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医療業界における「箱物ビジネス」とは?:リンクウェルとCAPSから学ぶ

East Venturesの佐藤凜です。(@1123_sl)

昨今、サラダ専門レストランを運営するCRISP SALAD WORKSやクリニック運営をするリンクウェル、フィットネスジムを運営するLife Coachなどスタートアップが箱物ビジネスをする事例が増えてきているように感じます。

箱物ビジネスの定義は以下の通りです。

箱物ビジネスとは、ホテルや旅館などの宿泊業,カラオケ,ゴルフ場,パチンコ店などのように、高額な投資による箱・入れ物という、お客様の受け皿がある事業のことを指します。

箱物ビジネスの再生・・・

特定の業界に絞って業務改善を行うバーティカルSaaSがトレンドであったものの、単独のプロセスを改善するだけでは不十分な場合があり、プロセスの全体最適化を行うために実店舗を持って全ての業務の改善を行う必要があるという声もしばしば聴きます。

そこで今回の記事では「医療業界」に焦点を当て、国内の先行事例であるリンクウェルとCAPSを参考にスタートアップがクリニックを運営する経緯や方法などについて考察していきます。

医療業界のIT化の現状

電子カルテの導入など医療現場のIT化は数十年前から進んでおり、複数の市システム開発企業がこの市場に参入しています。

以下の表が、厚生労働省が発表した、電子カルテなど医療現場のIT化の現状です。電子カルテに関しては、平成20年時点では普及率が15%未満だったにも関わらず、令和2年の時点では60%弱と、病院ではIT化が徐々に進んでいます。

医療分野の情報化の推進について

しかし大幅に導入が進んでいるのは400床以上の大病院で、200床未満の導入率はまだまだ半分にも届いていない状況です。

医療業界でIT化が進んでいない理由はいくつかあり、
・業務の効率化をタブー視する風潮が残っている
・システムの仕様が現場のオペレーションに則したものになっていない
・システム上での医療データ連携の難易度が高い
などが挙げられます。

このような状況を解決するには一部のプロセスを改善するだけでは難しく、医療業界全体の状況や課題を俯瞰的に見て、プロセス全体を改善する必要があります。

そこで電子カルテなどSaaSからクリニック運営というリアルの現場まで、全体最適化を目指して事業を行うのがリンクウェルCAPSといった企業です。

会社概要:クリニック運営を軸に、SaaSやデータビジネスを展開

リンクウェル:データを基軸にしたビジネスを展開

https://speakerdeck.com/lobloblob/lw-brochure-engineer

自社が運営する「クリニックフォア」で得られたデータを基軸に、医療現場に導入するSaaSやD2C事業を展開しています。

  • クリニック運営事業:開業される医師の方・クリニックをプロデュースするという形で、2018年より、週末も含めて毎日診療、オンライン予約可能、待ち時間の短縮、テクノロジー導入による効率化(院内オペレーションや事前問診など)を実現したクリニック「CLINIC FOR」の第一号店舗を田町より開始

  • 医療機関オペレーションIT化事業:「いつでも予約ができ、夜間や土日の診療が可能」「必要以上に待たない」「患者さんの情報が患者さん自身の手元にある」状態をWebシステムによって実現し、クリニックのIT化を目指す

  • オンライン診療システム(SaaS)開発事業:スマートフォンやPCがあれば、リモートで予約〜受診まですべてが完結できるシステムの開発

  • メディカルフルフィルメント支援事業:前回処方を受けてから1年以内の患者さんには、薬の種類変更がなければ追加配送を行う

  • ウェルネスD2C事業:ウェルネスのためのメディカル×パーソナライズブランドを立ち上げ、オリジナル商品を開発・販売

  • ヘルスケアEC事業:ホームケアをはじめとする、未病や予防、悩みを解消するサービスを展開

CAPS:セルフメディケーションできる環境づくり

https://www.green-japan.com/company/6413

患者がセルフメディケーションできる環境を目指すべく、クリニックだけでなく教育事業やフィットネス事業を展開しています。

  • クリニックチェーンマネジメント事業

    • 医療機関の運営推進サービス

      • 医療経営システム・電子カルテの開発、提供し、プライマリケア ・ クリニックの開院から多拠点展開を総合的に支援

      • 患者の満足度の向上、医療従事者の高い効率性と働きやすさを実現

  • 健康経営支援事業

    • ストレスチェックサービス:社員のセルフケアを重視し、提携医療機関とのシステム連携により企業の健康経営を強力にサポートする「ストレスチェック」サービスの運営

    • 嘱託産業医のご手配サービス:50名以上の事業場で選任が義務付けられている産業医をご⼿配し、貴社に合った形での運⽤を継続的にサポートするサービス

    • EAPサービス:相談窓口からメンタルヘルス研修プログラム、復職支援までメンタルヘルスケアを総合的にカバーするEAP(従業員支援プログラム)の運営

    • HEALTH STORAGE:社員の健康診断関連業務を効率化、健康診断データを活用することで企業価値向上をサポートするサービス「HEALTH STORAGE」の運営

    • 健診事務代行サービス:健診機関との契約から従業員からの予約受付までを代行。煩雑な健診事務を一貫してサポートする「健診事務代行」サービスの運営。

  • 教育事業

    • セサミストリートクリニックメンバープログラム

      • 世界150余ヶ国で愛されている子ども向け番組「Sesame Street(セサミストリート)」や教育プログラムを提供している米国NPO法人Sesame Workshop(セサミワークショップ)が提供する、小児医療に携わる医科・歯科クリニック、病院向けのメンバープログラム

  • フィットネス事業

    • DATA FITNESS(データフィットネス):予防医療を目的とした、「医療×運動×IT」の新感覚フィットネスクラブ「DATA FITNESS」の運営

    • DIETRUNK:ダイエットに関するさまざまなコンテンツを発信

クリニック運営:自社開発のSaaSを導入し、多拠点で展開

リンクウェル:ハードとソフトを一体化させたクリニック運営

国内には10万軒のクリニックがあるものの、95%が個人経営で、その8割以上が50歳以上の開業医という現状があります。また、患者の75%以上が高齢者であり、現状のクリニック運営は高齢者による高齢者のためのサービスとなっています。

そこでクリニック運営での患者側の課題であった、
・予約が取りにくい
・待ち時間がとても長い
・現金で支払いができない
・薬局での待ち時間が長い
という課題を解決するために、リンクウェルは自社クリニック「クリニックフォア」の運営を始めました。

ハードとソフトを一体化させたクリニック運営を行っており、オンライン予約や検査結果のオンラインでの閲覧、キャッシュレス支払いなどサービスを提供しています。

リンクウェルと提携している医療法人エムズと共に運営をしており、診療内容は皮膚科や内科、美容皮膚科、アレルギー科など幅広く診察を行っています。

特徴としては、普段から相談に乗ってくれる医師が診察を行い、緊急の場合から健康診断の結果まで相談を行う「プライマリケア」を重視している点です。

クリニックチェーンで運営することで、患者のカルテ情報を共有し、グループ内の他のクリニックでも気軽に診察できますし、医師にとってもワークシェアという形で勤務することができています。

CAPS:セルフメディケーションできる環境づくり

現在CAPSが提携している、医療法人社団ナイズ理事長の白岡氏が大病院で勤務医をしていた際、緊急ではない場合でも親が子供を病院に連れてくることが多くありました。

そのような状況下で、地域の医療機関と役割分担をすることで効率的な切り分けができるのではないかと考え、地元のクリニックが空いていない時間帯をカバーする形でクリニックを開店したのが始まりです。

そこで地元のクリニックが空いていない時間帯でクリニックを運営しながら、医療現場やバックオフィスで必要なITシステムを開発する形で「キャップスクリニック」を運営しています。

診療内容を小児科に絞り、CAPS株式会社が経営分析や拠点開発などを行い、医療法人社団ナイズが各拠点の運営をする体制をとっています。

クリニック向けSaaS開発:医療現場の業務改善を目指す

1つのクリニックの業務改善を行うか、それとも多拠点のクリニックチェーンのデータ共有や業務改善を目指して、SaaSの開発の仕方が異なっています。

リンクウェル:患者の医療体験を軸にしたSaaS

病院内での情報交換の多くは紙であり、デジタル世代の医師が増加してきたため、より病院内もIT化が求められています。

そこで患者に対して、短時間で気持ちの良い医療体験を提供するために、病院の予約や問診、診察などの業務フローを改善するためのSaaSを開発しています。

患者に対しては様々な機能があり、
・カレンダーの日付を選択すると、15分刻みで診療を予約できる
・診療内容ごとに推定診療時間をシステムが把握し、待ち行列を自動でセットする
・予約時にオンラインで簡単な問診もでき、事前にい医師が効率よく準備できるシステムを構築

CAPS:多拠点運営の効率化を図るSaaS

クリニックチェーンを運営しているため、情報共有やバックオフィス関連など多拠点運営の効率化を図る必要があります。

そこで「クリニックチェーンマネジメント」と名付け、多拠点運営を支援するために、コロナ禍においてもさまざまな要望を聞いてアップデートを行ないながら、現場のオペレーションと患者の負荷軽減を両立しています。

CAPSが開発している「Clinic Information System」は、クラウド電子カルテシステム、オンライン予約・問診システム、患者満足度などの各種KPIシステムなどから構成され、オペレーション効率化を目指しています。

その他の事業:横展開か、縦展開か

リンクウェル:データを軸に、D2C事業やヘルスケアEC事業を展開

①D2Cメディカルブランドを展開
健康という観点では、クリニックに行く前の「悩み」や「予防」という、非医療分野においてもサービスを展開する必要があります。そこでホームケアを前提に、リンクウェルはデータを活用したメディカルブランドを展開しています。

「sai+」は女性向けのメディカルブランドで、ライフスタイルに合わせて幅広い選択肢を選択するために、
・オンライン診療による「低用量ピル」
・パーソナライズ診断による「クリニカルサプリメント」
の提供という、2つのアプローチをしています。

https://sai.clinicfor.life/

「sui+」は男性向けのメディカルブランドで、頭皮の環境を最適に保つことを目的としたシャンプーを発売しています。

https://sui.clinicfor.life/

②ヘルスケアEC事業
他にもホームケアを始めとした未病や悩みを解決するサービスを展開しており、化粧品や処方箋の不要な医薬品、医療機器を販売する自社のオンラインプラットフォームを目指しています。

そこで現在はオンラインでコンタクトレンズを販売する「mitemeコンタクト」や、オンラインで医薬品を販売する「mitemeドラッグ」を運営しています。

CAPS:ToBサービスからフィットネスジム運営まで、幅広く展開

CAPSも将来的にリンクウェルと同様のデータを活用したビジネスを展開するために、事務作業の代行サービスやフィットネスジム運営など独自のアセットを活用した事業を展開することで、SaaS開発やD2Cブランド運営のためのデータの蓄積を行っているのではないかと推測しています。

①法人向け代行サービス
法人向けには以下のようなサービスを展開しています。
・ストレスチェックサービス
・嘱託産業医のご手配サービス
・EAPサービス
・健康診断結果管理サービス
・健診事務代行サービス

http://med-agent.medicalfitness.co.jp/

②ヘルスケア教育プログラム
アメリカのNPO法人セサミワークショップと連携し、小児科向けのヘルスケア教育プログラムを提供しています。小児科が治療拠点だけではなく、セサミストリートのキャラクターと共に健康について学べる場所づくりを目指して活動しています。

https://www.youtube.com/watch?v=fyJW3upz2so

③フィットネス事業
セルフメディケーションを普及させるため、トレーニングの大切さを理解するための会員制フィッネスジム「DATA FITNESS」の運営や総合フィットネスメディア「DIETRUNK」の運営を行っています。

https://datafitness.jp/

資金調達:事業展開により調達額が大幅に異なる

リンクウェルはデータを活用したビジネスであるD2Cビジネスやオンライン薬局などのオンライン医療のサービスの開発を加速させ、一気にヘルスケアのプラットフォーマーを目指している印象です。

一方でCAPSはクリニックチェーンの展開を徐々に進めていき、医師目線でクリニック運営のためのSaaS開発を進めていたりして、クリニックを中心としたサービスの拡大のほか、フィットネス事業など予防医療の提供に力を入れている印象を受けます。

リンクウェル:海外投資家も含め、計90億円近く調達

米国のPEファンドBain Capitalなど海外投資家を含めて、これまで90億円近くの資金調達を行っています。

・2018年4月:シードで約7,000万円調達(調達元不明)
・2019年5月:シリーズA(?)でDCM VenturesやSony Innovation Fund、Incubate Fundから約3.5億円調達
・2021年11月:シリーズCでBain Capital やPavillion Capitalなどから約80億円調達

CAPS:VCからの調達は一度のみ、計10数億円調達

VCからは500 Startups Japanからの一度のみで、それ以降は金融機関から10数億円調達を実施しています。

・2018年12月10日:シードで500 Startups Japanから調達(調達額不明)
・2021年2月24日:金融機関から約10億円調達

展開方法

リンクウェル:現場から始め、データビジネスへ転換

リンクウェルは今後の展開方法について、3つのフェーズに分けて計画をしています。

第1段階:「現場を作る」こと
若手の医師が新しく開業するには金銭問題など課題が多くあるので、自社の「クリニックフォア」のブランドを活用して若手の医師を募り、自社システムを活用してもらいます。そして、回転率が良い診療所を運営することで、自社システムの使いやすさを知ってもらいます。

第2段階:ライフログの管理を行い、診療時間外も患者をケアすること
病院に診察に行っても、結果は口頭で聞く必要があるので、スマホから見れるようにするなど、IT化を加速させていきます。また、デバイスとの連携も構想しており、ライフログの管理を目指して、病院外でも患者を管理できる体制を構築します。

第3段階:第2段階で溜まったデータを元にしたビジネスを展開
医療データの所有するだけではなく、医療従事者にSaaSなどプラットフォームを丸ごと提供するという構想をしています。この段階での顧客はクリニックだけではなく、より大きな病院も含まれます。

CAPS:患者が自分で学習できる習慣作りを目指す

第1段階:「治療提供拠点」の構築
自社クリニック「キャップスクリニック」を展開することで、IT化を進めた次世代の治療拠点の拡大を目指します。

第2段階:「予防医療提供拠点」の構築
クリニックやフィットネスジムの運営を通して、プライマリケアを治療から予防医療へ繋げていきます。

第3段階:「学習拠点」の構築
健康について学べる場づくりし、ひとりひとりが自分自身で健康を作り出すことができるセルフメディケーションの拠点となることを目指します。

両社の目指す先:プラットフォームビジネスを目指す

リンクウェル:次世代のヘルスケアプラットフォーム

クリニック運営やメディカルサプリのオンライン診療サービスも強化し、データドリブンな次世代のヘルスケアプラットフォームを目指します。

これまで患者のデータは紙媒体で保管されていましたが、これをIT化することで医療データを蓄積し、個人向けに食生活を管理したり、データを活用した製薬などを将来的に目指していきます。

CAPS:予防医療や健康教育を提供するプラットフォーム

CAPSはクリニックやフィットネスジムなどを通して得られたデータを一本化することで、予防医療や健康教育を提供するプラットフォームを目指しています。

プライマリケアは従来大企業集約型でしたが、昨今はかかりつけ体制や移行しつつあります。しかし、個人経営でクリニックを運営する体制を作ることはとても難しい状況です。

そこでいつでも診察を受けられるようにクリニックチェーンを展開しつつ、予防医療に関連したフィットネスジムを現在は展開し、そこで確かなデータの獲得を目指して事業を進めています。

まとめ

今回は「医療業界×箱物ビジネス」をテーマに、国内先行事例であるリンクウェルとCAPSを参考に、事業や展開方法、今後の展望について紹介しました。以下まとめになります。

・クリニック運営をすることで、プロセスの全体最適化を行っていく
・クリニック運営の中で得られた課題感を元に、自社で業務改善をSaaSを開発していく
・クリニックなど実店舗の運営を通して、医療データを蓄積していき、データに基づいてD2Cブランドの立ち上げやSaaS開発に取り組む
・対面での診療だけではなく、サプリなど非医療分野にも参入することでヘルスケアのプラットフォーマーを目指していく

もし医療業界以外でも「箱物ビジネス」を考えられている方がいらっしゃいましたら、ぜひお話しましょう!
Twitter→@1123_sl


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