの中でもとても満足の行く場所である。



憧れと妬み

ツレの話を聞きながら、好きなことをいきいきと話せる人は、それだけでこちらにもパワーを与えてくれる、ということを思い出した。

残念ながら私は、ツレのように一つのことをとことん深掘りする、ということがどうしてもできない。
興味があるものはもちろんあるのだけど、脳みそのキャパがダチョウレベルなのか、深掘りしている最中で飽きてしまう。
「できるようになる」状態に至るより先に「飽き」がくる。

本当はオタクになりたいのだ。好きなものに対してとことん愚直に向き合って、時間を忘れるくらい没頭して、自信を持って「これが好き」だと公言したいのだ。

寄席、映画、漫画、音楽、アニメ、バスケ、ダンス、ゴルフ、キャンプ、釣り、エトセトラエトセトラ。どれも通り一遍はわかるし対応できるが深くない。
同僚はそんな私のことを「不器用貧乏マン」と呼ぶ。せめてそこは器用であれ。

だから好きなことをとことん深掘りできている人を見ると心地がいい反面、「広く浅い自分」を卑下した自分が、3%くらいの妬ましさを孕んでそこに居る。


だいぶ前にツレにこぼしたことがある。
「私さ、オタクになりたいんだよね。『好き』でも『得意』でも、とことん突き詰められるのって素敵じゃん。ある種の職人気質というか。頼もしい。」

おそらくツレは私がそのことを、普段の趣味だけではなく仕事に置き換えて頭の中でもやもやしていることを感じ取ってくれていた。ツレはこう言った。

「そうだね、まあ、オタクは分かりやすい武器ではあるよね。」

でもさ、とツレは続けた。
「オタクだろうとそうでなかろうと、『できるようになるまでやるだけ』だから。
結局、その『飽き』だと感じるポイントで、どれだけ自分の『好き』や『得意』を信じられるかなんじゃない?君はまだそれが見つかってないだけだと思うよ。」

無言になる私をよそに、ツレは大好きな昭和アイドルのレコードを取り出してスピーカーにセットする。

こういう時に「君は君のままでいいんだよ」とかいう、一見優しそうで一番残酷な言葉を投げないあたりは、さすがなんだけど。


この歳になってまだ好きも得意もはっきりしてないのはちょっとマズイかもな、と思った。とりあえず一度自分の現状を整理するか。

私のオタクへの道のりはまだ長い。

「まあ俺は、鉄道もアイドルも音楽も、好きなものは小学校からビジネスとして扱ってしまってたから、もはや趣味なのかなんなのかわからないけどね。」
と得意げにツレが言う。うるさい黙れこの野郎。


ツレが小学生時代、渋谷のセンター街で自分でアイドル雑誌を発行して売りさばいていた話はまた今度。



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