[小説]やさしい吸血鬼の作り方 12
「ねぇ、見てあれ……、本当に大丈夫なの?」
「お隣のサイナさんちの弟さんが殺されたんでしょう?」
「キナロが決めたらしいわよ。とりあえず監視するって。さっさと捕まえるなり殺すなりすればいいのにね」
ひそひそと、大してひそめてもいない声でこちらにがっつり視線を向けつつ主婦達が井戸端会議をしている。しかしそれもミヤマが瞑っていた目を開いて一瞥するだけで散り散りにばらけていった。
(その程度で怖がるぐらいなら最初からやんなきゃいいのに……)
うんざりとカヅキはミヤマの隣でそれを眺めた。
村の中心にある集会場の隅、積まれた木箱に二人は腰を掛けていた。別に好きでそうしているわけではない。その証拠にミヤマの左手は細い鎖で常夜灯に繋がれていた。
これでは見世物だ。カヅキはそのミヤマの隣に腰掛けたままため息をつく。
名目は監視だが、おそらく見せしめ的な意味もあるのだろう。
わかってはいても、気持ちの良いものではない。
「ミヤマさーん、暑くありません?」
「慣れれば意外に大丈夫だよ、ありがとう」
そう言って微笑むフードの影に隠れた顔色は確かに思ったよりも悪くなかった。日の光を浴びることに、どうやらかなり無理矢理にだったが慣れてきたらしい。
カヅキも自らの帽子をかぶり直し、その上にしっかりパーカーのフードをかぶりながら、「日除けの傘でも貰ってきましょうかね」とぼやいた。
「構わないよ、本当に。それにそんなことを要求したら更に疑われそうだ」
そりゃそうだ、とカヅキは頷く。キナロがミヤマをひとまず疑いで終わらせたのはミヤマが日の光を浴びても無事だったからである。それを避けるような行動を取れば疑いは増すばかりだろう。
しかし冬とはいえどずっと着の身着のままで野ざらしでいるのはきついだろうと、先程飲み物を調達しに行ったのは何時間前だったかカヅキは思い返した。
(えーと、確かトイレに行ったのが2時間前だから……)
その時にあった出来事も同時に思い出して、顔をしかめる。それはトイレに行ったついでにミヤマに飲み物を持ち帰ろうと集会場の近くの小さな商店に寄った時のことだった。店番のおじさんは厄介な人物を招いたカヅキの姿を見てわずかに顔をしかめたが、拒否するほどではなかったのか見て見ぬ振りをするように新聞を広げて視線を逸らした。
それを見て勝手に持っていっていいということかとポジティブに判断してカヅキは飲み物の棚を物色する。
「カヅキくん」
「……ララ」
掛けられた声に振り向く。そこにはつばの広い真っ白な帽子を揺らしたララが立っていた。
彼女の碧い瞳が泣きそうに潤んでこちらを見つめている。それをまんじりとして何も言わずに見返すと、「ごめんなさい」と彼女は俯いた。
「……何が?」
「内緒にしなかったから」
「なんで?」
思わず声が刺々しくなる。ララに悪気がなかったであろうことも、おそらく色々なことを心配して行ったことなのであろうことも頭では理解出来ているつもりだったが、心が全く納得していなかった。
(ララが、黙っていてくれれば……)
今頃こんな目に合うことはなかったのだ。
「わたし、見ちゃったの」
苛々と足を踏みならすカヅキに、彼女は俯きながら震える声を絞り出した。そうしてわずかな逡巡の後、意を決したようにカヅキの顔を見る。
「あの人、金色の目をしてた」
息を飲んで黙り込むのは今度はカヅキの方だった。カヅキのその反応に「知ってたの?」とララは目を見開く。
「ねぇ、カヅキくん、どうして……」
「しっ」
口の前で人差し指を立てて、静かにするようにと指示を出す。横目で店番の様子を覗うと、彼はこちらの会話になど気づかずに新聞を眺めていた。
それにほっと息を吐く。
「ララ、それ、誰かに言った?」
彼女は口に手を当てて首を横に振る。
カヅキは真剣な瞳で「絶対誰にも言わないで」と念を押した。
「カヅキくん、でも……」
「悪い人じゃねぇから」
ララの肩を掴む。彼女はカヅキの剣幕に僅かに怯んだようだった。
「悪い人じゃない。あの人は、家族を殺されて途方にくれているんだ。だから、誰かが味方になってやんねぇと」
「……、それ、カヅキくんじゃないとダメなの?」
ララは悲しげに視線を伏せた。
「わたし、心配だよ。カヅキくんは優しいから。あの人のためになんでもしてあげたくなっちゃうんじゃないの?」
カヅキはその言葉に鼻白む。どうやら随分とカヅキはお人好しだと思われているらしい。
「んなことあるわけねぇだろ」
「そんなことあるよ!」
その大きな声に、さすがに店番のおじさんも無視できなかったのか、新聞から顔を上げてこちらを見た。カヅキは焦って「とにかく!」と言い聞かす。
「お前が心配するようなことじゃねぇから。すぐに真犯人をとっ捕まえるし、それまで黙っててくれればいい」
ひそひそ声で伝えたその言葉を聞き取ろうと店番が身を乗り出してくるのに、カヅキはララが頷いたかどうかの確認もそこそこにその場を逃げるように立ち去った。
そうだ、結局その時は飲み物を持ってこれなかったのだった。幸いにもそれよりも前に持ってきていたお茶がまだ手元に余っていた。しかしそれもそろそろ底を尽きそうだ。
今のところカヅキはミヤマをかくまっただけであるため拘束はされていない。しかし自分が離れた隙にミヤマがどんな目に合うのかを考えるとどうにも放っておけず、自主的にこの見世物に同行していた。
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