日本では465色もの色がある。

なぜだろう。

それは豊かな自然があったからだ。
自然から色を知り、名前をつけた。
自然の移り変わりに敏感になり、自然と共にあった暮らしが読み取れる。

茜色の色に夕方の茜空をおもい、桜色の服で春を感じる。

その考えはアミニズムにたどり着く。
色は物質であるが物質的ではなく精神的なもの。

色がもつ意味

人々はなぜ衣服に色を付け始めたのか。
社会的地位の分類、儀式や宗教的な意味、現在でいえば「おしゃれ」の目的など、諸説あるが、「薬」としての意味があったことを知っているだろうか。

「服用する」という言葉があるが、本来、植物の力を布に染み込ませ、身体を守るなど薬の役割をもっている。例えば茜(赤)であれば保温、造血などの効果があり、女性の腰巻などに使われていた。藍には抗菌作用や紫外線防止、防臭、耐火、防虫(アブ、蜂、蛇)などの作用がある。

天然から生まれる色はただの嗜好品ではなく、身体を守る効果がある。
科学繊維にはない効果があるのだと知った。

藍の歴史

藍染の歴史
6500年前にインダス文明から藍染工房の遺跡が発見され、4000年前にエジプトのミイラは藍染されていた布を着ていた。

日本では、奈良時代に中国から朝鮮半島を経て伝来し、最初に栽培したのは出雲族で、種類はタデ藍だったといわれる。正倉院に布類が多数保存されている。その中に藍染めされたひもがある。

1300年前に染められたものが、今も鮮やかに色づいている。
現在の技術ではそれほど長く色を保つことはできないという。

全国に合った藍は、明治30年(1897)~35年がピーク。
明治にドイツで開発された合成インディゴの輸入増加に伴い日本の天然藍は激減。第二次世界大戦中、食料を優先するために栽培が禁止され、途絶える寸前であった。

藍の種類
藍には大きく4種類ある
・大青(ホソバタイセイ)ヨーロッパや北海道など寒い地域
・たであい(イヌタデ)日本
・琉球藍(キツネコマゴ)琉球・台湾
・インド藍(ナンバンコマツナギ)インド
下(温かい地域)に行くほどインディゴが多く含まれ、濃く染まる。


インディゴ=藍の色素のこと

本来はインド藍のことを指していたが現在は藍の色素自体を指している

たであいの地域では藍は夏にとれ、1年中とることが出来ない。そのため(すくも)という技術が室町時代に生まれた。

蒅(すくも)

蒅とはたであいを発酵、熟成させて堆肥化したものである。匂いはほぼ土。
蒅にすることで、藍の色素が凝縮され、一年中保存ができるようになる。

蒅の作り方
日本の藍はたであいの葉を発酵させ堆肥状にする
1) 葉を刈り取り、1cm程度に刻む。
2) 扇風機の風により、茎と葉に分ける。
3) 葉を乾燥させ、土間のある建物の中で発酵させる。
4) 発酵は100日間ほどかかるが、その間、3-4日ごとに水をやり、切り返しと呼ばれる混ぜ合わす作業を行う。混ぜないと腐ってしまう。
すくも作りで重要なのは、与える水の量と発酵の温度。
2,3日で70℃くらいになる。

染まる生地


現在服は多くは化学繊維からできており、石油が原料。
1903年に人造絹、1935年にナイロンが開発され、わずか100年ほどの歴史である。それまで人々や獣の皮樹皮、植物など天然素材から衣服をつくってきた。藍染出来る繊維は以下の4種類。化学繊維は染まりにくい。

植物性繊維
コットン(木綿)

動物性繊維
シルク
ウール(毛)


リネン 亜麻(アマ二)
茎の部分を繊維として使う
シルクは、蚕(おかいこさん)がさなぎになる際に自身を守るための繭


「然らば多くの日本人は何を着たかといえば、勿論主たる材料は麻であった」

民俗学者・柳田国男が著書『木綿以前の事』

この言葉が表すように明治以前の日本で人々が身に着けていたのは綿よりも
麻だった。絹は貴族の素材であった一方、麻は日本の至るとことに生えていた。

麻について
麻といわれると、馴染みがない人も多いのではないか?
私自身、麻は工房に来て初めて触れた。
「大麻」などのイメージが強く、大丈夫なのもの?と思っていたが、調べてみると日本人の日常に欠かせないものであった。また、大麻に含まれる精神作用物質を「テトラ・ヒドロ・カンナビノール」(THC)というが、日本産大麻には、その物質がほとんど含まれていない。知らないことばかりで、日本人の生活を知るのに大切な情報だと思ったのでまとめる。

大麻の生産は古代に遡るが、それを痲薬として吸引する習慣は日本にはなかった。大麻に含まれる精神作用物質を「テトラ・ヒドロ・カンナビノール」(THC)といふが、日本産大麻には、その物質がほとんど含まれていないからだ。それどころか、日本産大麻には「カンナビ・ジオール」(CBD)といふ物質が多く含まれてゐて、THCの薬効を打ち消す働きをしてゐる。

【神社新報記事】「大麻」が危ない!~大麻取締法の真実~

麻の一種である大麻や苧麻(ちょま)は衣類の素材として使用されただけでなく、日本の精神性とも関わりが深い。古来から麻は「穢れを祓う」ものとして重宝されていた。神社でのお祓いにしようする御幣や伊勢神宮のしめ縄にも使われている。


御幣(ごへい)




大嘗祭や新嘗祭などでは麻ぬので作られた「小忌衣 (おみごろも) 」 を祭官が着用している。
※大嘗祭(だいじょうさい)
日本の天皇が皇位継承に際して行う宮中祭祀であり、皇室行事。
新嘗祭(にいなめさい・しんじょうさい)
「新」は新穀を「嘗」はお召し上がりいただくことを意味し、収穫された新穀を神に奉り、その恵みに感謝し、国家安泰、国民の繁栄をお祈りする。新嘗祭当日に当たる11月23日の夕方に、天照大御神をはじめ、すべての神々に神膳を供え、天皇自らも共に食事をする行事である。現在は勤労感謝の日となっている。勤労感謝の日が制定される以前までは、農作物の収穫に感謝する国民的な行事とされていた新嘗祭である。
かわったのは戦後。
「天皇の宮中行事と国民行事を切り離す」というGHQの考えにより変えられた。ちなみに麻の使用は古事記にも記載があり、歴史は6,7世紀ほどにさかのぼる。

日本の模様としてよく見る「麻の葉模様」は、大麻の葉に似ていることからその名が付いた日本の伝統文様。丈夫で成長が早いことから模様に「子どもの健やかな成長」の意味をもつ。

麻模様

1年の時期


3月 種まき
5月 定植
7月 収穫1番刈り
8,9月 収穫 2番刈り11月~1月 乾燥、発酵 
100日~120日 すくも完成


藍が染まる仕組み(本物の藍は色移りしない)

まず、前提知識として藍の色素は水に溶けない。
建て藍の際に、蒅を木灰(アルカリ性)と混ぜることで、藍の微生物は木灰を食べに蒅から出てきて、発酵を始める。それに伴い、色素も蒅から出てくる。布を中にいれると、布の中に色素と微生物が入り込む。
色素は茶色であり、酸化することで青に変わる。一度酸化し、定着した藍は色移りすることはない。ただ、染めたばかりは服の周りに色素が付くので、熱湯に浸す、洗う必要がある。

藍染は2種類ある(天然と薬品)

天然=発酵 薬品=人工インディゴ
しかし、天然の中にも薬品を使って藍を発酵させていたり、ブドウ糖やお酒などで時間を短縮して発酵するような染め方も多い。
9割滋養がすくもを発酵させるのに化学薬品などをまぜて早く色が出るようにしているそう。
「天然」にも注意が必要である。

・天然であるデメリット
好きな時に染められない
ムラになりやすい
大量に染められない(藍も生きている。無理して使いすぎると色がでなくなる)
濃くするのに時間がかかる
数値化(一般化)できない

・天然であるメリット
抗菌作用
防臭作用
アトピーにもよい
生地が強くなる(30パーセント+)
紫外線防止
防虫効果(虫、ヘビ)畑仕事をするときなどにも藍染の衣類や足袋などが重宝されてきた。

・薬品
メリット
すぐに染められる
ムラになりにくい
大量にそめられる
簡単に濃くなる
数値化できる
Q原料は石油?

・デメリット
においがきつい
ひふがとける
失明
色移りする
生地が弱くなる(-10%)

薬品を使う危険性


9割滋養がすくもを発酵させるのに化学薬品などをまぜて早く色が出るようにしている。薬品を使用する過程で発生する亜硫酸ガスは気管支や目に障害が出る劇薬。生地が弱くなったり、人体にとって有害であるのに人工藍が使われる理由はなにか?

「安く、楽につくれるから」
やはり、そこにはお金(資本主義)が絡んでくる。
天然の染め方では、藍の発酵に任せるため、体験教室がある時に発酵が間に合わない、ということも考えられる。

そして
「知らない」
ということも。有害なガスが発生することを使用者が知らないこともある。

知らないことが悪いわけではない。
だが、知らないことで望んでいないことが起こっているのは事実。

事実を知ったとき、虚無感をひどく感じた。
天然だあ、藍染だあと言って、間違った事実で舞い上がる。
事実を知りと、熱さのあとにのこる嫌悪感。現状への虚無。

無知故に起こる被害。
けれどそれを正そうとすると、ほぼ何も着られなくなる。
それを正そうとするのはただのエゴなのか?

否定されても、その人が一時的に落ち込んでも、嫌われても、その人のために、地球のために真実を告げる勇気を持ちたい。

職人の陸さんは現代の薬品建てから蒅が日本で作られた室町時代の技法まで遡り、全ての技法を試してきた。その中で薬品を使う危険性を知り、安定しないというデメリットがあっても危険性があるため使わない。それが信念である。

ビジネス面では天然の藍を育てるメリットはほぼない。
それでも追い続けるのはなぜか?
「当時の職人と俺は戦っている」
そう言っていた。

目先の利益ではなく、本当に価値のある色、ものにこだわり、歴史をたどり、最高地点を経てから未来に進もうとしている。

私の現在の旅とも重なるところがあった。
現在の資本社会は目先の利益ばかりだ。
そうではなく、歴史をたどり、最善を見つけ、未来に進む。どんな社会がいいのか、考える。







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