【1時間で0から小説書いてみよう】gray scale:グレースケール
9/1(日)、yukiさん主催の《小説を書く会》にて。
制限時間は1時間。テーマはくじ引きで。
芸術(美術館)/ 20歳の女性
START🎌
僕はただ、カフェに行ければそれでよかったのだ。
お洒落で、ガラス張りかなんかで、アイスコーヒーが飲めて、それでついでにそんなところで一人で優雅に時間を潰せる自分に酔えればそれでよかったのだ。
僕がその重たい扉を柄にもなく躊躇いなく開けられたのはそういう気持ちだったからで。同時に外があまりに暑すぎたからだった。
すりガラス越しに見える店内は鮮やかな色がチラチラと揺れる涼やかなもので、人がゆったりと動く気配がした。外装は東京のコンクリートジャンルには似合わない木の柔らかさとちょっとしたレンガのアクセントがお洒落だった。
「直帰しま〜す」と高らかに宣言して明るい時間に仕事を終えた今日。一人の家に急いで帰る理由なんかなくて、でも一人で居酒屋とか入る気分でもなくて。何かに、引き留めてほしいみたいな、何かを、見つけたいみたいな。そんな気持ちの目の前にその店は現れた。
木の扉をガタつかせながら思いっきり引くと、自分に纏う鬱陶しい熱気を振り払う見たいに室内の冷気が吹き出してきた。
涼しい……。最高……。天国です……。
「あの一名で」
人差し指を立てて中へ声を掛ける。中に誰がいたはずだ。
「一名でも十名でも別に勝手にしてってもらっていいんで‼︎」
中から気怠げに張り上げた女性の声がする。
え、勝手にしていいことある? 飲食店でしょ? 席とかフリーな感じ?
店内を見回すとテーブル席が二つだけ。それで客の顔も見ずに勝手にしてっていいわけ?
「え、どっちの席座ってもいいんですか⁉︎ 注文とかどうしたら……」
店の奥に呼びかけるとガタガタガタ! と到底無事では済まなそうな物音が聞こえた。一瞬の静寂。そして、コトコトと木目の床を歩く足音が聞こえた。
「ちょっと待ってって言ってんじゃん! 注文とかないよ! テーブルばっか見んな! 絵を見ろよ絵を‼︎」
言ってないよ。ちょっと待ってって絶対言ってないよ。その後の言葉何にも入ってこないよ。え、絵?
目の前に現れたその女の子は、缶ビール片手に、だるだるのアイボリーのTシャツに、少し柔らかそうなジーパンで、顔面に鮮やかな絵の具をくっつけて、世界を睨みつけるような眼をして立っていた。
「ドリンクオーダーやってません。画廊なんで」
グッと彼女の気怠げな瞳にピントが合って、頬に飛び散る絵の具が目に入って、ぐぁっと店内が目に入る。
僕が装飾だと思って気に求めていなかったそれらは、魂のこもった生きた芸術たちだった。
でも、まあ、わかりにくいよね。許したげる。彼女がそう言って微かに笑ってくれたのは僕があまりにも情けなく棒立ちでそのアートとやらを眺めていたからだと思う。
絵なんて観に行こうと思ったこともない。美術館も芸術鑑賞の宿題とかでしか行ったことない。多分ピカソぐらいしか名前も知らない。
でも、隠れ家みたいに植物が伝うその場所で空が広がっていたり、水が流れていたり、男の瞳が優しく笑っていたりする。色が、踊っている。
こんな格好でお店立っちゃお爺ちゃんに怒られちゃう、彼女が不意に呟いた。僕は彼女がそういうまでまともに何の言葉も言えず「あぁ」とか「おぉ」とか言いながら挙動不審にウロウロしていただけだった。
手の甲で絵の具を擦る。細くて白い、でもやっぱり絵の具に染まった指が顔についた色を不器用に引き延ばす。彼女も絵を描くんだろうか。あぁ、全然綺麗になってない。でも。
「綺麗ですね」
「でしょ。たまに観ると素敵でしょ。みんなまだ若いアーティストなの」
彼女が自慢げに笑った。初めて「あ、笑った」って思えるくらい無邪気な笑顔だった。
その店に一人で立っていられるくらい彼女はやっぱりプロで。色んなことをスラスラと説明してくれた。
若手のアーティストの作品を置いていて、店主のお爺さんは売るのが下手すぎて売り上げが上がらないとか。私はクリエイターにも自分の作品の価値に自信を持ってほしいから売ってあげたいとか。でも中々生活できるような値段では売れないとか。夏休みに家に引き篭もってたら急に店を任されたとか。
この人の色遣いはこれがすごいとか。ここがこの人の新しい挑戦なんだとか。この人はこのアーティストに影響を受けてるとか。でも、全然元のアーティストと違うものが描ける人だとか。
話してる彼女があまりに輝いていて、でも僕は一つだけ気になっていた。
君の絵はないの?
普通だったら、それこそ普通に聞くんだろうけど中々聞けない。こんなに絵が好きで明らかに絵を描いている人が自分が描く話を自分からしてこない。なんだかそれが強烈に変だった。
「君の絵は売ってないの?」
ようやく聞けたのは帰り際だった。
ピシッと僕と君の間にあった柔らかかったはずの空気が凍った。
嫌だったのかもしれない。こんな絵なんて今日はじめてみた男に踏み込まれたことが。
ごめん、嫌だったよね、そう言う前に彼女は僕に背を向けるとすぐそこにあった冷蔵庫の中から缶ビールを一本取り出した。カシュっと心地よい音を立てて缶を開け、グイッと飲む。
「今日はじめて飲んだの。私今日で二十歳だから」
長い癖っ毛を気怠げに流し、睨むようにすわった目をしていた彼女はたった二十歳だったらしい。え、五個下? それにしては大人っぽく見えた。
「上手くいかない時に大人はこうやって流すって聞いたから」
そう言ってビールに口をつけ、苦っと顔を顰める彼女はもうさっきまでの頼り甲斐のあるギャラリストの顔ではなかった。
「上手くいかないんだ?」
大人の相槌を打ってみる。
「上手くいかないっていうか。違うのそうじゃなくて」
節目がちにゆっくりと瞬きをするその瞳にも色が舞っている気がして綺麗だった。
「全部を曝け出して描いてるから。信じられない。自分の全てを綺麗とか芸術とか買ってもらうとか思えない」
若いんだな、と思った。どの口が言うって感じだけど。彼女はまだ若くて、未熟で、もがいていて、綺麗だった。
「本当は店に立つ気にもならなかったけど、誕生日にすごい感動屋さんが来て楽しかった」
ありがとね、と彼女は笑う。感動屋さんって僕のことか。自認と違う。そんな大いなるリアクションはしてない。
でも、楽しかったならいいか、と思う。
「また来ていいですか」
「毎日でもどうぞ? 見ての通り暇ですから」
毎日は来ませんけども。またこの場所で絵を観たいと思った。彼女の言葉を、彼女のいう「曝け出す」芸術をまた感じたかった。
店を出ようと思ったその時、ふと葉書サイズの小さな絵が目に留まった。
グレーが何色も何色も、全然違うグレーで。よくみると色が隠れてる。色がないのにそこに広がる景色は鮮やかなアトリエだった。
誰もいないアトリエ。
でも、そこに鮮やかな色が隠れているのを知っている。
「これ、君の絵でしょ」
「え⁉︎」
答えを聞かなくてもその動揺だけで十分だった。
今日見た中で一番好きだった。
それだけ伝えると彼女は絵の具だらけのその顔を真っ赤にして覆った。
また来たら見られますか、僕の知らない君の色を。
そんなキザな台詞は似合わないから。何も言えずに僕は笑った。
end.
【所感】
今回は終了〜の声と共に最後の一文に辿り着きまして、1ミリたりとも読み返せず。誤字脱字チェックもできず。
スイーツも食べ切ってストーリーも書き切っている人が目の前に座ってるんだから。恐ろしい。さすが主催者様……。
今回は自分が持っているネタの引き出しからではなく、全く真っ新な2人が生まれたものでキャラクターを掘り下げるのに時間がかかってしまいました。
でも、なんとなく〝全てを曝け出して創ること〟〝それを売ること〟〝全くの素人に作品が届くこと〟そんな大きな流れの中で1人の女の子が〝生きること〟みたいな部分が、何年か後深まってくるような気もします。
その時は〝僕〟との関係ももっとジワジワ構築されていくだろうな。本当はそうしたかったなと思います。
1時間しかないからできないことがあるし、
1時間だからこそ生まれるものがある。
瞬発力が鍛えられますので、物書きの皆さん、たまには本気の1writingしてみてください。読みたいです。