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デブでブスな令嬢は英雄に求愛される 第9話
目の前に置かれたハーブティーを手に取り恐る恐る口に運ぶ。幸いなことにそれは多少味が薄いような気はするものの、そこまで飲めないような代物ではなかった。向かいではルディも落ち着いた様子でお茶を飲み、ジュリア同様に思ったよりはマシな味だったことに目を見張ると頬を緩めてアレッタに「大変美味しいお茶です」とねぎらいの言葉をかけていた。
その様子に良くまぁ臆面も無く、とジュリアは嘆息する。
ジュリアのメイドに普段もっと美味しいお茶を入れてもらっているくせにまずくはないものの美味しくもない目の前の代物を随分あっさりと褒め称えるものだ。実際に褒められたアレッタは嬉しかったのか頬を赤らめてはにかんだ。それににこりと小さく微笑んで答える様ですらも手慣れており女との付き合い方というものをある程度心得ている様子がうかがえた。
「気にくわないわ」
びくり、とジュリアは弾かれたようにその声の主を振り返る。
「―――という顔をなさっておりますね」
ジュリアの内心をまるで代弁するかのように耳元で囁いたのは案の定、鉄壁の無表情の麗人、ロザンナであった。
「そうね、あの様子を見る限り、ますます私への求婚はなんらかの計略だと確信できたわ」
「そうでしょうか。まぁ、それならそれで良いのですが」
一体何が良いというのか、じろり、とジュリアはそのような無責任な発言をしたメイドの顔を睨みつけた。けれど彼女は涼しい顔をしてさりげなくアレッタの入れたハーブティーを背後へと下げ、変わりのお茶をジュリアの前へと用意する。
「そのままでも良かったわよ」
「このような物を主人に出すなど、わたくしの矜持が許しません」
しれっとまるでメイドの鑑のような発言をして、それよりも、とロザンナはジュリアの耳元へと吐息を漏らした。
「例の魔物の件、部下に調べさせましたが、詳細はわかりませんでした」
その報告にジュリアは小さく舌打ちをする。
実は先日アレッタを発見した森で遭遇した魔物。あれはなんとも曰くつきの存在であった。
異常に気づいたのは当然のごとく、騎士であるルディであった。彼は自らが倒した魔物の死体を見て「妙だな」と低く抑えた声で呟いた。
「……ルディ?」
その声に帰宅していようとしていた足を止めて、ジュリアは問いかけるように名前を呼んだ。それを受けて真剣な顔でルディは小さく頷いて見せた。
「この魔物は、本来なら寒冷地の者のはず、こんな季節にこんな地域にいるはずがないのですが……」
呟くようにして告げられたその言葉は不信感を多分に含み非常にジュリアの不安を煽った。
屋敷に戻ってすぐに部下に専門家を呼ばせてその魔物の遺体の回収と分析を頼んだのだが、結局それがルディの言う通りにこの辺りでは見かけるはずもない魔物であるという事実しかわからなかったのだ。一体どのような経路でどのような経緯を得て入り込んだ物なのかを部下に探らせていたのだが、その返答が先程のロザンナの言である。
つまり、経路も経緯も掴めなかった。
(まったく、こんな時に……)
ただでさえ、魔王殺しの英雄が得体の知れない下心を持って滞在しているなどというイレギュラーの対応に追われているというのに、その上正体不明の魔物の出現など、まったく笑えない。
「丁度良いではありませんか?」
苦虫を噛み潰すジュリアに飄々とした声でロザンナは囁く。
「何がよ」
「なんらかの裏がありそうとはいえ、少なくともそれが果たされるまではこの国で最強と誉れ高い英雄殿がこちらには滞在し続けてくださるのです。その上、彼は一体何を血迷ったのか、お嬢様に惚れているなどと抜かしております」
「……なるほど?」
それまでの言葉でジュリアはロザンナの「丁度良い」の意味を把握した。
つまりロザンナは表向きとはいえ、ジュリアに惚れていると振る舞っている英雄殿を、それを逆手に取って利用するだけ利用してしまえば良いと唆しているのだ。
「彼に一体どのような思惑があるにしろ、まだ行動に移す様子ではないように思えます。勿論、彼が行動を起こすようならなんらかの対策は必要ですが、それまでは便利に使ってしまうのがよろしいかと」
「そうねぇ、確かに滞在費ぐらいは役に立って貰ってもばちは当たらないわ」
ここまで探ってもぼろを出さないということは、向こうはまだ機を見計らっている段階である可能性はロザンナの言う通り非常に高い。
ジュリアは一つ頷くとその案に乗ることにした。
「彼の見張りは引き続き行いなさい。彼には私から魔物の件についての調査を正式に依頼しましょう」
ルディは騎士だ。魔物の調査という騎士の領分の仕事を無下には出来まい。それに彼の行動パターンがその依頼によってある程度決まってくれば、彼の身辺調査も捗るというものだ。
(例えば彼に与えた部屋に怪しい物がないかどうかとかね!)
世間一般ではそれを家捜しや空き巣、もしくはストーカー行為というが、これは自己防衛のためなのだからセーフだ。
そうと決まれば善は急げと言わんばかりにジュリアはロザンナの入れた薫り高いハーブティを堪能しながら甘い猫なで声で英雄の名前を呼ばわった。
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