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【part8】家康殿のご指示とあらば、謹んで勝ちにいきましょう。

「二番目の女」よりも「仕事断れないイエスマン」よりも世界一都合の良い存在。それが無宗教・無神論者が取り扱うところの「神様」だと思う。

キャッシュレス神社

晴れているのに粉雪が散る景色を見て、自分がいる場所の標高が思ったよりも高いことを知る。近くの山に積もった雪が、風でここまで届いているらしい。
朝八時半。私とツレは今、日光東照宮へ続く参道を歩いている。

どんなに観光客がいても濁らないこの空気も、家康公の墓所を目前にした時の背筋が伸びる感覚も、静岡の久能山から日光への遷座の理由やそれに対して感じるロマンも全てひっくるめて、ここは名うてのパワースポットにふさわしく、私をシャキッとさせてくれる。


本殿の開場まで少し時間があったので、私とツレは隣の二荒山ふたらさん神社に行って先にお参りをすることにした。

音読みだと「ニコウサン」、「日光」の語源にもなった名称らしい。秋朝の空気がなんとも冷たい。ピアスをぶら下げた耳が痛いくらいだった。


お賽銭を取り出そうと財布を覗く。
「あ、5円玉がない。10円玉でいっか。『十分に縁がありますように』つって。」
と私が言うと、

「それなら俺の40円やるわ。10円は『遠縁』でもあるからな。『五重の縁』の方が良いだろ。」
とツレは私に10円玉を4枚手渡した。

願い事の内容に関わらず、お賽銭の語呂合わせはどこまでいっても適当でいい。

そんな会話をしながら拝殿前まで来たその時、ふと、お賽銭箱そのものに見覚えのあるシールが貼ってあるのが目に入った。

私はその光景に衝撃を受けた。なんと驚いたことに、そこにはPayPayのQRコードが貼ってあるではないか。
ツレと顔を見合わせる。

「え、何これ。今時はお賽銭もキャッシュレスってこと?」
「そういうことだな。」

くすんだ木箱にミスマッチな、ビジネス臭がするカラーのシール。ぐるっと周りを見渡すと、お賽銭だけでなく、おみくじ売り場や御朱印売り場、至る所にそれが貼ってあるのだった。

「なんか、時代を感じるねえ。」
「時代だねえ。というか、それで良いのか日本人って感じだな。」
「面白いねえ。」

境内の景色にちっとも馴染まないそのシールたちは、それこそ「お賽銭の語呂を適当に考える自分ら」と変わらないテンションでここにある。

いつだって、都合よく解釈して、都合よく受け入れて、都合よくこの場所を維持するための商売をする。
ふふ、それでも良いのだ、日本人。


神に信頼された男

二荒山ふたらさん神社で、私とツレは卒業式ばりに息の合った「二礼・二拍手・一礼」をして、そのままおみくじ売り場に向かった。

普段ならおみくじなんて引かないのだけど、徳川様ゆかりの地だし何だかご利益がありそうで、あと1ヶ月で新年を迎えるというこのタイミングで、年内最後の運試しをすることにした。

私から開いた。結果は中吉。まずまずである。

ふと「争事あらそいごと」の欄を見るとそこには、こともあろうに「人に任せましょう」と記載してあった。

「あはは何これ、私、自分で戦ったら負けるってこと?」
「笑かしよる。」
でも、とツレは続ける。
「海さんの場合は最前線に立つなっていうよりは、ちゃんと人に頼れってことだな。」

ツレは心地の良いポジティブ変換器だ。

その他にも「転居」「学問」など各項目があったが、「お前私のことどっかから見てるんか」ってくらい、ことごとく思い当たる節が多くなる内容だった。

「ま、こういうのは誰にでも当てはまる言葉で書いてるからね。ちょっとあなたの開いてみて。」
私にせっつかれてツレが自分のおみくじを引くと、そこには「大吉」の文字。あ、くそ、腹立つなこいつ。

「『願事ねがいごと  思うようになるでしょう』、『商売  うまく行くでしょう』、『病気  悪いようでも治るでしょう』。良いことしか書いてないな。つまらん。」

ツレはそこまで読み上げると、なぜかいきなり笑い始めた。
そして先ほど私が気にしていた「争事あらそいごと」を指を差す。

「これ、変じゃないか?『争事あらそいごと  勝ちましょう』だって。そこは『勝てるでしょう』じゃないんかい。」

確かに、これまでツレには良いことしか預言してなかった神様が、勝負についてはいきなり本人に丸投げしてきやがった。

「ふ。自分でなんとかしろって?」
「そういうことだな。」
「あらまあ、なんて神様からの信頼がお厚うございますこと。」

私はすかさずツレに言う。
「ちょっと、私の分まで頼むよ。何せ『争事あらそいごと  人に任せましょう』だから。」
「なんだ俺ら、やっぱり二人でちょうどいい感じのか。」
「そうだよ。せいぜい健康で戦いやがれ。」
笑いながら私たちは東照宮へ向かって歩いた。


冷え切った耳をピアスごと手で包み込む。耳が感じた手の温かさなのか、手が感じた耳の冷たさなのか、最早もう分からない。なんか楽しい旅になりそうだ、とぼんやり思った。


重ね重ね

実はこの後、「せっかくだから家康殿の意見も聞こうぜ」と言って徳川家康の墓所近く、東照宮 奥宮入口のおみくじも引いてみたのだった。

私は小吉で、ツレはまた大吉だった。

びっくりしたのが、「争事あらそいごと」の欄。
なんとそこにはまたしても「必ず勝ちなさい」と命令系で記載されていたのである。

これには思わず2人で爆笑した。

「この2連チャンはさすがに、俺は受け入れざるを得ない。」
「持ってるねえ。天下の徳川様のおぼし召し。頑張れよ。」


都合が良い存在だと思っていた神様も、できないことはしっかりできないと言う主義らしかった。


勝負事において、神様からの信頼を見事勝ち取った男、ツレ。

そして「勝てるでしょう」ではなく「勝ちなさい」と丸投げされている方が、ツレの場合はよっぽど実現できそうに思えるから不思議である。


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